53節 悍ましき邪神・蘇我清映
霊皇神社編、完結です。
破壊された神社の本殿から現れる清映を目の前にして、杏助は決してひるまなかった。それどころか、勝機さえ感じていた。
「さて、貴様は何を考えている?」
清映は言う。一方の杏助は何も答えない。
この緊縛した状況で。清映はしびれを切らし、杏助に詰め寄った。
振り下ろされる太刀。杏助はその太刀を避け、ゲートがある方へ動く。
(これに乗ってくれれば俺の勝ちだ!)
空間がゆがんだ。この歪みはさっきまでとはくらべものにならない。
――清映はどこまでも成長する。きっと、まだ伸び代はあるのだろう。杏助は軽い恐怖を怯えながら植込みに身を潜める。
「隠れても無駄だ」
清映は植え込みに向かって太刀を振るう。やはり、その太刀は空間ごと植物を切り裂いた。間一髪のところで杏助はそれを避ける。
作戦そのものは思いついたが、実行するにはあまりにも厳しい状況だった。
清映とゲートの距離は10メートル以上あるだろう。
清映は五体満足の杏助の姿を確認し、再び彼に詰め寄った。振るわれる絶対破壊の太刀。その太刀は杏助がよけようとも周囲の空間さえ切り裂いて捻じ曲げる。
――この太刀はよけきれない。
杏助はベルトに差していた鞘を抜き、清映の太刀を受け止めた。杏助の放つイデアが強まり、清映の太刀は消滅した。
「なに……」
「動揺してんだろ。あんた、負けたことないような顔してたからな!」
杏助は言う。
太刀が再構築されるまでの10秒間。足場が悪い中で杏助はできるだけゲートとの距離を詰めた。清映をゲートに落として、異世界に放逐するために。
「負けたことがないのは事実。しかし、動揺などしておらぬ」
清映の右手にイデアが集まり、太刀が再構築されてゆく。
杏助の読みが正しければ、清映は杏助に斬りかかり、方向によっては彼をゲートに落とすこともできる。
杏助はゲートに落ちないように後ろと前を見ながら後ずさる。
太刀は完全に再生し、そこに何かが乗り移る。見るだけでもおぞましさを覚えるもの。怨霊などではない。呪い殺すという明確な意志を持った霊体――地獄の底から召喚された悪霊や祟りの化身。
杏助はそれによって一瞬、固まった。
(怖い……ホラー映画なんかとはわけが違う!明確な悪意と怨念が俺を殺そうとしている!?)
固まってはならない。倒すべき敵は目の前にいる。
振るわれる太刀。
その太刀は空間をも切り裂き、この世に穴をあけた。それは死後の世界ともいうべきか。すでに死んだ者の怨念が流れ出し、生者の世界に呪いを振りまく。
比喩でもなく、本当に怨念がここにある。
「これが呪いってやつか?」
杏助は言う。
「その通り……もはや貴様以外には解くことはできん!」
その声とともに杏助に詰め寄る清映。
杏助の後ろには異界へのゲートがある。杏助にとって、今の状況は命にかかわるピンチであると同時に清映を異世界に放逐するチャンスでもある。
杏助はイデアを展開し、清映の攻撃を避けた。肉体強化が可能なだけあって、彼の体はよく動く。清映をぎりぎりまで惹きつけたこともあって、彼はゲートへと突っ込んでゆく。
「杏助よ、これが狙いだったか……!」
「お、おう!俺は最初から、ここに落とすつもりだったんだ!」
――半分は本当で半分は嘘。だが、ゲートの中に落ちた清映が霊皇神社に戻ってくることはできなかった。彼は、異世界の住人となるだろう。
緊張の抜けた杏助は膝から地面に崩れ落ちた。
「……やった。呪いのことはわからないけど、俺はあいつを」
杏助は言う。だが、まだやることはあった。
――果たして呪いを解くことはできたのだろうか?
