13節 生首屋敷へ
またまたあの人が登場します。一応主人公とあの人は似ているということなのですが二人の関係は……
春月川。玄武山地から流れる川であり、春月市の重要な水源でもある。だが、氾濫の危険性も指摘されている。
そんな春月川の川沿いにはいくつもの住宅が立ち並んでいる。その中にひときわ異質な雰囲気を放つ建物が一つ。
木造の住宅であり、ブロック塀に囲まれているもののそのブロック塀はところどころ破壊されている。また、人が住んでいる様子もなく、庭の草は茂り放題だ。
雰囲気はまさに幽霊屋敷。ここであれば何が出てもおかしくはない。幽霊でも、コソ泥でも、不良でも、殺人鬼でも。
春月川沿いの廃屋前にやってきた杏助はゴクリと唾を飲んだ。いくら好奇心の強い杏助でも人並みに恐怖は抱く。
悍ましい。それが廃屋を一目見た感想だった。
「はあ、本当に大丈夫かなあ?」
杏助はつぶやいた。今、彼は単独で廃屋にやってきている。本当に自分1人でなんとかできるのか、と杏助は不安に思っていた。
だが、杏助は意を決して廃屋に立ち入った。
廃屋は多くのものが埃を被っていた。出入口は壊されており、鍵を持っていなかった杏助でも入ることはできた。それは廃屋に立ち入った人物がいるかもしれないということを暗示していたが。
杏助が靴を履いたまま廃屋に上がると、ギシ、と床がきしむ音がした。人の手が行き届いていなければ簡単に家屋は劣化してしまうのだ。
そうして歩いているうちに、杏助は何かの気配を感じた。人のようで人ではないような。それでいて、何か特殊な力を持っているような。たとえるならば魔女や魔法使い。
杏助はスリングショットを構えて辺りを見回した。
誰もいない。
「誰かいるだろ?俺、もうわかっちゃったんだよねえ。幽霊だったらすっごく面白そうなんだけど……」
杏助は言った。その言葉には何も反応がない。
今度はイデアを展開した状態で。呪いであれば解いてしまえるのかもしれない、と。
杏助はそれを気にしていないふりをして、廊下を進む。廊下を進むほど床や壁の血痕が増えていく。まるで、この廃屋で殺人事件でもあったかのようだ。が、杏助はこの廃屋が「生首屋敷」と呼ばれていることを思い出した。
嫌なことを思い出してしまった、とつぶやきそうになって杏助は廊下を歩いてゆく。奥へ、奥へ。
「何をしているのかい?こんなところに来てしまって……」
どこからか男の声が聞こえて来た。ねっとりとしたその声は色気があり、杏助も無意識のうちにその魅力にとりつかれそうだった。
「何って……ええと……」
突然の問いかけに杏助は戸惑った。
咲からの提案で来たとは口が裂けても言えない。杏助はそれらしい理由を少しだけ考えた。それらしい理由といえば――
「趣味で」
杏助は言った。それと同時にスリングショットを再び構える。声の主が姿を現した瞬間にスリングショットを撃つ、と杏助は決めていた。
「趣味、か。オカルトマニアだったりするのかな?」
声の主は壁の中から出て来た。その瞬間、白い弾が撃たれる。その弾は確かに声の主にヒットした、が、弾は彼をすり抜けたのだ。
その男は血を流さない。顔色一つ変えない。彼は幽霊か?
藍色の美しい髪をなびかせ、どこか杏奈に似ているような顔を杏助に向けた。
「初めまして、杏助くん。会いたかったよ」
彼は言った。
正面で彼の言葉を聞いた杏助は背中をつめたいもので撫でられるような感覚を覚えた。冷たい印象を持っていながらも、彼は美しい。ただでさえ整って色気のある顔に施された化粧が彼の色気を引き立たせている。
「ゆ……幽霊か?」
杏助は震えながら声を漏らした。
こわばった顔で笑いながら。杏助の中では好奇心と恐怖心がせめぎあっていた。そんな中でも彼は杏助の視界からぎりぎり外れない程度のところを壁をすり抜けながら動いていた。
そして。彼は杏助の後ろに立つと杏助の顔にその顔を近づけて言った。
「俺は生きているよ。おっと、君は名前を知らないか。俺は神守杏哉。君のお兄ちゃんだ」
「は?」
あまりの唐突な発言に杏助は聞き返した。
「だから、俺が君のお兄ちゃんだよ。この前ね、妹にも同じことを言ったらひどい反応をされたけど」
と、杏哉は言った。
「待ってください。俺一人っ子です!俺は秋吉杏助っていう人間で、母親と父親と3人で暮らしている一人っ子です!兄弟がいる覚えなんて……」
杏助が言う家族のことはなにも間違いではない。だが、彼にも知らないことはある。彼は家族の真実を知らない。
「君さ、生き別れの兄弟なんてフィクションの存在だと思っているだろう。両親がどうにもできないような事情で兄弟がひきはなされることだってある。双子でさえ引き離されることがある。これは、起こりうる話だ」
杏哉は言った。
その言葉は研がれていないナイフのように、杏助の心を中途半端に突き刺す。
「君は真実を知りたいか?」
続ける杏哉。彼は何かを試しているようだった。
杏助は歯を食いしばった。
「知りたいです」
「いいね。じゃあついておいでよ。君に見せたいものがここにある」
杏哉は廊下を先へと進む。杏助も彼についていく。
ギシギシと床がきしみ、不気味な様子の廃屋に何があるというのだろうか。
廃墟は霊的に危険ですが、それ以上に不審者等もいることがあります。安易に立ち入ることは避けてください。




