4.5節 呪い
幕間みたいなものです。
神主あたりが結構重要人物になってきます。
――一つの村が失われた話をしよう。
その村は呪われた。その村は一夜にして滅び、村民を失った。
村は燃え、狂った形相の村人が走り回る。
その村はまさに地獄と言うのにふさわしい。
事の起こりは祠に立ち入った3人の男たちの行動だった。1人は神主、もう1人は村の長、そしてもう1人は20歳にならないくらいの着物を着た青年だった。
3人が祠にたどり着くと、すぐさま神主は刀を抜いた。
「特異点の開き方を教えてください。村長だけが知っているのも不公平ではありませんか?」
と、神主は言う。
「そんなことはない。特異点というものは異界とつながる場所。危険な場所であるということを知らないのかね?そもそも村民への新たな加護のための儀式に使うのはおかしいと思わんのか?」
「おかしいとは思いませんし危険であることくらい知っていますとも。あと、質問に質問を重ねないでください。話が進まない」
神主の持った刀の切っ先が長を切り裂かんとばかりにギラリと光る。だが、神主の手は震え、長を殺すことにためらいがあるということは明白だった。
「それで、どうやって祠を開くのですか?教えなければ、この村の事を知らない……そうだなあ。春月市の人間に手を出してみるのはどうでしょう?」
長の眉がぴくりと動いた。それもそのはず、神主はこの村の民のタブーを口にした。
――村の外部の人間と必要以上にかかわらないこと。
この村が始まった頃からずっと外部の人間との接触は最低限に抑えられていた事実。その理由も神主は知っていた。長もそうだ。
「ならん!それをやるのなら今すぐお前を処刑する!いつでも狼煙は上げられる!」
「おっと、村長様。教えてくださればそのようなことはしない」
村の重要機密と掟。神主は長にそれらを天秤にかけろと言う。
ここで長は賭けに出た。神主に嘘をつくこと。騙すことができてしまえばこちらのものだと長は考えた。
「いいだろう。これより特異点の開き方を教える。くれぐれも、悪用するでないぞ」
と、長は言う。神主はこれを聞いてにやりと笑った。
「場所は蒼炎ヶ沼。そう、我が××家以外の立ち入りを禁止される場所だ。そこで儀式を行う。やることは……水子の儀式と同じだ」
「ありがとうございます、村長。これであなたは用済みだ」
それは一瞬。神主は常人のものとは思えぬ剣筋で長の首を落とした。年老いた長の首は祠の入口に転がった。神主は長の首から目をそらすと祠の内部を見た。
祠は神主たちを拒んでいるようだった。しかし彼らは気にしない。神主がこの場所を選んだ理由は長から秘密を聞き出すためだった。
「さて、セーエイ。××家の蔵に行こうか。奴は嘘をついている。正確には大切なことを隠している」
「大切なこと?何ですか?」
「儀式にかかわる大切なことだ。水子の儀式とは言うがそれだけでは足りない。あの老いぼれはきっと我々を信用していない」
ぎり、と神主は歯をかみしめた。
神主はわかっている。自分自身の考えと長やほかの村民の考えは明らかに食い違っていたと。だが、こればかりは譲れなかった。彼には覚悟があった。
「君は先に蒼炎ヶ沼へ向かえ。私がアレを取ってくる。××家が頑なに手放さないモノをね」
――そして彼らは蒼炎ヶ沼へ向かう。儀式のために。
蒼炎ヶ沼は鬱蒼とした森に開いた秘境の中の秘境。災いの出ずる場所であり、村人でさえ近づくことは許されない。神主や長はこの沼で儀式をすることもあるが。
このとき、蒼炎ヶ沼は人を拒んでいるかのように霧が立ち込めていた。これは警告だ。儀式を行ってはならない、村に新たな加護を与えるにはまだ早い。その時を待たなければならないというのに。
