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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
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45節 暗示される「本当の最後」

 銃声が響く。零はその銃声に気づき、振り向いた。

 白いコートを身に纏った女が拳銃を下ろす。彼女の髪は零と同じく藍色で、早朝の春月川に吹き抜ける風になびいていた。

 襲撃者は杏奈。杏奈は一度零に銃口を向けたが、零の表情はほころんだ。自分が求め続けていた者が自らこの場に現れてくれたのだから。


「お前の方から会いに来てくれたんだな……!」


 零は言う。


「ちっ……調子に乗ってるお前を撃ち殺せると思ったんだが」


 と、杏奈は言った。

 しばしの静寂の後、少し遅れてその場に彰が現れた。その彰が見た光景はイデアの展開をやめた無傷の零と、右手に拳銃を持ち苦い顔をしていた杏奈。


「これは……」


「申し訳ないね。やっぱり失敗したよ。私は射撃が大の苦手だってわかっていたんだけどね」


 彰に気づき、杏奈は言った。


「2人で来るなんてな。お前ら、何を考えている?」


 と、零。彼の表情には嫉妬心も見え隠れしているようだったが。


「決まっている。杏助を連れ戻して呪いも解く。あいにくだけど、お前たちの目論みに乗るつもりはないし、ここで止まるつもりもない」


「お前……何を知った?キリオさんとも自然に距離を取って、俺の呼び出しもスルーして。さては……」


 動揺していた零であったが杏奈はそのようなことなどどうでもよかった。彼女がここまで来た理由と零の存在は一切関係ない。




 さかのぼること12時間。12月25日の午後5時頃。鮮血の夜明団春月支部の資料室に杏奈と彰はいた。

 資料室には様々な本がおかれ、それらの多くが歴史書などだった。レムリア大陸に存在する鮮血の夜明団たるもの、その土地の歴史を知るべし、ということだろう。数ある歴史書の中でも特に春月市やその土着信仰に関するものは特に充実していた。


 杏奈が読んでいたものは分厚い手帖に書かれた手記だった。これまでの歴史書を読んでいたときとは打って変わって、彼女は明らかに動揺した様子を見せた。

 彰は杏奈の様子を見て不安になり、本を置いて杏奈に声をかけた。


「大丈夫か?それに手をつけてから顔色がおかしい」


「とんでもないことが書いてあった。呪いについてもそうだし、私たちが使っているイデアについてもね。参ったよ、本当に。でも、救いといったらあの家系図かな。まだ何か隠されていそう」


 平気なふりをしていた杏奈。だが、彼女は押し寄せる感情を受け止められない。


「私はどう言葉にしていいか分からないし、あんたに何て言ったらいいのかもわからない。とにかく、読んでもらわないと……」


 と、言って杏奈は手記を手渡した。彰は手記を開く。




 彰の体は震えていた。今まで知る機会もなかった事実がすべてここにあった。異界へのゲートについても、鳥亡村についても、呪いについても。そして、イデアを扱う者についても。


「……そうか、俺はあと20年くらいしか生きられないんだな」


 彰は言った。

 手記に記されていたのはイデア使いを待ち受ける非情な定め。異界の言語――正確には意味や文法、発音が全く同じで形が異なるだけの文字だが――で書かれたそれに確信が持てずとも、彰は衝撃を受けるしかなかった。


「残念だけどね。何回も読み直したけど、そうみたいだ。異界の文字で書かれていたんだから相当何かを警戒していたようにも見えるね」


 と、杏奈は言う。彼女の言葉を受けて、彰ははっとした。

 そう。異界の文字を知る者は杏奈や彰含めてごくわずか。異界の文字を見て読まれないリスクを冒してまで著者はこの文書を守り抜こうとしていた。だが、その手記の初めのページに異界のものではない言葉でこう書かれていた。


『賢きわが娘がこの手記を読み解くと信じて』


「それでね、もう一つ。この手記を書いた神守律郎という人は私の父親。故郷がなくなったときに脱出して、手記はそのときに書いたみたい。最期は……」


「呪いじゃなくてイデアの副作用で死んだんだろう?書いてあった。相当きつい最期だったらしいな」


 と、彰は杏奈の言葉をつづけた。


「そうだね……でも、村が滅びてから最期のときまで、お父さんは呪いの解き方を探っていた。呪いの解き方もわかったんだし、まだ感傷に浸っていられない。お父さんの思いを無駄にはできないから」


 杏奈は言う。

 彼女は既に「呪いを解く方法」を知ってしまった。それも、キリオが話す内容とは全くことなる切り口の。杏助を犠牲にする必要なんて全くなかった。むしろ、彼はそうでない方向で必要となる。


「ねえ、彰。明日だったよね?杏助がキリオさんに引き渡されるのは」


「そうだったな。最近動きがないと思えば」


「私を霊皇神社まで連れて行ってくれる?何としてでも杏助を助けるし、キリオを説得する。杏助ともこのやり方を共有したいし」


 杏奈の言葉は彰の予想の範囲内ではあった。が、彼女の決意は見て取れる。どんな手を使っても杏助を取り戻すという決意。彰は杏奈の顔を見て5年前に彼女が成し遂げたことを思い出した。


「断るわけがないよ。俺も協力する」


 と、彰は言った。


「ありがとう、彰。私がここでキリオさんを監視する。2人が出たら、私たちも2人を追いかける。なんなら、回り込んでもいいね」


 杏奈はほくそ笑んでもう一冊の本――「失われた村の土着信仰考察」というタイトルの本を閉じた。


「私の故郷、鳥亡村は今度こそ終わる。終わらなければならない。お父さんと小梅おねえちゃんが望んだ正しくあるべき未来だから」




 12月26日早朝。書類をまとめていた杏奈が窓から確認した2人の姿。ヘルメットをかぶっているが、杏奈は後ろ髪で2人の正体を確信した。


「あの2人も出たみたいだ。私たちも追いかける」



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