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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
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38節 メッセンジャー

連載再開です。ちょっとペース考えないとなあ。

 拷問から抜け出した杏哉は、地下の扉から外部に脱出した。

 堅く閉じられた扉も杏哉の能力の前には何の意味もなさず、彼は今ほとんど人の通らない地下道を歩いていた。


 拷問で爪が剥がされた指先がひどく痛む。たとえ物体をすり抜けることができても、痛みを無視することは不可能だった。だが、普段戦いにおいて痛みを感じることのない杏哉はその痛みを興味深いとさえ思っていた。


「困ったな。先代たちに顔向けもできない。杏助もあのザマだ。刀は適当なタイミングで取り返すとして……」


 彼は今、孤立していた。

 先代――光太郎とのつながりのあったキリオによって杏哉の行動は彼らに知られるだろう。そうなれば杏哉は行く場所を失うこととなる。頼みの綱だった杏助や杏奈の協力も得られない。


 ――ひとまずは身を隠す。それから零の動向も気になるところだな。


 杏哉の脳裏に浮かぶ、零の行動。

 零は悪態こそついているが、なんだかんだ杏哉のことを兄として慕っている。

 杏哉は零に望みをかけて霊皇神社近くの隠れ家へと向かった。




 ――30分ほどで杏哉は隠れ家にたどり着いた。

 杏哉は隠れ家である古民家へ、玄関からではなく壁をすり抜けて侵入した。


「うわっ!脅かすなよ、変態が!しかも上半身裸で体に傷があるって何があったんだ!? 」


 畳の上に座って爪にネイルを施していた零は言う。

 畳にこぼれるマニキュアと部屋に広がる独特の臭い。


「いやあ、ごめんね。それはそうと、協力してほしいんだけど」


「なんだ?悪だくみか? 」


「まさか。先代か清映を生け贄にするだけだよ。あのやり方、実は神主でもいけるんだよ。重要なのは年齢ではない、血筋だ」


 杏哉は何かたくらんでいるようだった。一度は同意したはずの「杏助を生け贄にすること」など杏哉に遵守する気はなかった。

 彼の狙いは神主という地位を経験している光太郎と清映だった。彼らを生け贄として、鳥亡村の土着信仰の神にささげようと考えていた。


「頭沸いてんのか?確かにあの2人も条件は満たしているが……」


 と、零は口ごもる。


「なんだい?君、もしかしてお二人の信者なのか? 」


「違う。でも、俺はこれ以上事態が混乱するのはごめんだ。離れるなら勝手にしろ。あんたは条件を満たしていないから生け贄にはできないだろうが、そのうち俺たちがぶっ殺す。なんなら今ここでぶっ殺してもいいんだぜ」


 杏哉の言葉は宣戦布告であるかのように、零の感情を逆なでした。

 零は杏哉に明確な敵意を向けた。イデアを展開し、隠れ家の中の気温が下がる。湿っていた場所は霜のように凍り付く。

 普通の、いや、ある程度の実力を持った人でさえ身構えるような状況において、杏哉は平然と口を開く。


「何を言うんだ、君は。本当に悪いのが誰なのか考えてみな」


「黙れ!俺は正しい!ちょっとでも先代たちを生け贄にするそぶりを見せてみろ。ぶっ殺すからな」


「おお、怖い。あいつと関係あるならなおさら気を抜けないね」


 杏哉はそう言って、ハンガーラックに掛けられていた純白のスーツを取り、壁をすり抜けて外に出た。

 ――きっとここには戻らない。もはや隠れ家はホームではない、敵の本拠だ。


 杏哉が向かったのは川だった。

 隠れ家を出た杏哉はすぐ近くの人がめったに立ち入らない滝で、彼自身の血で汚れたスラックスと下着を脱いで川に投げ入れた。

 血で汚れた白いスラックスは岩に引っかかり、その場で水を吸ってゆく。


「本当にどうしようか。自分の意見を曲げず、筋を通そうとするところはほれぼれするが……マジで味方がいないな」


 と、杏哉は言った。

 視線を落とせば、水面に杏哉の姿が映っている様子が見える。雪のように白い肌、一般人より筋肉質でありながら均整のとれた肉体。彼の姿は彫刻のように美しかった。


挿絵(By みてみん)


