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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
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47節 福音

連れ去られた杏助だって何も無抵抗なわけではないのです。

 午前6時。

 杏助とキリオが霊皇神社にたどり着く。日の出前の神社は暗く、何か神聖なものでもいるような雰囲気だった。

 2人は鳥居をくぐって霊皇神社の敷地内へ足を踏み入れた。

 風の音もない神社に2人の足音だけが木霊する。


「引き渡しは6時30分。その時間にあの2人は来る」


 と、キリオは言った。


「そうですか……俺も、もう死ぬんですね」


 杏助は声を絞り出した。

 怖い。これまで怖い話やオカルトを好んでいた杏助だったが、さすがに死の恐怖には耐えられなかった。正確に言えば死ではなく、大切な人と別れる恐怖だ。綾子、晴翔、その他クラスメイトやそれ以前の友人。自分がその人たちの前から消えることと、忘れられることが怖かった。

 恐怖とともに杏助の記憶が少しずつよみがえる。

 ――この神社で杏助は一度殺されかけた。目の前にいるキリオの仲間に。そして、杏助は兄と名乗る男、神守杏哉に助けられた。そこまでは思い出す。

 ――呪いを解く方法は別にある。


「そうだね。でも、君は大切な役割がある。命より大切なもののために――」


「嫌だ。俺が死んでたまるか」


 杏助はキリオの手を振り払った。今、杏助にとってキリオは尊敬すべき人ではない。敵だ。


「思い出した。まだ半分くらいだけど。あんたは、よくわからない2人と結託して俺を殺そうとした。まさか、これから同じことをしようとしてないですよね?」


「な……」


 キリオもいずれこうなることは予想していた。彼が過去に忘却法を使った時、唯一記憶を取り戻した人物がいた。それが神守杏哉。いわく、杏哉の一族――鳥亡一族はこの忘却法によって与えられた脳の損傷を回復できるという。それは、一族の末裔である杏助も例外ではない。


「やろうとしていることがあのときと同じです。なんで俺とあんたしかいないんですか」


「まさかこんなところで回復するとは思わなかった。さすが奴の弟だよ」


 キリオは言った。

 その間にも、杏助の抜け落ちていた記憶が戻ってゆく。記憶とともに、キリオへの敵意と殺意も。


「奴……杏哉兄兄さんのことですか」


「そうだよ。同時に僕がこの世で一番嫌いな人だ。人の考えを変えようなんて、支配したがるにも程がある」


 そういい終わらないうちにキリオはまがまがしい気配を放ち出す。これは生命を奪う法。呪法だ。

 キリオの足元にあった苔が枯れる。杏助はその恐ろしさを再確認することとなった。

 ――逃げねば!


 杏助はイデアを展開し、キリオを見たままあとずさりはじめた。彼に背を向ける気にはなれない。背を向ければ熊がやるように命を奪われるだろう。

 せめて刀かスリングショットがあれば。木刀でもいい。とにかく杏助は身を守るか戦うための手段が欲しかった。素手ではいけない。


「おっと、逃げるのかい?」


 と、キリオは言う。


「逃げない方がおかしい。あの人が示唆したもう一つの方法を試せるなら試してみますよ。たとえあなたが邪魔するとしても」


「ふ……これでも君は僕の手の上だ。僕が単独だと思っていたのかい?」


 キリオは口角を上げる。彼の言葉が意味するものとは。

 ――神社の砂利を踏む音が杏助に迫る。その足音の主は。


「ローレン。くれぐれもそいつを殺すなよ。君の能力は殺傷力が強すぎるからね」


「うん。別にケロイドになっても構わないんだろう?」


 足音の主はローレンだった。彼女が物体の温度を上げる能力を持っているということは杏助も知っている。問題はそれにどうやって丸腰で対処するか。

 この状況で杏助は2人の敵に挟まれていた。本殿側にキリオ、鳥居川にローレン。まさに八方ふさがりだった。加えてローレンは明確な敵意を持っているらしい。


「さて、どうする?おとなしく捕まってくれるなら何もしないよ」


 ローレンは言った。

 一方、杏助はローレンとキリオに一泡吹かせたかった。だが、この状況で武器はない。少なくとも、杏助が使い慣れたものは。

 杏助は一度しゃがみ、神社の境内に敷かれた砂利を何粒か拾う。

 ここで――


「何をしようとしているのかい?まさか投石なんて考えていないだろうな?」


 杏助の耳にその言葉が入る。


「僕を欺けると思っているのかい?足掻いても無駄だし、助けに来る者に期待する意味もない」


「ええ、そうでしょうね。俺もあなたから孤立させられたから。晴翔も俺を避けるようになったし、俺も悠平を拒絶したし」


 ――辛い。怖い。それでも今の状況は自分で招いた結果だ。


「それでも、キリオさん。多分、兄さんと姉さんだけは俺を見捨てていないはずです。あの二人は――」


「ああ、それなら抜かりはない。こちらに向かっているなら3人に妨害してもらっているよ。相手にしたくない組み合わせをね」


 その3人とは。

 杏助はその3人を予想することはやめておくことにした。それよりも、この状況からいかに抜け出すか。それが――


「危ない!ローレン、うしろ!」


 ふいにキリオは声をあげた。ローレンの後ろには白スーツの男が。

 ローレンは振り向きざまにジャックナイフを抜き、男に斬りかかる。が、その男――神守杏哉はスーツの上着を脱いでジャックナイフを受け止めた。

 何百度にも達した上着は熱で発火する。


「ああ……また台無しにしてしまったよ。しばらく寒い中で戦わなければならないな」


 杏哉は言った。

 その声、その言葉。神守杏哉の乱入は杏助にとって福音であった。


「それで、どうしたんだい?君と連絡が取れなくなったと思ったらキリオと一緒にいて。まあ、忘却法を受けたことくらいは想像できるよ」


 余裕を見せる杏哉。

 そんな杏哉の脇腹をローレンのスティレットがかすめ、黒いシャツが炎上。すぐさま杏哉は強引にシャツを脱ぎ捨て、鍛えられた肉体が露になった。


「ふおっ、いい体してる!キリオさんもわからない?」


 ローレンは言う。


「それを言うのはいいけど、ちゃんと仕留めてくれよ」


 と、キリオ。

 そんな2人を目の前にして、杏哉は「ふっ」と笑った。


「杏助。君を探している人がもう1人来る」



……それにしても杏哉が上半身を晒すのって何回目でしょうねえ。

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