54節 蘇我清映は転移する
新パート、開幕です!
――異世界転移が何だ。どうせ小説の読みすぎだろう。
この考えを持っていた者たちは少なくなかっただろう。そのうちの1人が片江治。
春月駅近くの地下道の噴水で、彼は異世界転移につながるものを見てしまった。
それは半分だけ水に漬かっていた。噴水の水の一部がそれに流れ込み、金色の霧が流れ出ていた。
金色の霧。治には見覚えのあるものだった。4年前にケテルハイム近くで吸ったもの。あれから治は不思議な力――イデアを扱えるようになった。
「水がアレの中に流れてる……すげえな。小説のネタにできるかな」
治はゲートを見て端末を出すと、写真を撮った。心霊写真のようなものが撮れるというわけではないようで、ゲートはきっちりとした様子で写真が写った。
――どうやらこれは、心霊現象の類ではない。
年が明ける頃。霊皇神社での出来事とキリオの裏切りのほとぼりが冷めた頃、鮮血の夜明団では祝賀会が開かれていた。
鮮血の夜明団のメンバーをはじめとし、杏哉や帆乃花まで招待された。
一時的であっても緊張がほぐれた者たちはそれぞれが思うように祝賀会の時を過ごしていた。
「俺も行きたかったな、霊皇神社」
キリオから記憶を奪われていた晴翔はどこか不満そうだった。それもそのはず、杏助と悠平だけが霊皇神社に行って、晴翔だけが置いてけぼりにされていたのだから。
「仕方ないだろー。俺も連れ去られただけだし、人が死んでもおかしくなかったんだぞ」
と、杏助は言う。それは誇張でも何でもなく、彼が経験したありのままの事実だった。だが、この状況ではあの日霊皇神社で起きた出来事がすべて夢の中の出来事であるかのようだった。
すべてが終わって、あとは失踪者のことだけだろうと。ここにいる誰もがそう確信していた。
「あんまり気にすると体に悪いよ。これからは記憶を弄られることもないんだし」
と、悠平は晴翔に言った。
「あー、そうだよなあ。失われた記憶を復元する者!いいなあ、お前」
「えっ……!俺、ただ呪法を受けた人の治療ができるだけだからな!」
晴翔から話を振られた杏助は困惑し、持っていたジュースをこぼしていた。ここでまた、3人の間に笑いが起きる。
「平和なんだねえ……」
男子高校生たちの様子を見ながらウイスキーを飲んでいた杏奈が言った。すでにウイスキー3杯目に突入した彼女であるが、顔が赤くなる様子も全くない。
「そうだね。あの日のことが嘘みたいだ。キリオさんが死んだとはいえ、こうした時間を過ごせるとは思わなかったし」
彼女は久しぶりにリラックスした表情を見せていた。
「まあ、あのときは織部零に悪い事をしたなあとは思うけど」
「杏奈。まさかあいつに気があるのか?確かに俺より身長高いし顔も……」
彰がそう言うと杏奈は彼の顔を見た。
「あれのどこが好きになれるって?いくら元婚約者とはいえ、私は彰以外を愛するつもりはないが」
杏奈は平然と言う。この一言で彰は安堵した。
祝賀会の時は過ぎる。つかの間の平穏は過ぎ去り、新たなる騒ぎが始まるだろう――
――異界。霊皇神社のゲートから異界に放逐された清映は大都市にいた。春月市とは似ても似つかぬ、空中庭園を擁する都市だった。
暗い中で、色とりどりの照明が輝いているあたり、春月市以上に発展しているのだろう。
「私は一体どこに飛ばされたのだ……」
清映はつぶやいた。彼は今、身一つで自分の知らない場所に放り出されている。未知の世界で。何も知らぬまま。
彼を襲う頭痛。清映は体を引きずって側溝に寄ると、胃の中身を吐き出した。
(気分が悪い。まるで、能力に目覚めたあのときのように。私は一体どうしてしまったのだ)
頭痛、吐き気、嘔吐。彼を襲うその症状は――
「どうしました?」
清映に声をかける者が1人。声をかけた人物はとある人物によく似た女。
似ているのは杏奈。だが、どちらかというと杏哉を女性にしたような見た目だった。
「教えてくれぬか……ここはどこだ。私はゲートを通ってここにやってきたのだが……」
清映は言った。
「ここはどこって……クロックワイズの町ですよ。見れば……」
「すまんな、わからん。どうやら私は知らん場所に放り出されたようでな。気が付いたらここにいた」
清映が言うと、その女はまじまじと彼を見た。どこか怪しげな女であったが――
「そうですか。清映さ……あの人によく似ていたもので」
「待て。今私の名を呼んだのか」
「え?」
女は一瞬固まった。彼女の目の前にいる男は、かつて慕っていた人物と同じ名だったという。
「正直に答えてください。あなたの名前は一体何なのですか?」
と、女は聞く。
「蘇我清映」
清映は答えた。
「……あなたに会いたかったです。土砂崩れで行方不明になってから、ずっと。私の名前は神守杏花です……!」
その女、杏花は言う。
清映は戸惑いながらも彼女の話を聞いていた。どうやら何も知らない世界でも、彼は孤独ではないらしい。
「すまんな。私はお前を知らぬ。ここではないどこかから来たみたいだからな。せめて元の世界に戻るまでは」
「元の世界……?」
「元の世界だ。体感的に今わかった。ここは私のいた世界ではない。が、ここにいる間だけはお前と一緒にいられる」
清映は言った。この言葉が杏花を傷つけるのだろうと考えながら、であったが。
杏花は清映を抱きしめた。
「清映さんはこっちでは故人だからそれは受け入れる。別れなんていつか必ずあるんですから」
強キャラの清映が異世界に転移しました。彼はきっと帰ってきます……