 杏哉は悩んだ面持ちで新しいスーツを手に取った。

 そのとき、ガサガサと近くの茂みが動いた。


「誰だ。まさかキリオの差し金か? 」


「さすが杏奈のお兄ちゃん。よくわかったねえ。

 表向きはそうだけど、本当は違う。私はキリオの忘却法を受けずに、会長の本来の意思を尊重してここに来た。知らないふりをするのも楽じゃないね。

 ま、とりあえず言っておきたいのは、私をキリオと一緒にすんな」


 現れたのは赤髪の女だった。それも、杏哉が一瞬だけ目にした――春月支部の前で彼を捕縛せんと襲い掛かった女、ローレンだ。


「……君か。そんなに男の裸が好きなのかい? 」


「今はそんなこと言っている暇なんてないだろ。風邪ひくからさっさと服を着れば?確かにその恰好は私の目の保養にはなるんだけど」


「そうするよ。でも、君の目的って他にあるんだろう。話しなよ」


「はいはい。一言でいえば、春月中央学院高校の生徒、鶴田悠平と接触しろ。彼は芦原キリオから距離を取っているし、どうやら学校に協力者がいるみたいだ。彼らも杏助を救いたがっているんだし、好都合じゃないか?」


「いいね。俺が嫌われなければ別に構わないよ。ただね、俺はこの通り嫌われ者だ。鮮血の夜明団からも、先代たちからも、妹からも嫌われた。俺を嫌わないのは相当な変人だと見たよ♡」


「じゃ、私も変人ってことになるね……という冗談はさておき、私はまだ会うべき人がいるからその人に会ってくるよ」


 ローレンはそう言って、川の土手を上っていった。1枚の紙切れだけを残して。


 ――12月13日、霊皇神社にて待て。




 時を同じくして、春月中央学院高校の旧美術室。

 有田を中心に、4人のイデア使いたちが集まっていた。だが、その中にはキリオから記憶を消されている杏助や、すでに鮮血の夜明団の一員と言っても過言ではない晴翔はここにいない。


 有田は杏助の視界を通じて見た者の似顔絵を他3人に見せた。


「彼が秋吉くんを助けた人だ。秋吉くんによく似た、多分20代後半の男だったよ」


 と、有田は言った。


「そうなんですか。私、会ったことあります。第一印象があんまりだったから一度ぶん殴ったんですけど、そいつの体をすり抜けたんですよ。私の手が」


 杏助を助けた者――杏哉の似顔絵を見た帆乃花が言った。

 彼女の言ったことは、彼女自身が経験したありのままのことであった。


「白水さん。そいつ、どこで見かけたんだ? 」


「え、私の家がある春月川近く。先々週、秋吉くんの居場所を聞かれたけど、その聞き方がセクハラみたいだったから……」


 帆乃花は答えた。


「それくらいだったか。さっきね、狩村くんと秋吉くんの目を通じてその人物の様子を見た。彼、どうやら拷問をされていたみたいだが無理やり脱出して今は行方がわからない。困ったね。彼と協力したいと思うところなんだが」


「そういう考えだったんですか……」


 今度は悠平が口を開いた。


「駄目だった?僕としては名案のつもりだったけど」


「め、名案です。けど、接触できるかどうかは別ですよ」


「大丈夫。幸い、ここに来ていない2人の視界も借りていることだしね」


 そう言うと、有田は笑みを浮かべた。

 ――こうして、杏助を助けた男神守杏哉との接触を目標とする形で、4人の集まりは幕を閉じた。




 集まりが終わって帰路につく悠平。彼の前に現れたのは。


「ろ、ローレン!?キリオさんの……」


「あー!あんたも知らなかったクチねえ!とにかく私は味方!みーかーたーだ!」


 ローレンは両手を挙げて叫ぶ。彼女はイデアを展開する気配もなければ武器――ジャックナイフ等を出す気配もなかった。


「本当ですか?でもあなたは……」


「会長の本来の意思を尊重して動いているし、なんなら忘却法も受けていない。

 私は、あんたを呼び出しに来た。あんたへの協力を求めている人がいる」


「俺への協力を? 」


 悠平が聞き返すと、ローレンは頷いて紙切れを手渡した。

 ――12月13日、霊皇神社にて待て。

 紙切れにはそう書かれていた。


「誰なのかはまだ言えない。とりあえず、あんたがびっくりするような人だぜ。とりあえず、鮮血の夜明団からも、鳥亡の連中からも嫌われる変態野郎とだけ言っておこうかな」


 ローレンは思わせぶりな言葉を残してその場を去った。




 ――そして、12月13日までの期間は思いのほか早く過ぎる。



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