21節 襲撃者の振るう冷徹な刃
連投だ!!!(こんなテンションで大丈夫なのか)
摩天楼が立ち並び、人々が行き交う大都会。同じ春月市と呼ばれるエリアでも、鮮血の夜明団春月支部の置かれる住宅街とは雰囲気が違っていた。これがレムリア大陸5大都市と呼ばれる春月市の外部からよく知られた姿だ。
晴翔とローレンは春月市の都心部に到着した。
春月市のような大都会を見慣れないローレンはどこか圧倒されているようだったが、ここに来た目的は忘れていない。
「キリオと杏奈が観測した異界へのゲートを特定せよ、だったよね」
ローレンが言った。
「そうです。杏奈さんいわく俺は土地勘がありそうだからって選ばれたけど……」
「ふうん。それでも石化能力は凄いと思うぜ。そろそろ観測された範囲内に入ってきたね」
ローレンはゴクリと唾を飲んだ。
晴翔はそれが観測された範囲内に入ってきたからだと考えていた。
だが。「そいつ」は突然やってくる。晴翔とローレンが地下道に入ったとき。ローレンは自分たちに向けられた殺意に気づいた。
「ローレンさ……」
「来る!!! 道の真ん中に避けな! その可愛い顔を傷つけられたくないのなら!」
ローレンが叫ぶのとほぼ同時だった。「そいつ」は人間を超越した速度でローレンと晴翔を狙って突っ込んできた。
晴翔はかろうじてその攻撃を躱し、ローレンはジャックナイフを抜いて攻撃をはじいた。彼女の手に、ほんの少しの静電気が残る。
「一般人にしては動きがいい。あんた、只者じゃないな?」
ローレンは言った。だが、襲撃者は答えない。
声を発しないことで襲撃者は身を隠したつもりだったが、ローレンには見切られていた。その顔、動き、そして武器。
彼女は襲撃者と晴翔の接触だけは避けねば、と直感した。晴翔はきっと襲撃者を捉えられず、その動きについていくこともできない。
「ローレンさん! 襲撃者は……」
「逃げろ! 晴翔! あんたとは相性が悪すぎる!水中で銃を撃つくらい無茶なことだから早く地上に逃げろ!」
ローレンは叫んだ。
次の一撃が来る。彼女はジャックナイフにイデアを纏って応戦。
晴翔を狙った2撃目をはじいた。
ローレンの攻撃によって襲撃者は得物を手放し、持っていたナイフはキン、と音を立てて地面に落ちる。
だが、襲撃者は姿を現さない。
「何回も言わせないで、晴翔。さっさと逃げな! じゃないと、私が本気で戦えないだろ!?
それに、ここの通行人! 私は魔物ハンター!す ぐにここは戦場になるから、さっさとビルの中なり地上なりに逃げな! 死にたくなければね!」
彼女の言葉はそれほどの影響力を持たず、通行人が避難する様子はない。
だが。この地下道の照明が一瞬にしてすべて消えた。これが混乱の始まりだった。
目にもとまらぬ速さで襲撃者は人込みを駆け抜ける。ローレンを挑発するために、挑発というには残酷すぎる手段で通行人を殺害していく。
通行人が無秩序に逃げ惑う中、ローレンは襲撃者を探していた。
「嘘だろ……悪ふざけにしては度が過ぎるぜ……。真剣にそいつを討ち取ることを考えないとな……」
この一瞬。ローレンはそいつの姿を捉えた。
そいつは――コンセントの形状をしたイデアと電気をその身に纏っていた。そいつがローレンに近づいた瞬間、ローレンはそいつの上着に斬撃を加えた。そいつの上着は燃え上がる。
「畜生っ!ついにやられちまったのか!想定内だがな……!」
姿を現した襲撃者は体を覆っていた電気を解いた。
ローレンすら知らないその男は年齢こそ30代後半であるが、若々しさを保っていた。容姿も比較的優れている方だ。
「よう、魔物ハンターの姉ちゃん。俺は高宮太一。お前の言葉に影響力がないせいですでに18人死んだぞ。それについてはどう思うか?」
太一はどこかローレンを馬鹿にしたような口調で言った。
「ちなみに、18人殺した理由は特にない。強いて言えば、俺をお前に認識させるためか?」
「ちょっと黙りな、オッサン。今、私がどんな顔してるのか見えるだろう? なあ?」
太一から見て、ローレンの顔はどこか笑っているように見えた。それはもはや人間の顔ではなく、何かの化け物のような。太一はローレンの奥底に潜む何かを呼び覚ましてしまったらしい。
ローレンは太一に詰め寄り、ジャックナイフを振りあげた。
「お前の血液を! 一滴残らず沸騰させてやるぜ!!!」
ジャックナイフにはローレンの発する濃密なイデアが込められていた。
「公認の魔物ハンター風情が俺にたてつくなんぞ、100年早い!」
お互いに超近距離での戦闘を得意とする者同士。2人の得物がぶつかり合い、火花が散る。
太一の持つナイフが溶け、太一はナイフを落とす。その一方でローレンは地面にたたきつけられた。
地面に倒れこんだローレンの体はピクピクと震えていた。
「ふむ、威勢がよかったのは最初だけか。俺の攻撃は、得物と得物がぶつかるだけで通用する。攻撃範囲の差だったな」
太一は言った。目の前にいる男高宮太一に対して攻撃もできないローレンはもどかしさを感じていた。
「ふ……ここで俺たちが終わると思っていたのか? 魔物ハンターは1人じゃない。この俺が! 魔眼の狩村晴翔がお相手するぞ!」
馬鹿……と、ローレンは言いかけたが。彼女は声を出すこともできなかった。
「ガキか。この女よりは楽しませてくれるか?」
太一は言う。
「どうだろうな。とっとと終わらせるぜ! 幻魔邪睨!」
「何か分からんが隙だらけだ。やっぱり戦い慣れていないな、このガキ!」
晴翔の展開した眼のイデアを見ることなく、太一は晴翔に迫ってきた。
このとき。晴翔は本気で命の危機を覚えていた。杏助が鍛錬を積んでいる傍らで、晴翔はある戦闘技術を習得した。だが、それでも太一には敵わないと晴翔は悟ってしまった。
――俺は、負ける。
晴翔は涙目になりかけていた。初陣がこのような相手だったことを、彼は呪うしかなかった。
「うわああああああ! 誰か……すみませんでした! すみませんでした! だから、命だけは助けてええええええ!」
無様な叫びだった。
太一は晴翔の叫びが聞こえないかのような非情さで、左拳を晴翔の胸に打ち込んだ。
晴翔はピクリと体を震わせて倒れた。
「命乞いに耳を貸すような奴に非公認魔物ハンターが務まるわけがねえだろうが……ひとまずアイツに連絡しないとな」
太一はごった返す階段から離れ、ポケットから端末を出した。
「……か?俺だ。2人の魔物ハンターを処分した。戦い慣れていないガキと、能力の特性をよく理解してねえ女だったから今回は楽勝だった」
『よーしよーし。じゃあ次はマジであのゲートがあるか確かめてくれ。もしあったら神主さんを呼ぶからさ』
「承った」
太一は電話を切り、その先へ進む。
その後ろで、彼が倒したと思っていた女は上体を起こす。




