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町に怪奇が現れたら  作者: 墨崎游弥
異界へのポータル編
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17節 彼女の暗示する未来

 藍色の髪と瑠璃色の瞳を持つ2人。その片方は目を丸くしていた。


「杏助くん……私に弟なんていないはずだけどね?」


 少し間をおいて杏奈は言った。


「俺も姉なんていないと思っていました。それが、あの廃屋で知ってしまいました。この家系図と文書が俺とねえち……杏奈さんのことを示していたんですよ」


「そうか……変な気分だな。他人である気がしなかった人がまさか弟だなんて。あんたはどうなんだ?」


 杏奈はそう言うと微笑んだ。春月支部では決して見せなかった暖かい顔だ。だが、どこか影はある。


「俺だって変な気分ですよ。でも、あなた1人には絶対に背負わせません。呪いのことだって、俺にも無関係じゃないんです」


 杏助に呪いの存在を告げたのは1人の人間と、1人の半霊と、1人の幽霊だ。

 杏助の口から出た「呪い」という言葉で杏奈はしばらく黙り込む。

 林の中にしばしの間、沈黙が訪れる。が、杏奈はその沈黙を破るように口を開いた。


「だろうな。呪いは、神守という血筋やその出自にかかわりがあるらしい。私の方でも調べているけれど核心には迫ることができない。本当にもどかしいばかりだ

 さて、元の世界に戻ろうか」


 杏奈と杏助が今いる世界がどこにあるのか、それを知るのは杏奈だけだった。異世界転移が自分にしかできないことだと自覚している杏奈はイデアの密度を高めた。この場所とは異なる世界へと戻るために。

 ――そして2人、ではなく多々良も含めた3人は転移する。

 いくつもの並行世界を超えた先。




 春月市、春月川沿いの廃屋。


「ンフフ……戻ってくるだろうと思ったよ。鳥亡の血は惹かれあう」


 そこにいた者は1人の男だった。長く艶やかな藍色の髪を風になびかせ、長身で筋肉質の白いスーツに身を包んだ男――杏哉。彼は異界から戻ってくる者を待っているようだった。


 虚空に星空のようなオーラが広がったかと思えば、その中から3人の男女が現れた。うち2人は杏哉が待ちわびていた者たちだった。


「やあ、待っていたよ。兄弟たち」


 妖しく、人をいともたやすく魅了する低い声。

 この世界へ戻ってきた杏奈はまず警戒心を抱いた。


「何の真似だ?返答次第では私がお前を叩き切る」


 杏奈は革のジャケットの袖に隠し持っていた鉄扇を杏哉につきつけた。


「やってごらんよ。君、相当無理しているだろ。

 症状もあててやる。酸素中毒だ。酸素中毒で本来は動けないはずなのにイデアを体内に展開して無理している。それの状態で俺と戦えば君、確実に死ぬぞ」


 杏哉はイデアを展開することもなく、ただ棒立ちでスーツのポケットに手を入れて言った。

 彼には絶対の自信があるらしい。


「ああ、そうだ杏助。そのボロボロになった杏奈を鮮血の夜明団の支部にでも連れて行ってくれないか?もしそうしなければ、君も杏奈も……××しちゃうよ」


 と、杏哉は言ってペロリとその唇を舐めた。

 杏奈と杏助を襲うのは恐怖。2人の兄を名乗る者がそのようなこともできるというのか、という恐怖だ。


「……わかりましたよ。だから、俺にも姉さんにも絶対に手を出さないでください」


「君が杏奈を連れて帰ってくれたらね」


 杏哉の一言には圧がこもっており、杏助に逆らう事などできなかった。

 仕方なく杏助は杏奈とともにその場を去る。


「さて、2人はこんな邪魔者まで連れて帰ってきちゃったか。まあいいか、使いようはある……」


 杏哉は口角を上げ、倒れたままの多々良に目を移した。首に、喉仏に痣のある多々良はピクピクと動いていた。




 鮮血の夜明団春月支部。

 杏助と杏奈は裏口ではない方の入口から支部に入った。


「遅かったな。何かあったのか?」


 ロビーの椅子に座って待っていた彰は顔を上げて言った。


「あったよ。死ぬほど不愉快なことだ。世界で一番会いたくない人に会ってね」


「あえてこれ以上は聞かないぞ。杏奈がそこまで言うのなら相当なことだろう」


 と、彰は言う。


「そうだね……あ、杏助。報告をたのんでいいか?」


「はい!」


 杏助は返事をすると階段を上って2階へ向かった。

 ロビーにいるのは彰と杏奈だけになる。


「ひとまず、会いたくない人に遭ったとはいえ無事でよかった。その様子だと結構無理しているだろう?イデアをぶっ続けで使った上に転移までしたようにも見えるぞ」


「……フフ、やっぱりあなたには隠せないな。一度私が死にかけたところも見ているからね。でも、大丈夫。私は死なな……」


 杏奈はそう言いかけたときに口を押え、それでも耐えきれずに嘔吐した。杏奈の指の隙間からビチャビチャと吐瀉物が床に落ちる。


「大丈夫か!?イデアの使い過ぎだ、一体何の理由で。転移だけじゃないだろう!?」


「あるイデア使いの酸素にやられてその症状をごまかすために体内に展開していたんだ。その前にも何度か転移に使っている……多分酸素中毒の方は大丈夫だけどね……」


 杏奈のイデア能力は身体能力の強化具合、展開範囲、継続時間などのどれをとっても強力なうえ、異界への転移まで可能だ。しかし、それに全く弱点がないというわけではない。3日間展開し続けていれば体に何らかの症状が生じるうえ、異界への転移まで行えばその時間は大幅に縮まる。


「そうか。とにかくしばらくはイデアを展開するなよ。それに、もっと俺を頼ってくれよ。杏奈は、自分を犠牲にすればいいと考えているんだろう」


 杏奈は彰から本心を見透かされていたようだった。


「ごめんなさい……私はあなたを巻き込みたくなかった。あなたを死なせたくなかったから」


「巻き込みたくないって、何を言っているんだ?俺は巻き込まれようが構わないぞ。むしろ、それで杏奈が死ぬくらいなら俺も一緒に巻き込まれる。俺にも一緒に地獄を見る覚悟はある」


 と言うと、彰は杏奈を抱き寄せた。


「春月での任務が終わったら俺と結婚してくれ」


 彰は杏奈の耳元でささやいた。


「だ……大胆なことを言うね。喜んで受けるよ。私たちが生き残ることができればね……」


 杏奈は言った。

 異界でなくとも。敵が吸血鬼でなくとも、杏奈は自分自身の行く末を見切っているようだった。それと同時に、彼女はどこか物悲しげな表情を浮かべていた。



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