24節 生命を奪う法 (挿絵あり)
キリオと杏助は一言も発することなく霊皇神社へたどり着いた。
霊皇神社は鬱蒼とした木々に覆われ、人の手入れが行き届いている様子などなかった。ただ。2人に圧迫感を与え、立ち入ることを拒んでいるようだった。その紅に塗られた鳥居も、あの世の入口であるかのような違和感を放っていた。
「ここだよ……」
キリオは言った。彼はどこか寂しげな顔だった。彼の考えること、彼がなぜ寂しげな顔だったのか。それはキリオ以外に知る由もない。
そして2人は鳥居をくぐる。
――鳥居はこの世ではない場所の入口であるとは言ったものだ。鳥居をくぐったその先はしんと静まりかえり、金色の霧が漂っていた。この近くに異界へのゲートがあることには間違いない。
全く手入れのなされていない参道を2人は進む。
2つ並べられた狛犬の前でキリオは立ち止まり、杏助の方へ向き直った。
「杏助。大切な話がある」
キリオは言った
「僕が君と2人で霊皇神社の調査をすることになった理由はね、君を連れ去るためだ。人に見られず、君を彼らに引き渡す。僕はそれを事故だと報告して、僕だけが春月支部に戻る。本当に心が痛むけど、やらねばならないんだ。春月市のために。僕の仕事は、どんな手段を使っても春月市を守ることだから」
「嘘だ……キリオさん、嘘だと言ってください!あなたは春月支部のリーダーではないんですか!?見損ないました!俺も春月の住人なのに! 」
杏助の声は震えていた。彼の瑠璃色の目は光を失いかけ、どこか望みを失ったように見える。
「僕は春月支部のリーダーだよ。それに、僕は鮮血の夜明団を裏切ったつもりもない。すべて僕なりの正義を信じていた結果だ。
生まれが春月でない君が犠牲になるのと、春月の人間全員が犠牲になるのだったら。君はどちらを選ぶか?1人や2人の犠牲で済むのなら、それでいいじゃないか! 」
と、キリオは言う。
相対する杏助の頭に2人、という言葉が引っかかった。そう、犠牲になるのは杏助1人ではないのかもしれない。
――次に犠牲になるのは誰だ。晴翔か。悠平か。杏奈か。杏助はこれ以上考えることを拒否した。
キリオの言うことを否定したかった。
「い……嫌だ……俺は犠牲になれるほど高潔な人間じゃない!俺はただ、オカルトが好きで、友達とふざけたいだけの……友達を……」
「友達のために犠牲になれるなら、それでいいことじゃないか。友のために命を捨てることは、尊い事。君は尊いことをするんだよ。何を迷うことがある」
すっ、とキリオは杏助に手を差し伸べた。
だが杏助はそれに応じるつもりなどない。この穏やかな顔をした鬼を退けねば、と身構えるのだった。杏助はキリオの手を見つめながら少しずつイデアを展開した。
「いくらキリオさんとはいえ、命を狙われたら抵抗しますよ。特別な理由でもない限り! 」
杏助のイデアは新緑のような緑色に輝き、彼の精神を体現しているようだった。
一方のキリオはしびれを切らし、イデアとは異なる謎の気配を発し始めた。
「僕の能力はね、君以外の全員が知っている。ひとまずはこちらから行こうか……延びろ、僕の影」
キリオの影から人型の何かが現れた。謎の気配ではない。これは、キリオのイデアだった。
「これで君は逃げられない。たとえ逃げても、僕がどこまでも追いかけて君を捕まえる」
その言葉に呼応するように影は増幅され、神社に存在するあらゆる影を取り込んだ。そう、杏助は閉じ込められた。
逃げることのできない杏助は覚悟したのか木刀を手に取り、キリオに向けた。
「すみません……すみません!でも俺は生きていたい!せっかく姉ちゃんにも会えたのに! 」
「それは残念だ。できるだけ傷つけないように、君を押さえ込むよ」
先に動いたのはキリオだった。
まがまがしさを杏助に向けて手刀を首に叩き込もうとする。一方の杏助もそれに反応し、避けた。
キリオは細身であるが、その手刀は彼の力以上に危険なものがあった。生命が本能から忌避する力。呪い。
キリオが踏んだ草が枯れた。
カマキリの卵が死んだ。
冬眠中のカエルが死んだ。
キリオが触れたものは等しく生命力を失い、死滅する。
杏助は彼の理解を超えた力を木刀だけでなんとか防ぐ。触れてはならない、触れてはならない、と。
だが。キリオは足にその力を集中させ、杏助の足を狙った。動きの無駄が一切ない蹴り。強い力ではないが、死を引き寄せる蹴り。
杏助は反射的に左足が動き、後ろに飛びのいた。キリオの足は空を切る。
「逃がさないよ……! 」
キリオは一度よろめくも体勢を立て直す。
一方の杏助がとった行動は――逃亡だった。イデアで肉体を強化し、彼は全速力で走った。近づくことなく戦うために。
杏助は何度も後ろを振り返りながらどこか隠れる場所を探した。キリオをやり過ごすのではなく、彼がもう一つの武器を使うために。
後ろを振り返るたびにキリオの姿は小さくなった。――振り切れる。
そして、杏助はキリオを振り切って本殿の裏の低木の影に身を潜めた。
「はあ……はあ……キリオさん……」
息が上がった状態で、走ってきた方向を見ながら杏助はつぶやいた。元の方向に、未だキリオは現れなかった。だが、杏助は彼が自分を追ってくると考えてベルトに下げていたスリングショットを手に取り、彰から渡されていた弾をつがえた。
今はただ、キリオが現れればこの弾でキリオを狙い撃つ。彰に渡された弾は麻痺毒が仕込まれた特殊な弾だ。命に危険を与えることこそないものの、成人男性を行動不能にするためには十分な威力がある。
それでもキリオは一向に現れなかった。代わりに、2人分の足音が近づいてくる。
2人の正体は――
「芦原キリオの言うとおり、ここにいたか。神守杏助……生贄となる者よ」
「慌てることはない。貴様は我らに抵抗もできんだろう」
この声とともに、2人の男が現れた。片や50代くらいであろう、白髪交じりの藍色の髪を持つ身長185センチほどの男。片や30代程度に見える目にかかる藍色の前髪を真ん中で分けた男。2人の瞳はいずれも瑠璃色だった。杏奈や杏助、そして杏哉のように。
戦闘シーンですが連投はやめておきます。3話同時投稿なんて暴挙をしたら作者が死にそうです()。




