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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
42/89

40節 紅の危険な奇術師・ローレン

 ローレンはもともと穏やかな人ではなかった。ひどく負けず嫌いで、激しくて、それでいて機転の利く人だった。


 災害孤児であるローレンは身寄りもなく、孤児院といった施設にさえ入っていない生活を送っていた。彼女がいた場所はディレインの町から20キロほど離れた廃棄所。ならず者やはぐれ者たちが世間とは隔絶された場所でその日暮らしの生活を送っている場所だった。

 差別されるような立場にある人々に混じって生活していたローレンは、廃棄所にいるときにスリなどの犯罪に手を染めていた。当時の廃棄所のコミュニティの仲間と協力して殺人さえも犯した。が、ローレンは当時、これを罪だとは思わなかった。

 ローレンが変わったのは14歳の頃。彼女はシオンという男の手で廃棄所から連れ出された。彼の目的をローレンは知ることもなかったが、彼女はある錬金術師のもとに預けられた。

 それから6年。ローレンは錬金術師とともに訪れた場所で、イデアという能力に覚醒した。これで成り上がることのできる魔物ハンターになれる、と確信したローレンは錬金術師と交渉して、鮮血の夜明団の門をたたいた。


 ――だが、魔物ハンターになっても、ローレンは廃棄所のコミュニティと同じ残酷さと激しさを持ち続けていた。




挿絵(By みてみん)


 鮮血の夜明団春月支部の資料室にて。

 ローレンは目を見開いていた。イデアの展開は全開、そして彼女の心情は廃棄所にいたときのそれと全く変わらないものに戻っていた。


 今度は自分が攻撃する番だと、ローレンは足を踏み込んだ。

 ジャックナイフの先端に特に集中する血のように赤いイデア。ローレンは自身のリーチにキリオが入り込んだことがわかると、ジャックナイフを振りぬいた。


 ギィン!という音が資料室に響く。

 キリオは左手でジャックナイフを受け止めていた。その左手は包帯を巻いた上から金属製の篭手がはめられていた。


「おっと、危ない」


 平然とした様子のキリオは言った。


「危ないで済むと思ったら大間違いだぜ!」


 ローレンのジャックナイフが発熱するだけではなかった。彼女の左手にはもう一本の刃物――スティレットが握られていた。


 通常、小型の刃物では急所を攻撃しない限り命を奪うことは困難だ。しかし、ローレンの場合はそうでもない。彼女の能力――イデアは刃物で相手の体に穴を開けさえすれば簡単に命を奪うことができる。傷口から瞬く間に血液などが熱せられることで、対象はいともたやすく命を奪われる。


 キリオは正面からの戦闘に向かない武器を使ったローレンをこれまで以上に警戒していた。

 ――人肉シチュー。キリオはその言葉を思い出し、すぐにローレンとの距離をとった。


(まずい。本当に人肉シチューにされてしまうな。接近してもこちらがきついだけだ……いや、本当にやられる!)


 キリオがその瞬間にとった行動は、本棚を一つ倒すことだった。

 ローレンとキリオの間に木製の本棚が倒れ、ローレンのゆく手を阻んだ。本棚だけでもそれなりの大きさがあったが、問題は大量の蔵書だった。蔵書が積もった上に本棚がのしかかり、ローレンはさすがにそれを踏むことには抵抗があった。

 結果、ローレンはキリオを追うために迂回することとなる。




 本棚を倒し、ローレンのゆく手を阻む。キリオは資料室の最奥部へと逃げ込んだ。

 黒い金属製の本棚には生物学や解剖学の資料が揃っていた。その本棚の間を縫って、キリオはさらに奥へ進む。

 奥にあったものは観葉植物だった。キリオは観葉植物のプランターをずらし、その下にあるほんの少し色の違うタイルに視線を落とした。手をかけてタイルを外すと、その中にはリボルバー拳銃が入っていた。キリオはその拳銃を手に取る。


「2発か。これで確実にローレンを」


 その瞬間、ローレンが姿を現した。

 同時に引かれる引き金。資料室の中に銃声が響き渡った。


「君も戦う場所を選ぶべきだったね」


 弾は2発ともローレンの左胸に命中し、彼女の体から血が滴り落ちる。群青色の服は血で染まっていった。ローレンは力なく本棚に寄りかかった。


「これで終わりだね。次は会長からこいつの記憶を消すか。あいにく今は出払っているようだけど」


 キリオはローレンの横を素通りしようとした。が、ローレンは彼の左腕を掴んだ。


「逃げるって?そうだよなあ!私を殺したと思ったんだろう!?」


 キリオが困惑したその瞬間、ローレンはキリオの篭手を数百度にまで熱した。キリオは苦悶の表情をうかべ、すぐさまローレンの手を振り払った。篭手の中にはイデアを展開していた。


「君は痛くないのか?血だらけ……」


「これは血糊だよ。ていうか、殺したと思ったら脈とか確認するだろ!これだから春月の人間は!」


 ローレンはそう言いながら、群青色のスウェットを脱いだ。その下にあったものは血糊の詰まったインナーだった。いや、ローレンの身を守ったものはそれだけではないのだろう。

 銃弾が刺さったインナーから血糊がボタボタと落ちる様子はどこか滑稽にも見える。


「やられた。君、奇術師とか言われているんだろう。どうせ」


「よくわかったね。ちなみに『危険な』とつくから覚えとくといいよ」


 ローレンはそう言うと血糊の詰まったものを外し――


「何をする!」


「私が使えばだいたいの液体は爆弾になるんだぜ!」


 ローレンはそれをキリオに向けて投げつけた。血糊を入れていた部分は熱でとけかかり、それが高熱を持っていることを意味していた。

 それはキリオの首をかすめただけであったが、それでも熱は伝わる。


 ローレンはジャックナイフを振りかぶってキリオに近づいた。狙いは首。だが、これはキリオにとってもまたとないチャンスだった。


(ここぞというとき、ローレンは攻撃が大振りになる。その隙をつかせてもらうぞ)


 見切りやすいローレンの攻撃をキリオはゆうゆうと躱した。ローレンが次の攻撃にうつるまでの間に、キリオは右手でローレンの頭に触れた。キリオの手から流し込まれる呪法。彼の的は脳――海馬だ。


「へ、頭をぶっ潰すような真似はしないんだな。何を……」


 ――何を考えていた。ローレンはその状況を一瞬で忘れてしまった。これまでしていたこと、数日前に誰かと会ったこと、シオンから伝えられたこと。


「あれ、キリオさん。なんでここに?」


「僕が呼び出していたじゃないですか。さて、目的は果たされた。君は、12月26日、霊皇神社で見張りを頼みたい。どうせあの不届きものが来るからね。詳しい話はあとだ。ちょっと本棚をめちゃめちゃにしてしまったからね」


 キリオは言った。対するローレンの敵意は抜けきっていた。


「まあいいや。ほんとに何かわかんないけど」



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