22節 襲撃者の突き立てる冷徹な刃
ローレンの見ている前で晴翔は太一に倒された。ローレンはまだ体に痺れが残る中立ち上がり、晴翔のそばに寄ると彼の首と胸部に触れた。
脈はある。呼吸もある。意識はない。
「はあ……あんたが無理やり立ち向かうからさあ。何かあれば逃げろって言われただろうがあああ……!」
ローレンの目が潤む。彼女の目の前に倒れた晴翔を見て、彼女の中にはやりきれない思いがつのる。
「ちくしょおおおお! ふざけんなよあの野郎!」
空気を切り裂くような声。それは怒りか悔しさか悲しみかもわからない。しかし、その声は地下道に響く。
そんな中、晴翔の体がぴくりと動く。
「……ローレン……さん……」
晴翔の耳にローレンが叫ぶ声が入ってきた。飄々とした様子だったローレンとはうってかわり、感情を露にしている。完全に晴翔の予想外の出来事だった。
ローレンは息を吐くと振り返り。
「やっべ、聞いてた? すごい取り乱しちゃったけど」
「えっ、少し……」
一瞬にして態度が変わったローレンを目の前にして、晴翔は困惑する。
「ん、大丈夫だよ。それにしても戸惑う君も可愛いね」
と、ローレン。
「かわ……コホン。あいつは戻ってくるのか?」
「そうだなあ。この声に気づいていれば戻ってくるかもね。今度奇襲するのはこちらだよ……あの野郎、どんな顔するかなあ」
そう言うとローレンはジャックナイフの柄を握りしめた。
「私がああしたのは、動揺していたからというのもあるけどちょっとした作戦でもある。じゃなきゃあそこまで声は出さないよ。あの野郎、私らがしばらく起きないとでも考えていたのかな?」
ローレンは動揺していたとはいえ、あくまで意図して叫び声を上げたたようだった。彼女はどこまでも策士だ。晴翔はローレンの機転に尊敬の念を抱くしかなかったのだ。
ビリビリと地下道に響く女の叫び声。これはローレンの声だ。
地下道を歩く太一はその足を止めた。
「やれやれ、俺としたことが仕留め損ねたか。しかし……なんだ、この感覚は。体が重いな」
太一はこのとき、自分の体に起きている不調を自覚した。体がだるい。肩に、背中に鈍い痛みを感じる。まるで、心霊スポットで霊にとりつかれたような感覚だった。
しかし太一はそれに覚えがないと、痛みを押し切って再び歩き始める。ローレンと晴翔を、一度倒したその場所に向かって。
――いた。
だが、そこにいたのはローレンではなく、確実に倒したはずの晴翔だった。
「なぜおまえが生きている!? 俺はお前の心臓を止めたはずだ……普通ならあの電撃をくらって無事でいられるはずがない!」
晴翔の姿を見て太一は言う。その顔は明らかに動揺している。
「普通はそうなのか。ってことは、俺の呪法がちょっとは効いたみたいだな……」
太一の顔が一瞬だけこわばった。
呪法。それはレムリア大陸に存在する魔法とは似ていながらも「東レムリア独自の土着信仰」の作用を受ける、全く異なるメカニズムで発動するものだった。そして、呪法は人の生命力を削る。まさに呪いである。
「お前の言うことはハッタリか!? 答えろ、ガキ!」
「それはお前が動いてみればわかる。動けるか? 今まで通りに動けるか?」
晴翔はそう言いながら少しずつあとずさりしていた。彼の目の前で太一はイデアを展開する。コンセントの形状をしたイデアが彼の体に巻き付き、彼は電気を纏う。
「やってやるぞ……少し体が動かなかった程度で! 戦い慣れないガキを葬ることくらい……」
「馬鹿野郎っ! 相手は、私だぜ!」
物陰から飛び出すローレン。
彼女に対する太一の反応は遅くなかった。太一は即座にもう一本隠し持っていたナイフを取るとローレンのジャックナイフを受け止めた。
「……攻撃が重いだと……?」
一度ローレンを倒したときとは違う。彼女は確実に太一の攻撃を見切って、それに対応していた。ローレンが強くなったのか。――違う。太一は呪法によって生命力や身体能力の一部が削られていた。
ローレンは太一のナイフをはじくと、今度は彼の腹部を狙った。斬撃。太一の防御がわずかに遅れ、出血。
「ぐあっ!?」
太一の悲鳴。彼が悲鳴を上げた理由は痛みだけにあらず。その理由はローレンの能力にあった。1度目の戦闘でローレンが太一のナイフを使い物にならなくした能力だ。
「熱いだろう? 私の能力は、熱だ。物体に高熱を持たせる能力」
ローレンは太一がのけぞる瞬間に言った。
「馬鹿め……それくらいの能力だということは予想がついた。あの瞬間にな。そして、お前たちは俺の能力の応用をまだ知らない……」
太一の言葉が本当なのか。だが、ローレンには悪い予感があった。この男が本気を出せば、こちらの命はない。
太一は再び立ち上がり、動いた。彼のイデアとそれを覆う電気は密度を増した。
――電気だ。太一は電気を筋肉にかけて常識外れの速さを見せた。呪法すら無視するそのイデアは、再び彼を有利にする。
ガギン、と刃物同士がぶつかる音が響く。太一のナイフをローレンのジャックナイフがガードした。
だが。太一は次の一撃を繰り出す。ローレンは――
「ローレンさん、俺を見るな!!! 念のために!!!」
晴翔はイデアを展開。ローレンが太一に向かい合った状態のまま、その「眼」は太一を睨んだ。
「幻魔邪睨!!!」
「死ね、魔物ハンター!」
2人の声が交差する。ローレンの反応より早く、太一は動いた。だが。その太一の目は、確かに晴翔のイデアを直視した。
――太一は、目から石になっていった。体の動きが完全に止められ、石となった範囲が全身に広がる。ゴルゴーンに睨まれた者のように。
太一の刃はローレンの首に刺さる寸前で止められたのだ。
「勝った……この人、強すぎる……」
ローレンの後ろで晴翔は言った。
彼の言う通り、太一は強すぎた。呪法で生命力を削ろうと、疲労の色を見せながらも謎の力で常識外れの力を見せてきた。
「だよねえ。ここまで隠し玉を持っているとは思わなかったぜ。こいつが何のために私たちを襲ったのか気になるけど、聞いてみたい?」
「いや、今度こそ殺されそうだから……とにかく異界への穴を……」
晴翔とローレンは人のいなくなった地下道をただひたすら進んだ。
そして、地下道の噴水のある広場に、目当てのものがあった。
それは半分が水に漬かっていた。内部から黒いものが手のようにうねうねと伸びて、取り込むものを探しているようにも見える。だが、一番の特徴はその内部から流れる金色の霧だった。
「やっぱりここだったか。こんな大都会にゲートが出現するなんてちょっとした被害で済むことじゃないぜ」
ゲートを目にしたローレンは言った。
「俺も同じこと考えました。行方不明者どころじゃない、死人だって出る……」
「そうだね。この中に飛び込む馬鹿が何人いたのか気になるところだけどね」
と、言ったローレンは折り畳み式の端末をポケットから出した。
「彰?私だよ。こちらは春月の地下街の……噴水があるところ。役所の地下にゲートを見つけた。そちらは……」
ローレンは彰からの返事を聞いたのか、どこか険しい表情になった。
――状況は生易しくない。
連投にお付き合いくださり、ありがとうございました。個人的にローレンって結構気に入っている人物なんですよね。




