26節 人か化け物か
まず、余裕を見せたシオンのサーベルは発光していた。これが意味するものを清映は知らず、警戒を怠っていた。
――それはシオンを知る者、特に吸血鬼からは大いに恐れられる太刀だった。
「とりあえず!逆に考えるぜっ!お前が俺を『化け物』というなら、それ相応の暴れ方をしねえとな! 」
シオンは再び清映との距離を詰めた。サーベルが届く範囲内に入り込み、切り裂く。清映は刀でサーベルを防ごうとしたものの、一振りは清映に届いていた。
その刃は血で濡れる。妖刀にはとどまらない程度のイデアを展開した清映は困惑したような顔だった。致命傷とはならないが彼の服は破れ、腹からは赤黒い血が流れ出た。
清映は一度ふらつき、その勢いでシオンとの距離を取る。血が彼の移動した跡に滴った。
「……クッ……ハハハッ!やってくれるな……白い鬼人……」
血で汚れた土の上に立って、彼は顔を上げると奇妙な笑みを浮かべた。その顔はまるで餓えた狼のよう。それに加え、血色の悪さが際立ってさらなる不気味さを醸し出していた。
清映は再び刀にまがまがしいものを集中させると足を踏み込んでシオンに斬りかかる。
――受け止めると逆に危ないものもある。
――この一太刀は危険すぎる。
――彼の太刀は確かに人を殺す。
直感で何か危険なものを感じ取ったシオンは、間一髪で清映の一太刀を避けた。
それによって10メートルほど離れた木の柱につけられた刀傷は、何か呪いでもかけられたようだった。
「これで終わりだと、思うな! 」
追撃だった。
次の太刀にはまがまがしさがこめられることはなかった。それを感じ取ったシオンは太刀を受け止める。
左のサーベルで受け止めて、右のサーベルで斬る。
清映はシオンの攻撃を予知していたかのように避け、隙をついて彼の首を狙った。
茶色の髪と鮮血が宙に舞った。
「避けたか……さては貴様、人殺しをためらっているな? 」
清映は言った。
「そうだな。俺が殺すのは吸血鬼と魔族とキメラだけだ。けど、お前みたいに殺さずに無力化する方法を思いつかねえ敵もいるもんだな」
と、言ったシオン。彼の頬には一筋の傷が入れられ、血が流れていた。
そして彼の言葉。それは『自分が人を殺す気になれば清映の命などない』ということを意味していた。
シオンと相対する清映はギリリ、とくやしさで歯を食いしばった。
手加減されていた。それはすなわちなめられた、ということ。清映の戦う相手は人外の化け物を屠った剣士である。だが、その規格外の相手であろうとも、清映は手加減されることに対して苛立ちを抑えられなかった。
「実力を隠すのが上手い奴め!殺す、殺してやる!貴様の体をばらして、■■様に供物としてささげることにした! 」
清映は叫び、シオンに再び斬りかかる。彼は怒りを覚えているものの、冷静さは失っていない。シオンは清映の太刀を受け止めた。
凄まじい力、まがまがしさ。真正面から受け止めたシオンはやや押され、受け流すしかなかった。そしてシオンは殺さない方法を考え付いた。
清映の太刀を受け流したシオンはイデアを展開した。清映や杏助に比べると微弱なものであるが、それでもシオンの剣と組み合わされば十分に脅威となる。
狙いは右腕。
シオンはまず右のサーベルで清映に斬りかかった。
――シオンの予想通り、その斬撃は防がれる。だが、本命は左。右のサーベルが受け止められた瞬間、左のサーベルは清映の右腕を斬り落とした。
手と着物の切れ端が地面に放り出され、清映の右腕からはボタボタと血が流れ落ちる。清映が握っていた刀は消えた。
「き……貴様……」
「清映。下がれ。儂の後継者がここで死んではならぬ」
腕を押える清映の後ろから別の声が聞こえた。その者は――
まず、特筆すべきは瑠璃色の瞳と白髪交じりの藍色の髪だろう。その特徴はシオンの目の前にいる清映や杏助と共通する。
「誰だ、お前。できれば穏便に済ませるってことはできねえのか? 」
シオンは言った。
「儂は……筑紫光太郎。穏便に済ませることは残念ながらできぬ。神守杏助。あいつを連れて帰らない限り」
「杏助?ああ、どうやらもうここにはいない。俺とそいつが斬りあっている間にどこかに行ったんじゃないか? 」
「なに……」
シオンの言うことは事実だった。光太郎が周辺を見回しても神社の建物があるだけで、別段変わったことはない。そして、異界へのゲートから流れ出る金色の霧が、すぐ近くにゲートが存在しているのを示しているように立ち込めていた。
「清映。杏助はゲートに入ったのか」
「それは私の知ったことではない。が、その可能性は否定できない。もしそうならば杏奈が動くだろう。そのときに確保すればいい」
清映は言った。
「それもそうか。一度引くぞ、清映。そして、白い鬼人よ。この段階で我々を追うな。もしそうすれば、鮮血の夜明団の実力者である貴様の命もない」
光太郎は激しい敵意と威圧感をシオンに向けると踵を返し、清映とともに神社の禁足地と呼ばれる森へ入っていった。
彼らの姿が見えなくなったとき、シオンは詰まっていた息を吐きだした。
「あいつら……人間だけど人間じゃねえ!鉢合わせするだけで頭がおかしくなりそうな連中だ……本当に何者なんだッ! 」
シオンはすべきことを考えた。杏助は消えた。キリオは実質裏切ったようなものだ。
戻らねば。シオンは鳥居のある方へと戻っていった。
「どうしたんだ、シオン会長。えらく青ざめているではありませんか」
嫌味な口調。キリオは参道へ戻ってきたシオンを見るなり言った。
「杏助が消えた。最悪、ゲートに落ちたのかもしれない」
「そっか。杏助のことは大問題だけど……僕のことは忘れてほしいな。今までと同じようにしていればいいから」
キリオは一瞬にしてシオンに詰め寄り、呪法を込めた手でシオンの頭に触れた。
「さようなら、君の記憶。君の海馬に呪法を流し込んでおいた」




