11節 半霊は廃墟へ導く
堤咲さんは幽霊ではないです。が、彼女自身が体に戻りたくないだけです。
咲はすべてお見通しなのだろうか。それとも彼女のしていることはハッタリなのだろうか。
「この絵の外の咲先輩を見ましたよ。鮮血の夜明団の本部の遺体安置所で……」
杏助はその重い口を開いた。
「思ったより早かったか。まだ私があの体に戻ることはできるかな?ま、できても戻るつもりはないんだけどねえ。あ、それでそこの3人はどうするかい?帆乃花はあのザマだし悠平は治療が必要そうだ」
と、咲は話を中断するように言うと晴翔に目を向けた。
今この空間において無傷であるのは杏助と晴翔。その杏助も咲がとった。
「フッ、俺にこの2人を連れてここから出ろということか?まあ、治療を受けさせることは、多分できる。俺が入ってきたところから出たら」
「よーし、じゃあそれでお願い。ここからは杏助と2人で話したくてね」
咲は言った。
彼女が指を鳴らすと、絵具の床が波打って晴翔と悠平と帆乃花を包み込む。波は音もなく3人を飲み込み、彼らの声も漏らさない。まるでブラックホールのようだった。
――波が収まると3人は消えていた。
「誰か知らないが、私が情報を握っていると言ったのかい?正解だよ。とりあえずここまで踏み込んでくるから君を信用して結構重要かもしれない情報を教える」
3人が消えたのを見計らって咲は言う。
「春月市西区の春月川沿いの廃屋。通称生首屋敷に行ってほしい。呪いがかかるだとか、そんな話もあるけど多分何かの能力者がやっているんだと思う。それに、多分君なら呪いだとしてもその影響は受けないんじゃないかな?」
呪い。その言葉を聞いて杏助は息をのむ。だが、その話を切り出した咲は笑っていた。眼鏡の奥の決して澄んではいない瞳を輝かせて。
「人が悪いですね、先輩。どうして俺をそんなヤバイところに行かせるんですか?」
「んー、それは。君が呪いと直接関係のある人物だからかな?まだ確証が持てないんだけど、その眼と髪の色なら間違いないかと思うのさ」
それは衝撃的な言葉だった。
杏助の眼と髪の色の組み合わせは確かに珍しい。彼は今までに同じ眼と髪の色の人物を自分以外に1人しか知らない。それはつい最近春月市にやってきた神守杏奈という女。どこか他人であることを感じさせない彼女もまた青い眼と藍色の髪を持っていた。
「は……俺が呪いと関係ある?何かの間違いじゃないですか?」
杏助は聞き返した。彼の言葉は願望だ。自分が呪いの中にあってほしくないという。だが、彼はわからざるを得なかった。
「間違いかどうかは自分で確かめることだよ。君は、私やあの3人と違う。健闘を祈るよ、救世主くん」
その声とともに、絵具の床が波打ちはじめた。波は少しずつ大きくなり、やがて杏助を飲み込むのだった。
「咲先輩!どういうことなんですか!?俺まだ……」
「とにかく私が言った場所に行けばいい!多分心配いらないって!」
言葉は届かない。杏助は咲の言葉が耳に残ったまま絵の外に出た。
――ここは遺体安置所。ベッドが並べられ、そのうちの一つには生きながらにして魂を肉体と切り離した堤咲という女の体が寝かされている。だが、この空間に人はいなかった。晴翔も悠平も、帆乃花も、彰も、杏奈も。
杏助はひとりだった。
「誰か!俺も戻りましたよ!というか、関係者以外立ち入り禁止ですよね!?」
話せる人物が誰もいない空間で杏助は必死に叫んだ。
すると3分後、杏助が入ってきた方向と反対側から1人の男が歩いてきた。服装や身体的特徴から見るに、杏助が見たことのある人物だった。
「別に君は立ち入り禁止ではないんだけどね。一応関係者だろう」
その男、芦原キリオは言った。
「そうなんですか?」
「一応ね。それで、何か収穫はあったのかい?」
キリオは優しい口調で尋ねた。
「ええと、主に俺がやることなんですけど西区の春月川沿いの廃墟に行けと。これ、嫌がらせですかね?」
「嫌がらせではないかな。多分、君しか行けないと判断したんだろうね。彼女が何を考えているかは僕の知ったことではないけど」
と、キリオは言って目を伏せた。彼も彼の中で何かを考えている。この町にかけられた呪い、因縁。心して動かなければきっと取り返しのつかないことになるだろう。
「杏助くん、とりあえず力をつけないとね。あの廃墟に立ち入るのに丸腰だというのはあまりにも危険すぎるぞ」
「はい……て俺も戦うことになるんですね」
杏助とキリオは遺体安置所を出た。
――春月川沿いにある一軒の廃屋。不気味な気配を放つ廃屋は呪いの噂から誰も近寄ろうとはしなかった。
その廃屋に1人の若い男が出入りしていた。彼の目的は――




