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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
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34節 忘却の彼方の大切な記憶

脳に干渉して記憶を消す術を使う人物が状況を引っ掻き回しています。

 何か大切なことを忘れている気がする。

 杏助は頭から抜け落ちた何かを3日間ずっと気にしていた。

 それだけではない。自分に覚えのない油絵の作品や誰から受け取ったともしれない刀といったアイテム。杏助はこれまでに何が起きたのかわからなかった。

 いや、それに関する記憶だけが消しゴムで消されたかのようにごっそりと欠落していた。が、彼の記憶にはとある人物の姿がはっきりと残っていた。

 ――尊敬すべき人物、芦原キリオ。杏助に何かをするわけでもなく、親身になっていた。彼が何かしでかすなんて、と杏助は考えた。


「行ってきます」


 杏助はイデアに覚醒する前と同じようにして家を出た。

 ――何かがおかしい。




 杏助が浮かない顔をしていようとも学校はいつもどおりで、生徒たちが教室で談笑している。杏助の様子を見た晴翔はほんの少し心配そうな顔をしたが、杏助に話しかけることはなかった。


 それに対し、別のクラス――美術科の2年から来た者が1人。


「秋吉くんいますか?」


 悠平は声をかけた。彼は杏助を避けようとはしていなかった。

 対する杏助。彼は悠平の思考を深読みせざるを得なかった。悠平にも鮮血の夜明団との関係があり鮮血の夜明団は――

 ここで杏助は謎の頭痛に襲われる。鮮血の夜明団関係で、杏助が知ってしまった何かについて彼が思い出そうとすれば、妨害されているようだった。


「なに」


「話がある。ちょっと来てくれ!」


 悠平は強引に杏助の腕をつかみ、教室から連れ出した。


「離せよ!俺何かしたか!?別に引きずって連れて行かなくとも!」


「そういう事情なんだ!有田先生が呼んでいたんだよ!」


 悠平は珍しく声を荒げていた。

 彼が杏助を連れて行く先は旧美術室。




 旧美術室。

 悠平にとっては始まりの場所であり、杏助と出会った場所。

 そこで待っていたのは有田、帆乃花、そして香椎だった。いずれもイデアを扱える者で、異界へ通じるゲートの現れた食堂裏に集まったこともある。

 この5人と晴翔で集まったことは、杏助だって覚えている。


「連れてきました」


 悠平は言った。


「よし、ありがとう。

 これまでに起きたことを確認しよう。堤さんは数日前まで生きていた。が、白髪の男芦原キリオに殺された。それでいいんだね?」


 5人の中心になって話を進める有田。5人の中で事情を最も知る悠平。どこか腑に落ちない部分もあるが、話の大筋は理解している帆乃花と香椎。そして、杏助は明らかに信じていないような顔をしていた。


 ――まず、堤という人物は誰だ。

 杏助は気にしていた。というのも、彼の記憶に堤という人物は残っていない。記憶にない人物のことを、杏助は信じられなかった。

 それ以外にも芦原キリオという人物のことが、杏助の中で納得がいかなかった。今、杏助は彼に会えずとも彼のことを信頼していた。よき先輩として。


「すみません、堤さんって誰ですか?俺、そんな人知りません」


 杏助は言った。


「とぼけるのはやめなさい。美術部でも美術科でもないのにここに来たとき、接触したのではないですか?私は覚えていますがねえ?秋吉くんが『焼肉を奢れ』と言ったときです」


 と、香椎は言った。


「覚えて……って、俺ここに来たのは初めてです。いきなり鶴田くんから呼び出されて」


「初めてだって?もしかして覚えていないのか?」


 悠平が口を挟む。

 彼は杏助と違って確かに堤咲のことを覚えている。もちろん、芦原キリオのしたことも。彼はその目で見ていたのだから。


「覚えていないというか、本当にわからない。俺が知っているのは異界へのゲートのことだけだよ。廃墟とか、ケテルハイムとか、霊皇神社とか……」


 杏助はそう言って頭を押さえた。

 激痛。杏助は霊皇神社について思い出そうとすれば、まるでその詳細を思い出すことを拒絶されるように、頭に激痛が走る。彼は、大切なことを思い出すことも許されないのだろうか。


「秋吉くん。ひとまず主観で語るのはやめないか?記憶が残っていないと、話が進まないよ。僕が秋吉くんの目を通じて見たことを話した方が早い。思い出す手がかりもないんだろう?」


 と、有田が言った。


「そうですね……」


「まず、堤さんを殺した人物について。彼がしたことを話そうか。

 彼……芦原キリオは君の命を狙っていた。生贄にしようってね。そのために彼は白水さんにも接触したし、堤さんも殺した。何の生贄なのかは知らないが、秋吉くんにとって害になる人物で間違いはない。理解できたか?」


 有田の言葉は杏助にとって衝撃だった。

 信じていた人が。慕っていた人が自分の命を狙っていたなんて。それと同時に、彼は信じる気になれなかった。


「嘘だ……俺が生贄になる要素ってあるんですか!?俺は都市伝説が好きなだけの高校生だし、特に変わったことなんて……」


 ――杏助に残っていた記憶の一部が、彼の言葉を止めた。

 杏助は滅びた村で生まれた特殊な血族だ。そして。村は滅びるときに呪いを世に遺した。それが、春月にも通じていた呪い、そして因縁。

 杏助は因縁に向き合わねばならない宿命の中にいる。たとえ、その命を犠牲にしても。


「すみません、先生。俺の命には構わないでください。ちょっと思い出したことがあるんです」


 杏助は言った。


 ――1人や2人の犠牲で済むなら、それでいいじゃないか!

 その言葉が誰のものなのか、杏助にはわかったことではない。だが、それは杏助に過度なプレッシャーを与えることとなる。杏助に命をかける覚悟をさせることとなる。


「俺が犠牲にならないと、春月市も先生たちも皆死にますよ。本当は怖かったけど、それでいいんです。だって俺は必要な犠牲だから」


 と、杏助は言って旧美術室を去る。


「待ちなさい!秋吉くん!そう簡単に生徒を……」


「君は春月中央学院の生徒でしょう!」


 2人の教師が杏助を引き留めた。が、それも効果はなく杏助は旧美術室を出た。生きていくことをあきらめたような顔をして。




 彼はつぶやいた。


「さすが鳥亡一族。僕の呪法……忘却法から立ち直るなんて。さすが杏哉の弟。あいつは、忘却法を完全克服しやがったが。本当に、どんな脳をしているんだ?」


 彼は「骨壺」を、霊皇神社に開いた異界へのゲートに落とした。

 金色のガスの放つ薄い光が彼の白銀色の髪をより一層輝かせていた。



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