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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
怪奇を追う霊感少年
2/89

2節 男子高校生、魔女に会う (挿絵あり)

ヒロインが登場します。

 秋吉杏助17歳。高校2年生。オカルトと都市伝説が大好きで幽霊が見える以外はごく普通の高校生だった。一昨日までは。


 イデアという能力を得た杏助は鮮血の夜明団という組織に接触することとなり、ごく普通の日常に身を置くことはもはや不可能となっていた。が、彼は昨日から嬉しそうな顔をしていた。

 同じく狩村晴翔も。

 2人は魔物ハンターを名乗る2人の男女と知り合い、自分自身に目覚めた能力を知った。杏助は呪いやかけられた能力を解く能力に、晴翔は第三の目を直視した生物を石化させる能力に目覚めていたのだ。


 夕暮れ時も近い時間、2人はある場所へ向かっていた。2人の通う高校の中にあるが、生徒がほとんど訪れない場所。旧美術室だ。

 ただでさえ建て替え前から存在する古い建物であり、蔦が絡まっているだけでも廃墟のような不気味さがある。それが夕暮れ時となると、幽霊でも出るのではないかというくらいの雰囲気となる。だから怖がりな生徒は夕暮れ時、居残りとなっても旧美術室には近づかない。


「夕暮れ時の旧美術室の描きかけの絵画は人の魂を喰らう、だっけ? 」


 晴翔は言った。


「そうそう。1年のときからずっと気になっていたんだよ。でもさ、俺旧美術室に行くことなんてほとんどなかったからあの油絵みたことねえんだよ」


「言われてみれば俺もないな。けど、実は闇に導かれし絵画かもしれないぜ」


 晴翔は杏助と話しながら「くくく」と笑っていた。


 やがて2人は旧美術室にたどり着く。

 秋の夕暮れ時の美術室はまるでお化け屋敷のようだった。ホラー映画やゲームに出てきてもおかしくない、「いかにも」といった雰囲気だ。しかし、その中では週に2回ほどのペースで美術部が活動しており、廃墟というわけではない。ただ廃墟に見えるだけなのだ。


 旧美術室には居残りの生徒も美術部員もいない。杏助は開けられている旧美術室に立ち入った。

 静寂。油絵具とターペンタインと筆洗の臭いが杏助と晴翔の鼻を突く。道具が詰め込まれた棚の横には生徒の作品がいくつか並べられていた。


「噂の絵ってどれだ?それらしいものはどこにもないけど」


 晴翔は言った。


「あー、ないなあ。やっぱり噂のせいで撤去されたとか? 」


 杏助は噂の絵画について憶測を並べていた。

 ――恐怖は時として噂を誇張する。デマ情報は真偽が確認できるものでなければ誰であろうと流すことはできる。噂の絵画は本当に存在するのだろうか?


 がたり。

 すぐ近くで何かが動いた。

 バンバンバンバンバンバン!

 何かを叩く音がすぐ近くから聞こえる。


 木炭の痕跡がわずかに残り、上からターペンタインで溶いた絵具をのせていった油絵だった。その絵は数年前の女子高生が描かれ、彼女の視線はキャンバスの外を向いている。変わっていることといえば、その絵が4年前から放置されていること。そして「彼女」の手がキャンバスの外に伸びてきていることだった。


「うわああああああっ! 」

「ひいいいいいいいっ! 」


 杏助と晴翔は仲良く悲鳴をあげ、抱き合った。


「動いたよな!? 」


「ああ、動いた。手が絵の中から出てきて……」


 恐怖と歓喜。それが2人を支配する感情だった。

 この狭く、きつい臭いのたちこめる旧美術室。イーゼルに立てかけられている絵の「彼女」の視線は杏助と晴翔に向いていた。


「話は通じるのかな」


 杏助は言った。

 依然として「彼女」の視線が逸れることはないが、杏助はあえて「彼女」に近寄ってみることにした。


「彼女」との至近距離。杏助はその正体が幽霊であると仮定し、友好的に接触しようと試みる。幽霊が見えるという特技を生かして。


「どうも秋吉です……はじめまして?一発芸、ラーメンを食べるのが汚いひ……」


 絵から手が伸びてきた。

 手が巨大化し、杏助の体を掴む。

 絵の中に引きずり込む。


 ――旧美術室には静寂が広がり、杏助は絵の中に消えた。


「マジかよ。杏助が消えた? 」


 晴翔は声を上げる。

 だが。再び絵の中から手がのびてきた。今度は晴翔の頬に指が揺れ、晴翔は顔をしかめる。

 ひとしきり触った手は、晴翔を掴んで絵の中に引きずり込んだ。


 旧美術室から2人の男子生徒が消えた。

「異常」な作品の世界へ。




 絵具でまだらに塗られたような世界。あの世ともこの世とも言えぬ異様な世界は絵具とターペンタインとリンシードオイルの臭いで充満していた。

 絵から伸びてきた手によって絵の中へ引きずり込まれた杏助。彼には珍しく明確な恐怖があった。


 この得体のしれない空間は何だ。

 自分は死んだのか。

 好奇心は猫をも殺すというが……


「ン……生きてる? 」


 どこからともなく女の声が聞こえてきた。


「誰だ?おーい、俺何もしませんよ! 」


「出てきても怒らない? 」


「怒りませんよ」


挿絵(By みてみん)


 杏助が答えてしばらくすると、絵具で塗られた壁をすり抜けてひとりの女が現れた。絵具で汚れた制服を身に纏い、眼鏡をかけた女。年齢はだいたい17か18歳くらい。その見た目はお世辞にも美人とはいえなかった。激しいクセのかかった髪は肩より少し長いくらいまで伸びている。

 一言でいえば陰気。これが出て来た彼女の印象だろう。


「これでも? 」


 彼女は言った。確かに彼女の制服は絵具で汚れ、顔がいいというわけでもない。だが、怒られる要素がどこにあろうか。


「俺、別に見た目で怒るような人じゃないんですけど」


「それよりこの空間の説明を聞きたいな。結局どうなんだ? 」


 晴翔の声。

 いつの間にかこの空間にやってきた晴翔は絵具で塗られた壁に寄りかかって言った。


「この空間ねえ。ま、私が作ったって言ったらいいのかな?私が美術部にいた頃に描いてた絵から入れるの」


「え? 」


 晴翔は聞き返した。


「うん、だから絵からこの空間に入れるのね。これができるようになったのって5年前くらいからなんだけど」


 その女は言った。

 杏助の中で5年前という言葉が引っかかる。この春月市では5年前から異世界転移という都市伝説がささやかれるようになり、何人もの住人が失踪している。その場所はいくつか絞られており、杏助と晴翔がイデア能力に目覚めたあのアパートもそのひとつである。

 まさかな、と杏助は考えたが、それはあり得ないことではなかった。

 絵の中の女があのアパートでイデア能力に目覚めていたら?

 人を喰らう絵がイデア能力だとしたら?

 杏助と晴翔はイデア使いだからこの絵の中で生きてられるのだとしたら?


「あー、もう一ついいですか?や、一つじゃないな。名前も聞きたいし、ケテルハイムに出入りしたことがあるかどうかも気になるんですよ。どうなんですか? 」


 杏助は聞いてみることにした。


「ケテルハイムね。そこ、私が住んでいたところ。今どうなってるかわからないけど、5年前に中庭を掃除してから私は変わったみたい。それから私は魔女って言われるようになった。名前は(つつみ)(さき)なんだけど、こっちに来る直前は魔女って呼ばれていたね。フフフ…… 」


 堤咲は陰気な者が浮かべる特有の笑みを浮かべた。



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