27節 正義は時として
鮮血の夜明団春月支部に魔物ハンターたちが帰還した。
都心部へ赴いていた晴翔とローレン、ケテルハイムのゲートの調査をした悠平と彰と杏奈、霊皇神社へ向かったキリオとシオン。だが、この中に杏助の姿はなかった。キリオを除き、誰一人としてその事情を知らない。
「助かったよ。3か所のゲート、特に春月市都心部と霊皇神社の詳細を我々は知ることができた。それだけでも大きな収穫だと思う。それと、霊皇神社は――」
「キリオさん。杏助はどこに行ったんですか?あなただけが帰ってくるのもおかしいと思いますよ」
報告するキリオの言葉を遮り、杏助の姿がないことに気づいた悠平は言った。彼の周りにいた者たちは一斉に悠平の方を見た。
「報告の途中だ。それは後で聞いてもいいだろう」
と、悠平を諫める彰。
「それはいいよ、彰。すまないね……。僕の力不足でね、彼は行方不明になってしまった。本当に申し訳ないと思っている……責めるならぜひ僕を責めてくれ」
キリオは答えた。
この中で誰ひとりとして彼の言葉に疑いを持つ者はいなかった。彼の高潔で残酷な一面をも知らず、ただ彼を信じている者たちの集まりであれば当然なのかもしれない。
霊皇神社でキリオと対峙したシオンでさえ彼に対して疑いを持っていなかった。
「杏助はゲートに落ちたのか?もしそうならば私が連れ戻しに行く」
杏奈は言った。
「頼めるかい?僕は、春月市を探してみるよ。晴翔と悠平はもう一度あの学校のゲートを見てきてくれ」
と言うと、キリオは春月支部を出た。
彼の様子はどこかおかしい。彼は何かを隠している。春月支部にいる7人の魔物ハンターの中で、悠平だけが疑いを抱いていた。
「悠平くん……何かあったのか?」
「いえ、なんでも。ただ、杏助が戻ってきたら話したいことがあるだけです」
悠平は杏奈に対してもキリオへの疑いのことを言えなかった。
この春月支部でも、鮮血の夜明団全体でも信頼されているキリオへの疑いを口にすることなど、悠平にはできない。それはキリオを貶めるようなことになってしまうから。
霊皇神社近くの空き家。壁をすり抜けて2人の男がその中へ入っていった。2人――杏助と杏哉は、何かから逃げているようでもあった。
「ふう、助かった。君も危なかったねえ」
杏哉が言った。
「な……なんで助けたんですか。俺は……」
「下手に喋ることはないよ、杏助。俺は君のお兄ちゃんだよ。助けるのは当然。それと、君がダルマにされるのは気分が悪い。君、キリオの裏切りに遭ったんだろう?」
杏哉はすべて見ていたかのようだった。彼の言うとおり、杏助はキリオの裏切りに巻き込まれた。
「俺はね、キリオと仲良くしていたつもりだった。けどねえ、あいつは案外すぐに人を裏切るようなところがある。それを自分の正義だと言うからバカげているよねえ?キリオも俺を偽悪者だの危険な奴だの言っているけど、本当に危険なのはあいつだ。春月市のためなら平気で人を犠牲にするんだよ」
「恐ろしい人ですね……あ、でも俺もその犠牲になりかけたし……」
杏助は何が何なのかわからなくなってきた。信じていた人望もある人物に裏切られ、杏助が最も信用できない人物に助けられ。彼の中の価値観は少しずつ揺らいでいた。もはや杏助は何が正しいのかわからなくなっていた。
「厄介だね。あと、あいつの使う呪法。海馬に呪法のエネルギーを流し込んで記憶を消す力もある。きっと鮮血の夜明団の連中はあいつの手中だろうね。君はしばらくあっちに近づかない方がいい」
と杏哉は言いながら部屋の隅を見た。部屋の隅にはしみと言うには大きすぎる影があった。これは何か――
杏哉は即座に抜刀し、部屋の隅に寄ると影に刀を突きさした。
刀に貫かれた影は霧散した。
「芦原キリオ……見ていやがったか」
鬼のような形相で杏哉はつぶやいた。
「あいつの能力は知っているな?呪法ではない方の。影を伸ばして、離れた場所の様子を見る能力。攻撃性能はなくとも面倒な能力だ」
「見ましたよ。アレがあるから、俺は逃げられないんですね」
杏助は身震いした。
呪法も恐ろしいがイデア能力も大概だった。逃げることは最後の手段になりうるが、その能力の前では逃げることさえ無力だ。キリオのイデアに狙われた者に逃げ場はない。
「そうだね。だから俺が守ってやるよって話なんだけど」
と、杏哉は言って刀を鞘におさめた。
「悪い条件じゃないだろう?その勢いであの野郎をぶっ殺すこともできる。俺はあの野郎より強いし、何より相性がいい。味方の存在以外に勝てない要素はないよ」
杏哉の顔は笑っていた。正義感のかけらもないような、まさに悪役と言っていい笑みだ。が、その顔が杏助からすればどこか頼もしく見えた。
杏哉は帯刀していたもう一振りの刀をすっと差しだした。
「受け取りなよ。魔物ハンターだと名乗ればコイツの所持は禁じられることもない。俺からのプレゼントだ」
杏哉の差し出した刀は血のこびりついた深緑色の鞘に納められた打刀だった。
杏助は刀を受け取った。
その瞬間。怨念のようなエネルギーが杏助に伝わった。血と怨念を吸って、呪いと化したような気配。それは妖刀が持つ力、と言っても差し支えはないだろう。
「いいんですか?」
「いいよ。別に俺は白い鬼人みたいに二刀流はしない」
と言うと杏哉は床に座った。
「さて、杏助は鳥亡村伝説を聞きたいか?伝説もなにも、俺たちの故郷で本当にあったことなんだけど」
「俺の故郷で……?それは……」
杏助が聞き返し、杏哉の口角が上がった。