青年が待っていたところに神主が合流する。神主は儀式の衣に着替え、××家の重要機密といわれるものを持っていた。それはお札の貼られた木の箱だ。
「それは……」
青年は尋ねた。
「言い伝えによれば巫女の頭蓋骨が入っているらしい。この木箱を持ち出すところを見たことがあるのでこいつがカギなのではないかと踏んでいる」
と、神主は答えた。
やがて2人は蒼炎ヶ沼の祠へと立ち入った。
「儀式をはじめる。たとえこれが鳥亡村の禁であるとしても、それは変わってしまえば問題ない。我々は変化し続けなければならんのだ」
神主は言う。
たとえ理が彼を拒んでも。たとえ世界中を敵に回すことがあっても。彼は儀式を続けるだろう。新たなる村のために。
お札の貼られた箱を祠に供える神主。
――そのときはきた。
「キァアアアアアアアアアアアア!!!」
神主が呪文を唱えようとしたとき、祠の奥の天井から悲鳴が聞こえた。これは神主も予想だにしていなかったことであった。
だが神主もあきらめることはなかった。神主の、村に伝わる土着信仰の力を得た魔力「呪力」を高め、祠に流し込んでいく。
――水子の儀式では足りないことくらい明白だった。なぜ特異点が秘匿されていたのか、それは長の家の蔵に隠されていたのだ。
水子の儀式と同じ呪文を唱え、箱をささげ、呪力を流し込む。これが特異点を開くための儀式だと、神主は導き出していた。だが、足りなかったのだ。
「そなたは我らを怒らせた。我らの怒りは呪いとなりて村全体に及び、この村を消し去るであろう。そして、ゆくゆくはこの村と因縁を持つものすべてを滅ぼすであろう……」
祠の中から声がした。
――儀式は失敗した。神主は取り返しのつかないことになったと気づいてしまった。
「すまない、セーエイ。この村はもうおしまいだ……」
神主はつぶやいた。
「そんなことを……あきらめるわけにはいかないはずです。少なくともこれが呪いなら、まだ救いはあります!因縁ごと滅びる前に呪いを解いてしまえば……!」
「……そうか!」
神主ははっとした。
これが呪いであるならば、すべてが滅びる前に解いてしまえばいい。
「村に戻るぞ!それがどんな手段だろうと、俺たちはかならず呪いを解く」
神主はいつの間にか不気味なもやに包まれていた祠を出て村へと戻る。
――それはまさに災厄だった。
いつもは静かな村であるが、そのときは違っていた。村民が外に出て狂ったように声を上げており、また別の村民は狂ったように体をかきむしって血を流している。悲惨、というに尽きる。
神主はそれを無視して長の家の蔵へと入った。これも呪いを解くため。
そんな中でも村人たちは瞬く間に狂気に取り込まれてゆく。
奇声を上げる者。
自傷行為を行う者。
狂ったように地面を舐める者。
苦し紛れに命を絶つ者。
このときの村はまさに地獄絵図だった。
やがて、神主は呪いを解く方法の一つを発見した。それは――人の命を絶つこと。666人の命が必要であり、もしそれがかなわなければ待っているのは死と滅びのみだ。
神主は体を震わせながらも決意した。呪いを解く可能性が残された者以外の村民を皆殺しにする、と。
「戻られましたか」
セーエイと呼ばれていた青年が言った。
「ああ。これから、この村の者たちを殺す。呪いを解く可能性のある者だけは生かす。だから、殺す人数は89人」
神主はそう言うと腰に差していた刀を抜いた。
――そして、村は事実上の消滅となる。誰にも正確に語られることはなく、ただ伝説の存在としてささやかれる程度だった。
だが、虐殺を行った神主たちは未だ生きている。
彼らは必ず討たれなくてはならない。
――忘れるな。
――因縁と怨念は絶対に消えない。
――罪から目を背けるな。
――お前は■■■始まって以来最悪の罪を犯した。
――■■■は