12節 半霊とポータルに導かれて
ここから本格的に主人公たちが「呪い」に触れていきます。結構重くなってくるのかも?
「はっ!そこだ!」
木刀を持った杏助と彰。2人はそれぞれイデアを展開し、手合わせをしていた。
杏助は彰の隙を見て切り込む。その一方の彰は逆に杏助の剣筋を見切り、フェイントを入れながら杏助に蹴りを入れた。
蹴りを入れられた瞬間、杏助はイデアの展開を最大にした。だが、杏助は大きくのけぞって背中から転んだ。
「少しは粘れるようになってきたな。技術はちょっと足りない気もするがイデアの密度もパワーも順調に成長しているぞ。なにより、肉体強化が平均以上だということは大きなアドバンテージだ」
と、彰は言った。
このところ、杏助は杏奈に呼ばれてこの鮮血の夜明団春月支部で特訓をしている。はじめはイデアの性質を見るところからだったが、少しずつ戦闘訓練に入っていった。その戦闘訓練であるが、杏助は主に彰と手合わせをしていた。
「はい。あとどれくらい頑張れば廃墟に行けますか?」
杏助は聞き返す。
「それは難しいな。イデアのパワーだけで考えるのならそろそろ行っても大丈夫だ。それにお前は意外と人をだますのが上手い。杏奈と違ってな」
「そうですか……!」
杏助は今自分自身の長所を再確認した。だが、比較対象がキリオや彰、杏奈となるとどうしてもあらが目立ってしまう。そんな杏助に対してキリオと彰は「焦ることはない」と言った。
焦る必要はないと杏助も理解しようとした一方、彼は自分にできることを考えていた。自分が戦闘において何が得意になれるだろうか、と。
(少なくとも能力に目覚める前よりは体がよく動くし、重いものだって持てる。能力を鍛えたらもっと強くなれるのかな)
「何せ危険と言われているあの場所だからな。準備はしていた方がいい。が、ゆっくりしていられるわけでもないんだよなあ」
彰は大きく息を吐いた。
「廃墟の近くで不審火があった。そのうちの1人が言っていた話だが、あの廃墟はさっさと燃やしてしまいたいのだと。だからできるだけ早くしろということだ」
「放火……」
杏助はゴクリと唾を飲んだ。
放火から思い出すことは一つ。あの日、帆乃花が絵の中で使ってきた能力。彼女が能力を使ったときの形相はまさに羅刹。杏助たちにとってトラウマになりそうなものであった。
「ちなみに帆乃花ちゃんはあの事件に無関係だから考えなくていいぞ。もっとも、考えるなと言う方が難しいかもしれないけどね」
彰は杏助の心を読んでいるかのように言った。
「ですね。
俺、いきますよ。放火されてしまったらこちらがきついです」
杏助は言った。
彼が言うのももっともなことだ。だが、杏助の力不足は否めない。これでも咲の本体を見た日よりは実力をつけているのだが。
杏助も自分の実力が彰やキリオ、杏奈には遠く及ばない事を悟っていた。
「いきなり行く気になるなんてな。何か秘策でもあるのか?」
「あるんですよね、それが。俺、木刀で訓練していますけど実はこういうのも使えたりするんですよ」
杏助が上着のポケットから出したものはスリングショットだった。予想外の物に彰は目を丸くする。
「面白そうだな。俺としてもそれを戦闘中に使っているところを見てみたい」
「ありがとうございます。俺、ちょっと楽しみになってきました。本当は乗り気じゃなかったんですけど呪いとか幽霊が出そうなところとか好きなんですよね」
今までに見せたことのない表情を見せる杏助。彼の顔は自信に満ちていた。そのスリングショットで何をするのだろうか。彼はどのようにして少ない経験と力不足を補うのだろうか。彰は杏助がどのように活躍するのか楽しみだった。
同刻、鮮血の夜明団春月支部の3階。
杏奈とキリオがテーブルを囲みながら話をしている。2人の間には春月市の地図が置かれ、そのいくつかの場所には「×」がつけられていた。
「この地図のとおりだよ。バツ印は異界に通じるポータルがある場所だ」
と、キリオは言った。彼の細い指がケテルハイムの場所を指し示す。
「なるほど。案外多いね。ケテルハイム、春月中央学院高校、春月運動公園、そして春月市都心部。今わかっているだけでもそれだけってことか」
杏奈は頭を抱えた。
高校や人の住むマンション、そして都心にポータルが存在することは大問題だ。仮に人が不用意に立ち寄れば大惨事になりかねない。そもそもポータルから時折流れ出す金色のガスはイデアに目覚める作用があるとはいえ、その素養のない者には猛毒だ。
――春月に現れたポータルによって何人の住人が犠牲になるのだろうと、杏奈は考える気すら失せてしまった。
だが。杏奈はまた一つ可能性を思い出す。
――ポータルから流れ出す金色のガスでイデアに目覚める者は少なくないかもしれない。もしそのような者が増えてしまったら?
「それで、君はどう考えるのかい?異界調査の第一人者」
キリオはいつになく挑戦的な目をしていた。
「犠牲者が出る可能性が一つ。これは、今までの失踪者の数を大きく上回るかもしれない。二つ目は――イデアを扱える人間が春月市に大量発生するのではないかということ。堤咲や白水帆乃花みたいに春月中央高校で目覚める者もいれば、都心で目覚める人もいるだろう。多分、悪用する人は出ると思う」
と、杏奈は言った。
「なるほど、そう考えたか。やはり僕よりよく考えているよ」
「おだてはいらない。さっきの続きだけど、他の支部や本部にさらなる支援を要請したい。私の考えが読み違いでなければこちらは圧倒的に不利になる。一人一人の力が強くても数で押されたら私たちもはっきり言ってきつい」
「君の試算はこちらにも控えておく。僕も知り合いに協力を頼もうか?」
キリオは言った。
「知り合いだって?」
「知り合い……そう言ったら早いけど実はそうでもない。もっと親しい人だよ。彼、ちょっと気難しい性格だけど、間違いなく頼りになる」
キリオはそう言うと、杏奈の試算を書いた紙をポケットに入れた。
――異界への扉は××にあり。