杏助は神社の境内の方へ向かっていった。
境内へ向かう途中。杏助は森から出て来た杏哉に出くわした。
「ああ、ちょうどいいところに来たね」
と、杏哉。
彼が持っていたのは血で赤く染まった刀だった。これが誰を斬ったのか、杏助は考えなかった。が、すぐにその答えは明かされる。
「光太郎を切り殺したのはいいんだけどさ、祠が俺を拒絶したみたいなんだ。どうやら君以外に呪いを解ける人はいないらしいな」
「え、俺?いや、確かにあの人が俺にしか呪いは解けないって言っていたけど」
戸惑う杏助を目の前にして、杏哉は刀を差しだした。
「君がやるんだよ。こいつを祠の台の上に置いてこう唱えるんだ。『祓いたまえ、清めたまえ、守りたまえ、幸えたまえ』ってね」
その言葉は杏哉が光太郎を殺したときに唱えたものと同じだった。この言葉こそが、呪いを解く鍵となる。
杏助は刀を受け取った。
「はい。俺にしかできないんだから……」
杏助は杏哉に案内されて森の奥の祠へ向かう。
苔むした祠の前には赤い鳥居があった。祠の古めかしさとは対照的に、鳥居は塗料を塗ったばかりであるかのように色鮮やかだ。
ふと、ここで杏哉が足をとめた。
「行っておいで。鳥居より先には、君しか入れない」
と、杏哉は言う。
杏助は頷いて鳥居をくぐった。その先にある刀を置くための台。杏助はその台の上に刀を置く。
――荘厳な何かが杏助の体を包む。
「祓いたまえ、清めたまえ、守りたまえ、幸えたまえ」
その瞬間。杏助の体から、解放されるイデア。コントロール不能なそのイデアは祠から放たれるものと呼応し、春月市全体に広がっていった。
――17年目の呪いは解けた。若き救い主、ありがとう。きっとこの町は救われる。
どこからともなく杏助の耳に入る鈴のような女の声。それはどこか懐かしく、杏助を包み込むようだった。
これで、呪いは晴れる。
鳥居をくぐって戻ってくる杏助。彼の顔からは影が消え、町を覆っていた何かも消えていた。
「ありがとう、杏助。悠平くんたちのところに行こう」
と、杏哉。そういえば悠平もいたのだと思い出す杏助。2人は足を急がせて神社の境内へ向かった。
神社の境内。
もはや誰のものとも知れない焼死体、うつ伏せになったまま動けないでいる悠平、そしてローレンと帆乃花が会話している。
「杏助!ごめん、本当に立ち上がれなくて……」
悠平は言った。やはり何かの影響を受けたのか、悠平は立つことも座ることもできない状態だ。
「これ、キリオさんにやられたのか?」
「そうだよ。多分、呪法ってやつだと思う」
悠平の返答にピンときた杏哉が口を開く。
「杏助。イデアを展開した状態で触れてみなよ。呪法が呪いだとすれば、ひょっとすると」
これは杏助も考えていなかったことだった。が、試す価値はある。
杏助はイデアを展開して悠平の手に触れた。
――手に感覚が戻る。杏助の体温、神社の砂利の感触、寒さ。これまで悠平が感じていなかったものが戻ってゆく。そして。体も動くようになっていた。
悠平は起き上がり、杏助の顔を見た。
「ありがとう……!杏助にそんな力があるとは思わなかったけど」
「俺もそう思う。けど、兄ちゃんのおかげで新しい力も知った。ありがとう、お兄ちゃん」
杏助はそう言うと微笑んだ。
「さあ、帰ろう。春月支部へ」
異世界に行くとチート能力を得るという話ですが、清映は異世界に行くまでもなくチート野郎です。
あともう一つ。
勘違いされる方もいらっしゃるでしょうが、作者は女性です。なかなか言い出せなかったもので。




