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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
52/89

50節 沼の男

杏哉VS光太郎。

 迫りくる光太郎の前に立ちはだかる杏哉。彼は笑みを浮かべて言った。


「生け贄を選ぶ者には生け贄となる覚悟があると見た。そうだろう、先代」


「その覚悟など儂には関係ない」


 話の通じない相手など、杏哉にとってはどうでもよかった。

 杏哉には「絶対に勝てる」という確信があった。彼を傷つけられるのは杏助以外に光太郎もだが、彼もまた光太郎を傷つけられるとわかっていた。


 手始めに杏哉は光太郎の肩を斬りつけた。

 光太郎の肩から赤黒い血がにじむ。泥と血が混じったような状態になって地面に滴る。その様子を見て杏哉は顔をしかめる。


(ひとまず俺ならこいつを殺せる。さらに良いことに、俺はあの本殿に神刀を隠した。問題はどうやって中に入るか)


 神刀。それは呪いを解くために必要なものだった。杏哉も一度だけ目を通した手記、その中に挟まれていたメモに神刀のことが書かれていた。神刀は呪いを解く鍵となる。神刀に一族の人間の血を吸わせ、祠に捧げることが呪いを解く方法である、と。

 メモに書き残した張本人である神守律郎は杏哉が手記を見つけるのを見越していたかのようにそれを挟んでいた。


 杏哉が作戦を考えている一方で、光太郎は攻撃の手を止めなかった。

 右腕を泥に変化させ、リーチを伸ばして杏哉を斬りつけようとする。対する杏哉もその攻撃をひょいと躱す。


「甘いぞ」


 その声とともに突き出される左手の人差し指。指先から射出される泥の塊。それは油断した杏哉の左肩に命中した。


「んんっ!?」


 痛み。彼は理解していたが、やはり痛みも流血もあった。泥の塊が命中したところは銃創のようになり、血が流れ出していた。が、その痛みもやがて好奇心を満たすものへと変わる。


「いいね……先代。普段はあまり感じることのない痛みを、貴方は与えてくれる。快感というわけではないが、すごく興味深い。もっと痛みをくれ」


 杏哉は言った。


「変わらんのだな、杏哉よ。その好奇心が自らを危険にさらすのだ」


 次の光太郎の攻撃は斬撃ではなかった。来る、と思ったそのときに5本の指から放たれる泥の塊。機関銃から放たれるようなその攻撃。杏哉は身をひるがえして神社の本殿へ突っ込んだ。


 ――雹が屋根に当たるように、泥の弾丸が本殿の壁に当たって音を立てる。いつ貫かれるだろうか。杏哉はただそれだけが気がかりだった。


(あったぞ!)


 杏哉が目にしたものは御神体と呼ばれる鏡と、その傍らに置かれた黒塗りの鞘に収まった刀だった。そのうちの刀の方は杏哉が村から持ち出して隠していたもの。


「これだな。さすが神社の本殿だ。こんな罰当たりなことをする人なんてそうそういないし、だいいち霊皇神社に立ち入る人なんてほとんどいない。ここに隠してよかった」


 杏哉は持っていた刀を鞘に納めて神刀を取った。神刀から杏哉に伝わる神々しさ。これこそが呪いを解くものだ。

 ほんの少し鞘から刀を抜いてみると、銀色の刀身が顔を出す。切れ味そのものは知られていないが、この刀は霊的なものを斬ってきた。


 杏哉は壁をすり抜けて入ってきた方に目を向ける。

 打ち付ける泥の弾丸のいくつかが本殿の壁を突き破っていた。

 本殿の中から外に目を向けると光太郎が杏哉の出現を待っていた。鞘に納めた刀の柄を持って、いつでも抜刀できるようにして。彼の狙いは間違いなく杏哉。正攻法で押し負けると考えた相手に奇襲をしかけようとしているようだった。


「どこから来るか、杏哉。出て来た瞬間に両断してやる」


 その声は本殿の内部にも届いていた。


「さて、どうするかな。とは言っても、俺が警戒するのは泥の方だ。刀は正直、怖くない」


 杏哉は神刀を抜き、壁をすり抜けて本殿の外に出る。

 ――だが、光太郎の様子は杏哉が予想したそれと違っていた。抜刀しそうなところから急激に態勢を立て直し、右手の人差し指を杏哉に向けて――


「引っかかってくれて何よりだ」


 放たれた泥の弾丸。飛び出した杏哉は避けることもできず、左手を突き出した。これで受け止められないことくらい杏哉もわかる。

 泥の弾丸が杏哉の左手に命中し、血が噴き出した。弾丸そのものは軌道がそれた。


(やってくれるじゃないか、先代。やっぱりあなたは神主以上に面白い!)


 地面に着地した杏哉は泥の弾丸を避けながら光太郎に詰め寄り、刀を振り上げる。狙いは頸動脈。

 対する光太郎も杏哉の命を狙い、泥の弾丸を撃つ。

 もはや、杏哉は光太郎の攻撃が当たってもよいと考えていた。自分が命を落としても、その後を継ぐものがいる。杏奈、杏助。2人なら、と杏哉は確信する。


「祓いたまえ、清めたまえ」


 その言葉を吐き、杏哉は刀を振り下ろす。

 光太郎の首筋から噴き出す鮮血。傷口は泥のようになり、血とともに泥が地面に滴る。


「き……貴様……」


 杏哉はうろたえる光太郎を突き飛ばし、押し倒す。さらに、腹部を踏む。

 それから刀の切っ先を光太郎の胸に突き立て――


「守りたまえ、幸えたまえ」


 その切っ先は光太郎の心臓を貫いた。傷口から血があふれ出る。この状態で光太郎は生きていられないだろう。

 杏哉は光太郎の胸から刀を抜いた。


「やった……が、死亡確認をしないとな……呪いを解く方なら多分問題はないんだが」


 杏哉は光太郎の口元に手をかざす。

 息はない。瞳孔も開いている。光太郎は死んだ。


「神主と呼ばれた男も案外あっけないな」


 杏哉はそう言って参道の方に視線を移した。

 ――悠平がキリオと戦っている。明らかに悠平より格上と思われるキリオを相手にして。鏡の能力を使いながら、自分が死なない程度のところで立ち回りながら。

 助太刀は必要だろうか?

 そんなとき、杏哉は足元がふらついた。


「……さすがに今戦ってはキリオに勝てるかどうかわからないな」


 杏哉は口ごもる。彼は今、泥の弾丸を受けたところにイデアを無理やり展開することでふさいでいる。彼がしていることは傷のごまかし。やせ我慢に過ぎない。それに加え、杏哉にはまだやることがあった。

 ここは悠平に任せるしかないだろう。



案外あっけない最期でした。ですが、神社での戦いはまだまだ続きます。

次の部分に登場人物と現在の状況をまとめておきます。

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