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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
34/89

32節 男子高校生は見た

 帆乃花や有田の言葉が引っかかりながらも、悠平は放課後鮮血の夜明団の春月支部に向かった。悠平は、キリオの行動を見て決断しようと考えていた。




 春月支部の空気は明らかに変わっていた。杏助がいた時とはくらべものにならないほど張り詰めており、ロビーにいるのは彰だけだった。


「こんにちは。キリオさん、いらっしゃらないですか?」


 ロビーで悠平は彰に尋ねた。


「彼なら地下の遺体安置所に向かったよ。何をするかは聞いていなかったけど」


「ありがとうございます」


 悠平はそう答えると、階段を降りた。

 ――その先は、遺体安置所。遺体安置所でキリオは何をするのだろうか。



 薄明るい照明で照らされた遺体安置所。いくつも置かれたベッドのうち一つには、堤咲という人物が寝かされている。

 傍らにはキリオがいる。彼はよく研がれた刃物を持っていた。


「君は生きていると都合が悪い。恨みはないけど、ここで死んでくれ。君を利用したがっている人がいるみたいでね」


 咲は意識もなく、キリオの言葉への返事もなかった。


 ――キリオは右手に持った刃物を振り下ろす。

 咲の首はその一瞬で胴から離れた。彼女の首の断面から鮮やかな血が噴き出し、ベッドと床とキリオの服を汚す。

 キリオは無言で、無表情で、咲の生命が失われる様を見ていた。


 そして。

 キリオが咲の首を斬る一部始終を見ていた者がひとり。


「ああ、いたのか。何の意図があったのかはわからないけれど。いや、僕に用事でも……」


 悠平の頭にはキリオの言葉も満足に入ってこなかった。

 その目で初めて目撃する「殺人」という行為。それを行ったのが、自分の信頼していた人物だった。

 殺人はよくない行為だ。キリオの基準ではどうなるのか、悠平の知ったことではないが少なくとも一般人と言って差し支えない悠平の基準ではそうだった。


 ――神様。どうか俺にそいつの殺意が向きませんように。

 悠平は祈ることしかできなかった。奇跡を起こすこともない、残酷で、存在も確認されないような存在に。


 悠平は階段を駆け上がった。

 逃げねば、という半ば脅迫されたような感覚。悠平の体中に冷や汗が滴る。


 やがて悠平はロビーを抜けて春月支部の外に出た。

 後ろからキリオが追ってくる気配は今のところ、ない。が、悠平はキリオの能力の特性ゆえ、彼を警戒していた。キリオに捕捉できない敵はほとんどいないに等しいのだから。




 悠平は血で汚れたキリオを見て、目が合ったその瞬間に逃げ出した。

 キリオは刃物についた血を拭き取ると、イデアを展開する。悠平が、咲の死ぬ瞬間を見てしまったから。悠平に事実を漏らされたくないから。悠平を早急に捕らえたいから。


「絶対に逃がさない。このことも、覚えてはおかせない」


 キリオのイデアは部屋のすみを伝って瞬く間に広がってゆく。それにともなってキリオの脳内に、影が得た情報が飛び込んでくる。

 ――ロビーで戸惑う様子を見せる彰。春月支部を抜け出した悠平。

 キリオは刃物を置いて階段を駆け上がった。


「何かあったのか!?悠平もキリオも……」


「答える暇はない!すまないが後にしてくれ!」


 キリオはロビーにいた彰にそう返した。




 外は明るく、空には雲一つない。快晴だ。しかし、この条件はキリオの能力にとってよいものではなかった。

 まず、昼間であること。光があるだけでキリオのイデアの展開範囲は大幅に狭くなる。そして、曇りではないこと。曇りであれば、精度は低くともキリオのイデアは展開範囲が広がる。だが、今の天気は晴れ。天はキリオに味方しなかった。


 その一方で、地の利はある。キリオのいる場所は何もない砂漠地帯ではない。障害物があるだけ陰が存在し、キリオのイデアの展開が可能となる。


「悠平くんは、この町から出ているはずがない。君の負けだ」


 キリオは再びイデアを展開する。

 側溝の中に。塀の陰に。彼の周囲に存在するあらゆる日陰を伝わせた。


 ――彼は追い付かなければならない。見られてはならない瞬間を見られてしまったのだから。その記憶を消す力があるのだから。




 逃げる悠平。だが、彼の視界にも「あの影」が目に入る。

 悠平を見張る影。キリオの使うイデア。どこであろうとも、日陰さえあればどこまでも追いかける力。有用であるが、敵に回すと厄介。それを体現しているようだった。


 ――逃がさない。君は逃げることなんてできないんだよ。いい加減諦めたらどうだい?


 陰にそって展開されたキリオのイデアから声が聞こえる。いや、悠平の脳内にその声が直接入り込む。


「い……嫌だ!許されるはずがないっ!」


 悠平は逃げながら彼の自宅へ向かっていた。

 確かにキリオのイデアは抜群の追跡性能を持つだろう。だが、その能力から逃れられるかもしれないすべを、悠平は思い出した。

 彼の脳裏に浮かぶ「あの人物」。美術科の先輩であり、彼に作品の一つを託した人物。人が死んだからといってイデアが消えるかどうかは悠平の知ったことではない。だが、悠平は堤咲の魂を信じていた。


 ――1軒の民家が見えてきた。表札に書かれた名前は「鶴田」。

 悠平はその民家に向かってダッシュし、門とドアを開けて民家へ滑り込んだ。


「……気配は……まだ」


 家の中に入った悠平はまだ気を抜かなかった。

 次にすることは、咲の絵を探すこと。


 あった。

 学習机に立てかけていた絵は春月川沿いの風景が描かれていた。

 悠平はその絵に触れた。


「あなたの力が必要なんです!俺、今追われていて!」


 息が上がり、必死に叫ぶ悠平。その声は彼の部屋中に響いていた。だが、絵には何の反応もなく、沈黙が続いていた。

 やはり無駄なのか。


 少しずつ、悠平の部屋の隅に黒いしみが現れる。


「ああ……あきらめるしかないんだな……体と魂がもともと離れていた咲先輩ならもしかしてと思ったけど……」


 現実は残酷だ。

 このままだと、いずれキリオがやってくるだろう。そして悠平はキリオの好きなようにされるだろう。


 ――ほんと、世話がやけるねえ。入ってきなよ。


 その声が悠平の脳内に入った瞬間、彼が絵に触れていた手がズブズブとその中に埋もれはじめた。

 いける。そう確信した悠平は両手を絵の中に突っ込んだ。

 そして。


「ごめんねぇ。()()が死んだみたいでね」


 彼女はそう言った。



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