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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
35/89

33節 半霊は亡霊となる

 入れた。

 咲の死で絵の中の空間も消えてしまったのかと心配していた悠平だったが、それも杞憂に終わる。

 そんな空間であるが、咲の肉体的な死によって雰囲気は変わっていた。例えば、照明。ビビッドな色が映えそうな照明は柔らかくなり、どこか天国を想像させる。


 悠平が空間の変化に戸惑っている中、咲が現れた。


「もしかして、私の本体が死んだことで能力が消えちゃうと思った?」


 と、咲は悠平をからかっているように言った。

 彼女はまるで悠平の思考を見抜いているようだった。


「思いましたよ。俺、本当に焦ったんですからね!」


「そうかい。ま、何もなかったように見えて実は私も絵の外に手を伸ばせなくなったんだよね。だから、また来るときは絵に直接触れてね」


 と、咲は言う。

 彼女も肉体的な死は何もなかったということではないらしい。

 その証拠に、入り方や絵の中の雰囲気、さらには咲本人の雰囲気にも影響が出ていたというのだ。その中でも特にわかりやすかったのが「入り方」だ。


「あーあ、私本当に死んだのか。あっけないなあ」


 咲はあきらめたような、どこか寂しそうな表情でカラフルに塗られたカーペットのような地面に座り込んだ。

 ――そういえば杏助や晴翔も、杏助が廃墟に行って以来咲のところには来ていなかった。その間に咲は何をしていたのだろうか。

 悠平は咲の顔を見た。その間にも彼の頭の中で考えが巡る。

 はっきりと悠平の目に映る咲の姿は死が虚構のものであるという錯覚を彼に抱かせた。その一方で、やはり彼女はもともと幽霊だったようにも見える。

 そんな中で、悠平は咲の肉体が死ぬ瞬間を思い出した。


「俺も咲さんが殺される瞬間を見ていましたよ。殺した人も……」


 悠平はキリオの名を口に出すことをためらい、言葉を止めた。

 味方のふりをした敵。あの悍ましい男は杏助だけでなく、咲にも手を出した。

 その一方で、彼は鮮血の夜明団で絶対的な信頼を得ていた。人柄で。その実力で。頭脳で。信念で。悠平だって、一時はキリオを信頼していた。


「殺した人が何だって?」


 咲は言った。


「ええと」


 言葉に詰まる悠平。

 彼は今、気持ちの整理がつくような状態ではなかった。


「まあ、誰がやったのかはわかるよ。白髪の男。そうでしょ?」


 分かり切っていたような咲。彼女はキリオが自分を殺した瞬間を見ていたにもかかわらず、殺した人の特徴を捉えていた。

 悠平は「肉体と魂が分離しているとわかるんですか」と聞こうとしたが、彼はあえて言わなかった。


 無神経なことを聞く代わりに

「そうです」

 と、答えた。


「じゃ、あの人の動向には気を付けないとね。私がここにいるって知られたらまずいかも。最悪、絵を全部燃やされちゃうかもね。あー、そうなったら殺した人にとりついて……」


 と、咲は言う。

 とんだブラックジョークだ、と悠平は考えたが、口にだすことはやめた。


「冗談はこのへんにして。とにかく私の魂がまだ存在していることがばれるといろいろまずい。悠平くんもあいつには近づかないこと。そのときがくるまでは。幸い、私の能力はあの野郎に知られていない可能性が高い」


「はい」


 咲の言うことは筋が通っていた。悠平が逃げられたのはキリオが咲の能力を知らないからだ。もしキリオに知られてしまえば。

 悠平はこれ以上考えたくもなかった。




 同刻、春月市の市街地。

 キリオはイデアの展開をいきなりやめた。彼は追跡する対象を初めて見失った。

 これまで、情報を得るイデアの中で最も有能だといわれていたキリオのイデア。影か闇さえあれば、どこまででも追跡することができ、どこに隠れようとも必ず見つけ出す。

 使い手であるキリオもその有用性を誇りに思っていた。が、それも万能ではない。


「見失ってしまったか。悠平くんは、異世界にでも行ってしまったのか?」


 その二つ目の弱点。使い手がいる世界の外には出ることができない。これは、ゲートを使って異界に行ってしまった者やイデアによって造られた空間にいる者を見つけることができない、ということを意味している。


 晴天の下で。キリオはため息をつくと春月支部に戻っていった。




 キリオは春月支部に戻る。ロビーにいたのは端末で情報を整理していた彰だけで、ほかの構成員は出払っていた。


「さっきから急いでいたようだったが何かあったのか?」


「特に、何もなかったよ」


 キリオは答える。

 彼はゆっくりと彰に近づき、その頭に触れる。流れ込むまがまがしいもの――呪法。


「おい、何をしたんだ?俺は……」


「大丈夫、大したことはしていないよ」


 と、キリオは言った。

 その一方、彰は何かの違和感を覚えた。これまでの出来事と整合性がとれていないような。だが、何も思い出せない。何か忘れているようだ。

 少し考えても思い出せなかったので彰は気にしないことにした。


 キリオは遺体安置所に向かっていった。

 彼は何をするのか。




 ――何か忘れているようだ。何か重要なことが頭から抜け落ちている。

 今まで何があったのか。


 すべては忘却される。


 杏助の記憶から、「大切なこと」が抜け落ちた。

 そして。杏助は今までの敵意と警戒心が己の被害妄想であったことを結論付けた。



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