44節 遠距離の敵
氷属性の敵っていいですよね。
「行くか」
悠平と杏哉の服には血がべったりと付いていた。スクエアKの駐車場で死亡した太一の遺体は杏哉が悠平を説得し、廃墟に放棄することになった。
杏哉と悠平はバイクに乗り、バイクは走り出す。雅樹と太一の襲撃で改めて何が起こるか分からない現状思い知った2人。いつでも反撃できるように、と悠平は杏哉から1丁の拳銃と20発分の弾、そして5つの手りゅう弾を渡されていた。
「あの、これは人を殺す道具ですよね」
「確かにね。それは否定しない。けどね、同時に君の身を守る道具でもある。よく考えて使うんだ」
と、杏哉は言った。
「いや、使わざるを得ない状況になるだろうね。手りゅう弾で何かをぶっ壊したり、ね」
バイクは春月川に沿った道を進む。
妨害する者が2人現れたものの、まだ順調すぎる。杏哉はバイクを運転しながら次なる襲撃者について考えていた。零か。それとも別の誰かが雇われて襲撃するか。はたまた鮮血の夜明団の構成員か。
――考えてもきりがない!
杏哉はこれ以上考えるのをやめようとした。だが、そんなときに見たくないものを見てしまった。
それは氷の罠だった。それも杏哉のことを知り尽くしたかのように配置されている。最短ルートである橋の入口に、ネットのように張られている。それに触れればきっとバイクもろとも氷漬けになるだろう。
「悠平くん!銃を出すんだ!あの罠は多分零がやった!あの罠を撃て!」
曲がる10秒前に杏哉は言う。
悠平は上着のポケットから銃を出し、狙いを定める。
バイクは速度を落としていたが、それでも罠は着々と迫ってくる。
――的は比較的大きい。多分当たる。
悠平は杏哉につかまりながら右手で引き金を引いた。
発砲音が木霊する。銃弾が命中し、氷の罠は砕かれた。だが、肝心の悠平は射撃の反動で銃を落としてしまった。
「すみません、杏哉さん!」
「落としたことくらい気にするな!このまま霊皇神社まで向かう。そう時間は――」
杏哉は何の意図があったか、言葉を飲み込んだ。仮にキリオが呪法をバイクに流し込んでいれば間に合わない。これは悠平に伝えるべきではないのかもしれない。
2人は氷の罠があった場所を通り抜ける。罠だった氷の破片が町の光を反射して輝いていた。
運転する杏哉は氷の罠を設置した人物――零を探していた。零はきっと近くにいる。橋の下か、それとも――
「イデアを展開してくれるかい?」
杏哉は何かを考え付いたように言った。
「はい」
悠平がイデアを展開し、杏哉はバイクのスピードを落とした。
前後左右、上下。あらゆる方向の様子が鏡にうつりこむ。だが、その中に零の姿はなかなか見つからない。範囲が広すぎるということを悠平は理解していたが。そんな悠平に突き付けられる予想外の事実。その人物はひとつ右側の橋の上にいた。
その姿は悠平にも見覚えがある。あまりにも特徴的すぎる外見の氷使い。ケテルハイムで悠平と彰を襲撃した――
「あの橋の上です!結構離れているけど、そこからイデアを展開しているみたいで!」
「零で間違いない。氷系のイデア使いはそれほど多くないし、広範囲となれば零くらいだろう」
杏哉は言った。
「来るぞ。手りゅう弾で氷を潰す。なんとかして橋を渡るよ!」
橋を渡る、という真意とは。
10秒もせずに、零は攻撃を仕掛けてきた。大粒の氷が砲弾のように降り注ぐ。悠平は手りゅう弾のピンを抜き、横からの攻撃にぶつけた。
手りゅう弾が炸裂する。爆風がバイクを煽る。爆発そのものは小規模であったが、威力は洒落にならない。
氷の塊は砕け散ってその破片が町の明かりを反射する。
余韻に浸る暇などない。次の攻撃が来る。上空から現れる氷の塊5つ。進行方向に落下するように落ちてきている。
「避けるぞ!落ちないようにつかまるんだ!」
杏哉はハンドルを切り、悠平は然るべきところにつかまった。
バイクの車体が傾く。進行方向がそれた瞬間、大きな氷の塊が道路に直撃。氷の破片が舞い上がる。直撃した場所は、ハンドルを切らなかったときの進行方向にあった。
杏哉は悠平が振り落とされないだろうと確信して降り注ぐ氷の塊を一つ一つ避けた。
もうすぐ橋を渡り終える。ひとまず狙い撃ちされる可能性はなくなった、と杏哉は安堵した。だが、まだ油断はできない。零の攻撃範囲はかなり広い。それも、春月市がすっぽりと収まるほどに。
橋を渡り終える直前に攻撃がやんだ。零が見失ったか、それとも――
だが、わかることが一つあった。攻撃が止む直前に遠くから銃声が聞こえた。その銃声は誰によるものか。
「そういえばどうして避けたんですか?あのイデアがあるのに」
悠平は杏哉に尋ねた。
「零のイデアの成長を考えた。君みたいに成長した可能性だって否定できない」
「成長、ですか」
悠平は杏哉の後ろで何かを考えているようだった。
やがて2人の乗ったバイクは市街地を抜けて、鬱蒼と木々が茂る道に入っていった。緩やかにカーブした道、春月川の支流。これらは2人が霊皇神社に近づきつつあることを意味していた。
「どうか間に合ってください」




