55節 情報収集の達人
とあるカップルの片割れが出てきます。
混乱のあった春月市に平穏な日常が戻ってきた。異界へのゲートは未だ存在したままであったが、呪いも解けている。鮮血の夜明団も今ではもっぱら失踪者の調査を行っている。
杏助たちも杏奈らに手助けをすると申し出、再びゲート付近の調査がはじめられた。
「このケテルハイムでの行方不明者が7人。管理人や警察の報告と同じってことか」
杏奈は手帖にケテルハイムの様子と行方不明者の人数を書き込んだ。
「そのようです。父さ……敏行さんの報告の通りです」
悠平は言う。
このとき、彼は12月末春月支部に届いた報告のことを思い出した。報告書を持ってきたのが悠平の父親である鶴田敏行で、鉢合わせとなった2人は驚いていたという。だが、鶴田敏行は悠平が鮮血の夜明団にかかわることを許し、「俺にはできないやり方で町を守ってくれ」と言っていた。
「ありがとう。他のエリアもあの報告書と同じだった」
杏奈は表情をほころばせて言った。
「次は目撃証言を集めようか。そちらでも情報を集めてくれる人がいれば助かるんだがね」
「情報収集ですよね。よりによって情報収集が得意だったあの人が裏切るなんて思いませんでしたし」
そう言いながら悠平はため息をつく。
あの人とはキリオのことだ。蘇我清映と協力関係にあった彼はそのことをひた隠しにしながら文書まで改ざんしていた。彼が死んでしまった今ではその奥に隠された事実はもはやわからないが、嘘があったということで調査は振出に戻された。
そんな時。
「呼んだかい?」
ねっとりとした色気のある声が杏奈と悠平の耳に入る。杏奈は身構えるも、敵ではないと証明されたその人物を思い出して冷静になる。
やがて、ケテルハイムの壁から杏哉が現れた。
「呼んではいないが。まあ、あんたの知っている情報を洗いざらい吐いてくれるなら私としてもうれしいぞ」
彼が現れるなり、杏奈は言った。口調こそ厳しいものの、杏奈に杏哉を敵視している様子はなかった。
「悪いね。それはまた今度だ。それより、情報収集についてだけど。有能な助っ人を見つけたんだけど、どうかい?」
「裏切りの可能性は?」
杏奈は尋ねた。
「多分ない。キリオが暗躍していたときも頑なに拒否していたくらいだからな。そいつはキリオの伴侶なんだけど」
杏奈に不信感が募る。ある程度はほとぼりは冷めていたものの、やはりキリオは信用ならない。彼だけにとどまらず、その周囲の者も。いくら彼に協力しなかったからといって、疑いは晴れないだろう。
「詳しく聞かせてください。その人っていったい誰なんですか?」
と、悠平。
「小説家の片江治。一応はキリオと同居していたみたいだけど。俺さ、あいつに相当嫌われているみたいだからついてきてほしいんだよね」
「いいですけど。俺が嫌われることになっても知りませんからね」
悠平が言う。すると、杏哉はその顔に笑みを浮かべた。「君を嫌う人なんてそうそういないだろう」と言わんばかりに。
「私は先に支部に戻る。悠平くんは後で報告をお願い」
杏奈は言う。
杏哉と悠平は目当ての人物の住む場所に向かった。
そこは春月市中心部近くにある一等地のマンション。魔物ハンターであったキリオ程度の収入であれば確かに住むことはできるのだが。その場所に住んでいるキリオの伴侶とは。
杏哉は1006号室のインターホンを押した。
反応はない。明かりは点いているようだが、肝心の住人が出てこない。あるいは杏哉の顔を確認して、わざと居留守を使っているのか。
「駄目だね。悠平くんならどうだ?」
諦めたように杏哉が言った。
悠平は不安に襲われながらインターホンを押す。
果たして悠平が杏哉のかわりにインターホンを押したところで意味はあるのだろうか、と悠平は考える。
『はーい』
――つながった。
「あの、はじめまして。鮮血の夜明団の者ですが協力してほしいことがあるのです」
悠平は言った。
「あー、鮮血の夜明団ね。今そっちに行く」
スピーカーを通した声が聞こえて30秒。ドアが内側から開けられたかと思えば――
「ちっ」
「何が『ちっ』なのかい?」
杏哉の姿を見るなり舌打ちする治と、彼を見て笑う杏哉。言葉にははっきりと出さなかったが、2人の間に険悪な雰囲気があった。
「俺が嫌いな相手が強引に押しかけてきて機嫌がいいわけねえだろ」
「そうだねえ。じゃあ、彼は?一応初対面ということだが、協力してほしいって立場にあるのは彼だ」
と、杏哉は悠平に話を振った。
治は悠平に視線を移す。治や杏哉より小柄で、身長は170センチ程度の悠平。彼の顔には何かの覚悟が見え隠れしている。そして何より、顔がいい。よほど嫉妬深くない限り、初対面で嫌われるような容姿ではないだろう。
「はい……嫌なら断ってくれて構いません。俺たち、鮮血の夜明団に協力してくださいますか?行方不明者の情報を集めたいんです」
悠平は言った。
「キリオの言ってたアレか。嫌なら断ってもいいってあたり、彼の遺志を継げ、とは言わねえのな」
と、治。今のところ、彼は明確に断っていない。
「わかった、引き受ける」
治は言った。
こうもあっさりとことが進むとは、と杏哉はあっけにとられていた。
「なんなら今すぐに行ってもいい。情報収集なら早い方がいいだろうが」
治はつづけた。
こうして、鮮血の夜明団をあげた失踪者付近の情報収集が開始される。




