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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
霊皇神社編
31/89

29節 すべてが素通りする能力

 それは夜空が擬人化されたようだった。

 彼女は何の前触れもなくどこかから現れ、鉄扇で杏哉のスーツを切り裂いた。

 そのときの彼女は怨敵を目の前にしたような形相だった。が、一方で杏哉は彼女の襲来を望んでいたようだった。


 スーツが切り裂かれたことで杏哉の鍛え抜かれた上半身が露になる。


「おっと、これは予想外のお客様だ」


 スーツを切り裂かれながらも余裕を崩さない杏哉。それどころか、彼は笑みを浮かべていた。


「ちっ……お前の臓物をすべてえぐり出してやりたかったけど、まるで手ごたえがないな」


 彼女は手に残った妙な感覚をかみしめて顔を上げた。彼女の一閃は確かに杏哉のスーツを切り裂いて、その肉体にも達していたはずだ。

 彼女は杏哉の妹、杏奈。だが、その瑠璃色の瞳には殺意と敵意が宿っていた。


「へえ。そういう意図だったのか。てっきり、君が俺の肉体を見たいのかと思ったよ」


「その言葉がうっとおしい!何ならその首を落として二度と喋れないようにしたっていいんだぞ、変態野郎」


 杏哉に対してありったけの殺意をぶつける杏奈。だが、その殺意も杏哉は壁をすり抜けるように躱していた。


 その一方、杏奈が乱入したときの勢いで突き飛ばされたキリオは2人の様子を見守るしかできなかった。

 片やキリオから見れば相性が悪い上に、弄ばれてすらいた杏哉。

 片や「星空の戦姫」と呼ばれる、キリオより明らかに格上の使い手杏奈。

 2人にかなうはずもない、とキリオは戦うことをあきらめかけていた。


「怖いなあ。君にその気があっても俺を倒すってことはできないと思うんだけど」


「は?」


 杏奈は杏哉に聞き返した。


「別に君が弱いとは言っていない。呪法や物理攻撃では貫通できないってことだよ……それで、お2人。まだ続けるかい?」


 杏哉の放つ殺気が強くなった。

 皮膚を直接撫でるように。柔肌に刃を突き立てるように。


「杏奈!つづけるぞ。奴を生かすことはデメリットしかない!」


 杏奈の後ろでキリオが叫んだ。彼はいつの間にか着物の袖を引き裂いて、痛々しく皮と肉を削がれた左腕に巻き付けていた。その手負いのキリオにも戦う理由はあった。


「キリオさんも同じことを言った。わかるな、杏哉」


「確かに聞いていたよ。やりづらくなったが……最高だ。こうやって俺に最高のプレッシャーが降りかかるって……滾るな♡」


 杏奈と杏哉が同時に一撃を繰り出す。

 鉄扇と刀が甲高い音を立ててぶつかり合った。


「黙れ!何をしたいか分からんがあんたは危険な人であることに変わりない!」


 このとき、杏哉には隙があった。杏奈が彼の体を切り裂かんとしているとき、彼は背後に何の注意も払っていなかった。


 杏奈の後ろでキリオが立ち上がる。彼はすっと姿を消した。


 ――キリオが姿を消したと同時に杏奈は杏哉に向かって蹴りを放った。が、杏奈は足に何の手ごたえも感じなかった。

 目ではとらえても、感覚はない。猛スピードとその残像でもなない。その力は――


「だから無駄なことはやめないか?俺は……」


 涼しい顔をした杏哉は言った。


「黙れ。そんなことより……」


 杏哉の背後から迫る影。

 悪霊か。亡霊か。違う。それは杏哉もよく知る、力。


「後ろくらい、ちゃんと見なよ」

「この呪いによって、骨まで朽ち果てろ」


 声とともにその一撃が入った。

 キリオの手刀から、おぞましい呪法が杏哉の体内に流し込まれる。


 だが、キリオが手を離した直後、杏哉は彼の方を向いた。


「残念だったね。俺じゃなかったら、俺が能力を使っていなかったら本当に今ので死んでいたよ」


 杏哉はそう言ってキリオを蹴り飛ばした。


「本来なら戦闘中にべらべらと喋るのはどうかと思うが、俺はそれをしたところで何のデメリットもない。

 それでね、キリオ。君の手刀も呪法も俺の体を素通りしただけだよ」


 どうりで杏哉は傷を負わないわけだ、とキリオは考えた。

 杏哉の能力を解除させない限り、彼は倒せない。首や心臓を狙おうとも、生命力を削ろうとも、その攻撃は素通りするだけで杏哉の体には届かない。

 手詰まりだった。


「だから私の攻撃も通じなかったわけだ」


 杏奈は言った。


「そういうこと。先代や杏助くらいしか俺に攻撃を当てられる人はいないということ。俺がイデアを展開している間はね」


 杏哉自らの口から受けた宣告。頭ではわかっていても、どうしても彼がイデアを展開しないときを狙って攻撃を当ててみたいと杏奈は考えていた。


「わかっているよ。君が考えているのはこうだ。俺がイデアの展開をしていられなくなるまでの持久戦を挑もうと。それはできないよ」


 と、杏哉は言った。


「俺のイデアの継続時間はざっと5日。派手な能力ではない分、長く展開できるというわけだ」


 時間稼ぎも意味はない。

 だが、杏奈は本来杏哉と戦いに来たのではない。


「持久戦も無理か……正直お手上げだな。けど、私の目的はそうじゃない。杏助の居場所を知らない?」


「知ってるよ。ここでは教えられないけどね」


 杏哉は言った。

 ここでは、という言葉が杏奈の中で引っかかり、彼への疑いを強めた。


「お前は杏助に何をしようとしている……?」


「別に、何も。ただ、彼を狙う人から守っているだけだ。君がキリオの味方であるというのなら、君も排除する対象になるよ」


 杏奈の顔がこわばった。


 時を同じくして、キリオも立ち上がる。


「杏奈!ここは一度引く。杏助の居場所はすでに掴んだので、彼を取り逃そうとも何も問題はないよ」


 キリオは言った。


「そうだね。あんたのケガも軽傷じゃない」


 杏奈は一度キリオの方へ向き直り、顔だけを杏哉に向けた。


「ここはお前を信じてやる。が、もし杏助に何かあればまずはお前を殺す。私もその手段を考えるとするよ」



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