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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
37/89

35節 記憶と真実を消す者

忘却の正体。それは……

 霊皇神社にて、キリオはある人物の遺体を捨てた。

 もともとその人物は行方不明扱いとなっており、4年ほど昏睡状態だった。


 彼は用事を済ませて霊皇神社から出ようとした。

 そのとき。彼はイデアを陰に沿って展開した。何者かがいる。忘却法によって記憶を消してもほとんど意味をなさない人物が。


「出てこい。そこにいるのは分かっている!」


 キリオは言った。


「さすが♡俺の気配を感じ取れるなんて、さては俺のことが好きだな?」


 その声とともに、楠の幹から杏哉が現れる。

 特筆すべきは現れた場所。彼は物体をすり抜けることができ、壁だろうと木だろうと障害物にはならない。そして、彼は冬だというのに半裸だった。


「悍ましいことを言うな、変態野郎。君は寒さもすり抜けられるのか?」


「そうだね。少なくともイデアを展開してる間は。君も相当なことをしていると見た」


 杏哉は得意げに笑う。


「とりあえず答え合わせをしてくれるかい?俺の予想が正しいかどうか。

 まず、君が杏助の命を狙っているのって先代や清映のことが絡んでいる。あっているかい?」


「合っているよ。その辺はおおかた君の予想する通り」


 キリオは答えた。


「それと、君は忘却法を何人に使ったのかい?俺の知る限り、4人は大切なことを忘れていたみたいだ」


 ――キリオの思惑に気づき、杏助を助けたシオン。キリオ本人から直接命を狙われた杏助。杏助や咲について、何らかの情報を持っていた晴翔。キリオに疑いの目を向けた彰。

 キリオはその4人の記憶をある程度消していた。

 だが。


「それを聞くのは吸血鬼に今まで血を啜った人数を聞くことと同じだろう。つまり、答えるまでもないよ……杏哉」


 忘却法の餌食となった人々の人数について触れようともしないキリオ。彼は話すつもりもないらしい。

 キリオはあとずさり、神社の中に乗り入れていたスクーターに少しずつ近づいていた。その間に、杏哉から目を離すこともなく。

 キリオはその瞬間も呪法をその身に纏い、杏哉の隙を突かんとしていた。いくら強力な能力であろうとも、使わせなければいい、と。


「もし逆の立場だったら僕も危なかったよ!君は強すぎるからな!」


 キリオはすぐさまスクーターにまたがり、それを起動させた。

 スクーターの動力源である青白い石が激しく光る。


 神社の出口に近いのはキリオ。彼はそれまで見越したうえで、スクーターで走り去った。


「やれやれ、逃げられたか。せっかくここでぶっ殺せると思ったが」


 杏哉はつぶやいた。

 次に彼がするのは追跡。イデアによって身体能力を大幅に強化できる杏哉。彼が本気を出せば、通常のスクーターであれば追いつくことはできる。だが、彼はそうはしない。彼には懸念があったのだ。


「あいつ、ひょっとして呪法を流し込んでいるかもねえ。もしそうなら追いつけないな。あいつくらいだと、100㎞は出るだろうな……」


 杏哉は考えることもなく、イデアを展開する。

 彼は見てわかる程度の本気を見せていた。まず、展開範囲が規格外だった。霊皇神社をすっぽりと包み込む程度の範囲。その強さも規格外で、神社の空気がピリピリと震えていた。まるで、伝承の英雄か、化け物が現れたかのように。


 杏哉はそのまま走り出すようなことはせず、気に立てかけられていた自転車に手をかけた。それは塗装こそ剥げて、血で呪法の印が描かれているものの、それ以外はきっちりと整備されたロードバイクだった。

 そのロードバイクは清映に殺された者が使っていた。その後、零の気まぐれである程度の手入れはなされていた。


 杏哉は自転車に乗ると神社の柵に向かって漕ぎ始めた。


「柵なんて俺には関係ない。待っていてね、キリオ。今度こそ♡」




 春月川に沿った道を爆走するスクーター。そのスクーターは100㎞を超える速度を出していた。その秘密はキリオの扱う呪法。キリオがそれを青白い石に流し込むことで過剰なエネルギーを生み出し、通常ではありえない速度が出る。


 目を丸くする一般人をよそに、キリオはさらにイデアを展開していた。そうすることで、彼の向かう先の状況がわかる。

 ――ひとまずは春月支部に向かう。春月支部であれば、杏哉を倒せるかもしれない人物がいる。


「……あと14㎞か」


 キリオはつぶやいた。

 彼の後ろに杏哉はいない。だが、キリオは気を抜かない。杏哉はあらゆる障害物をすり抜ける。だからこそ警戒すべき相手だった。次の瞬間に、近くの壁から飛び出してくるのかもしれない、と。


 キリオはそのまま逃走を続け、10分あまりで春月支部にたどり着いた。

 スクーターへの呪法の流し込みを止めたキリオはスクーターを乗り捨てると、春月支部の建物に入った。


「戻ったよ。杏助は来ているかい?」


 建物に入るなりキリオは言った。


「いるよ。資料室で何かを探しているみたいだったけど」


 珍しく春月支部にいたローレンが言った。


「ありがとう」


 と、キリオは言って2階の資料室に向かった。




 春月支部2階の資料室。全体的に黒い、近未来的な内装の部屋に様々な本が並べられている。主に土着信仰やそれらを元にする呪法についての本、たまに生態学や武術の本が置かれていた。


 そんな資料室で、杏助はとある本を読み漁っていた。

 タイトルは『ひとつの村が失われた話』。これは物語でもなく、誰かの手記だった。

 うっすらと残る記憶をもとに、その本を読み進めていた杏助。彼は生贄が何か、というところに対してある仮説を持つに至った。


 そんな中で。


「杏助くん!」


 資料室に響くキリオの声。杏助は何の疑いもなく、キリオの方を見た。


「何ですか?」


「ちょっと力を借りたいんだよ。杏哉という男がここを狙っているみたいでね、彼を撃退したい。どうやら彼は放火魔みたいでね」


 と、キリオは言った。


 杏助は放火魔と聞いて、一つ思い出したことがあった。

 杏助が一度、春月川沿いの廃屋へ行ったとき。杏助の前に初めて杏哉が姿を現した。彼は自分自身が杏助の兄であることを告げ、家系図を杏助に渡した後に姿を消した。その後に、廃屋は火災に見舞われた。


「杏哉が放火魔……!?」


 杏助は思わず声に出した。


「そう。何が目的かわからないけどね。だから、頼む」


「わかりました。杏哉を退けるんですね」


 杏助は言った。

 対するキリオは、杏助の顔を見ずに笑みを浮かべていた。


「きっと戦況は立て直せる。春月市だって、守れる」


 杏助は何も知らずに資料室を出た。杏助は意図せずに、意思をも改変されて、望まぬ者に立ち向かわねばならない。




 ――いくつもの建物を突き抜けて、「彼」はやってくる。



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