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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
39/89

37節 芦原キリオの正義と偽善

 キリオと晴翔と彰と杏助、そして杏哉。

 晴翔の能力によって石化し、椅子に縛り付けられた杏哉。彼をここに連れて来たことには理由があった。


「コーラをかけたら石化は解除できるんだね?」


「ああ。白水って奴もそれで元に戻したな」


 キリオが能力を使った張本人である晴翔に尋ねると、晴翔は答えた。


「そうかい。彰、冷蔵庫からコーラを持ってきてくれ。杏哉の石化を解くのに必要なんだ」


「わかった。どういう意図があるのかはよくわからないが」


 彰は一度遺体安置所を出た。

 彼がいなくなったところで、キリオは言う。


「杏助くん。資料室で何かわかったことでもあるのかい?」


「ありますよ……まあ、単純に言えば俺が生贄になるってことですかね。ある人が変な儀式に失敗して、村が失われて、春月市まで呪いがかけられて。それを解くのが俺だったなんて。俺1人くらいが犠牲になればいいってことですよね……」


 杏助は明らかに感情を押さえ込んでいた。

 いくら口調は冷静なものであろうとも、その目は恐怖に満ちていた。自分が死ぬことに対して。

 彼は死というものを恐れていた。それも、人が苦しんで死んだ結果の一つであり、人を苦しませ殺す怪奇現象や心霊現象を見ていたがために。


「そうだよ。と言っても、君を生贄に捧げるのは僕じゃない。蘇我清映という男。神主という役職らしくてね、呪いを解く手段もよく知っている。僕が呪いについて知ったのも彼を通じて、だ」


 前回は手荒にやってしまったが、と言いかけたキリオは喉元でその言葉を止める。

 杏助にあの出来事を思い出させてはならない。


 そんな中、彰が遺体安置所に戻ってきた。


「よし。始めよう。杏助くんはそいつのイデアを封じてくれ。皆、きつかったら目をそらしてくれていいからね。何も公開処刑という形でもない」


 と、キリオが言う。


 彰がボトルに入ったコーラを杏哉にかけた。

 すると、杏哉は石化していた状態から徐々に元の状態へと戻ってゆく。

 彰に続いて動いたのは杏助だった。彼はイデアを展開するとその一部であるお札を杏哉の胸に貼り付けた。


「俺も大概だが君も相当なことをするね。俺を痛めつけて楽しいか?」


 杏哉は言った。


「楽しいわけがないだろう。いまからやられることをわかって言っているのか?」


 キリオはそう言いながら、杏哉の手に手錠をかけた。

 イデアを展開することもできない杏哉は体が鎖や手錠をすり抜ける、といったことはなかった。壁をすり抜ける人外じみた彼でなく、生身の人間としての彼だった。

 生身の人間となった杏哉にはぞっとするような美しさと、得体の知れない色気があった。彼は人に嫌われながらもその心を惹きつける。まるで人を堕落させる悪魔のようだった。


「わかっているよ……ちょっと楽しみだなあ。ゾクゾクする、という感覚ではないけど、何をやられるのか予想するのが楽しくてね」


「いいから、やるよ。まず……なんで杏助を執拗に狙う。特に、僕がいるとき。まるで僕のそばに杏助を置いておきたくないように見えるが?」


 杏哉の後ろ。彼の手を掴んだままのキリオが言った。


「どうだと思うかい?」


 と、杏哉。

 すると彼の手を掴んでいたキリオが杏哉の左手の爪を1枚剥がした。杏哉の指先に血がにじみ、彼の顔は一瞬だけ痛みでゆがむ。


「まず、1枚。質問に質問で返すって、さては君話す気もないな?」


 キリオが言うと、杏哉は黙る。

 一方の杏助と晴翔は目をそらしていた。


「もう一度聞くよ。なぜ杏助を執拗に狙う……次は刀を握れなくなるように右手の爪でいく」


 刀を握れなくなるように、という言葉が効いたのだろうか。杏哉が口を開いた。


「弟だから。俺は兄弟のことを誰よりも大切に思っているからね。少なくとも死なせるよりは見守りたかった。それは杏奈に対してもいえることだよ」


 それは杏哉の偽りない本心だった。だが、彼はまだ何かを隠している。


「いつになく真面目に答えるんだな。まあ、刀が握れなくなることについては君にとって死活問題だろうからね。それで、もう一つの理由は?」


 と、キリオは言った。


「ん?俺にまだ話せって?」


「そうだよ。兄弟だからという理由以外にまだあるだろう……」


 キリオは杏哉の隠していることを見抜いていた。

 しかし杏哉は白を切る。彼に話すつもりは一切なかった。


 ――キリオが杏哉の爪をまた1枚剥がす。1枚にはとどまらない。2枚、3枚、4枚、5枚。杏哉の右手の爪がすべて剥がされた。

 爪があったところから血と肉が露出し、その様はあまりにも痛々しい。


 それでも杏哉は口を割らなかった。が、痛みでその表情は歪んでいた。


 一瞬だけ杏哉の顔を見た杏助はその痛みを味わっていなくとも、痛いだろうということは理解した。

 杏助は、戸惑いからイデアの展開をやめた。

 杏哉の胸に貼られていたお札が消える。押さえ込まれた杏哉のイデアは再び展開され、彼は手錠や鎖をすり抜けた。


「ありがとう、杏助。爪が6枚犠牲になったがひとまず抜け出せたよ」


 杏哉は言った。


「杏助くん……今何をしたんだ?」


「え……俺が、何って……あ……」


 拷問から自力で抜け出した杏哉。彼は微弱ではあるがイデアを纏っていた。

 その様子を見た杏助は無意識にイデアの展開をやめており、彼もその瞬間に何が起きたのかを理解した。


「何かわからないが、見ていられないって思ったんだろう?優しいなあ。

 一応、本当のことを教えておくよ」


 杏哉は痺れる体を無理に動かし、少しずつキリオとの距離を取る。


「芦原キリオは杏助を生贄にしてでも春月を救おうとしている。けどね、実は杏助を犠牲にせずに春月を救う方法なら別にある。俺が突き止めた――」


「余計なことを喋るな!僕はどんな手を使ってでも、君を排除する」


 キリオは杏哉の言葉を遮った。


「……あまり調子に乗るなよ。こちらには杏助もいる。君の最も苦手とする相手だ!彼の攻撃を受けたら君は生身となるだろう!」


「そうだね……だから逃げるんだよ。よくわからない麻痺毒を打たれている状態じゃあきついからねえ」


 杏哉はそう言うと封鎖されたドアをすり抜けて消えた。


「逃げたか、杏哉。そして杏助。君には失望したよ。その優しさと精神的な弱さのせいで奴を逃がしてしまった。わかるかい?」


 と、キリオは言った。


「はい」


「まあ、どうせ君は死ぬんだし、いいか。

 12月26日。その日、君を彼らに引き渡す。それですべてはまるく収まるはずだ」


 キリオはそう言うと、階段を戻って地上へ戻っていった。


「僕の行いに間違いなんてない。僕は正義に基づいて行動したに過ぎない」



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