10節 危険人物白水帆乃花 (挿絵あり)
ん、タイトルに危険人物って入っているぞ???
……まあ、タイトルの通りヤバイ人です。でも悪人じゃないのよ。
絵具で塗られた現実世界ではないような空間。2人の女が赤いテーブルを囲んで座っていた。片方は堤咲、もう片方は――
「これはこれは、3人が失礼したねえ。本当に私としても悪意がなくて。残念だったねっていうしかないんだよ」
咲は言った。
「それでも、ですよ!私、できれば男と話したくも目を合わせたくもないんです!」
彼女、白水帆乃花は言った。旧美術室にいたときよりは話が通じるようになっているが、彼女は相変わらずだった。これでも帆乃花は理性を保っている。
「そっか。君が男嫌いなのは分かった。信用できない奴はできないよねえ。香椎って奴みたいにさァ。でもあいつらは私的には大丈夫な人だと思う」
「そうですか?咲先輩は信じられても鶴田くんは……」
帆乃花は口ごもる。それと同時に人の気配に気づく。足音がたたないようなこの空間の床。足音はしないはずなのに帆乃花はその気配に気づいた。自分が最も嫌う人種の気配を。
「咲先輩、誰か呼びました?」
「呼んだよ。あの3人を」
と、咲が言った瞬間帆乃花の顔色が変わった。修羅のような顔を3人の来訪者の方へと向ける。彼女は立ち上がり口を開いた。
「よくも私と咲先輩のティータイムを邪魔してくれたな……」
3人の来訪者、杏助と晴翔と悠平にとってはタイミングが悪かったとしか言いようがない。3人が身構える前に、帆乃花はライターを出して髪の毛に火をつけた。
彼女の周囲に炎が浮かび上がる。怒りに反応して激しく燃えているように。
「さっさと出て行けよ!あァ!?てめぇらの顔なんか道端のゲロより見たくないんだよ!出て行かないのならここで排除してやるッ!!!」
「誤解だ!それに俺たちは白水さんじゃなくて咲先輩に……」
「うるさいッ!!!」
悠平が弁解しようとも帆乃花は聞く耳も持たなかった。
彼女は炎を3人に向けて放った。何もない場所で大きく炎が爆発したかのように燃え上がる。
「どうすんだよ!俺のクラスメイトとはいえ関係は最悪なんだ!明らかに殺意を向けられてるんだ!」
帆乃花の放った炎を左右に避けながら悠平は言った。3人はイデアを扱えるとはいえ、怒り狂った帆乃花に太刀打ちできるとは限らない。
戸惑う3人をよそに帆乃花はまたしても人魂のような炎を放つ。それにはとどまらず、彼女が座っていたパイプ椅子を取って悠平にとびかかった。
「まずはお前からだっ!」
殴られる。
悠平は確信していた。せめて防ぐことができたなら、と悠平はイデアを展開した。鏡のビジョンが現れ、彼の体を覆う。
だが。2秒後。
ガッシャーン!!!
鏡の破片は消えて悠平の顔面にはパイプ椅子がヒットした。悠平は頭が強く揺れたことで倒れ、気を失った。彼の整った顔は、鼻と口から血を流し無惨な状態になっていた。
悠平を気絶させた張本人の帆乃花はゆっくりと顔を杏助たちに向けた。見開いた目、制服や顔に付いた返り血。彼女はまさに羅刹。
「戦わないとやられるよな?」
「……それにしても俺女の子と戦うなんて嫌だからな。ケガさせたくない」
杏助は言った。
かといって帆乃花は話の通じる人ではない。ひとまず杏助はイデアを展開した。薄緑色のオーラはお札を形成しつつある状態で明るく輝いていた。
「俺、何もしないから話を聞いてくれよ。な?」
杏助は帆乃花をなだめるような口調で言った。
「誰が野郎の話を聞くと。てめぇも同じようにしてやるよ!拒否権はない!」
やはり言葉は無意味。帆乃花はパイプ椅子を振りかぶり、杏助の頭にたたきつけた。
杏助の頭に衝撃が走る。だが、イデアを展開していないときに頭を打つときよりは幾分か痛みが少ない。
杏助は『イデアは程度の差こそあれ、使用者の肉体を強化する』という言葉を思い出した。今、杏助は肉体が強化されている。
「ちっ……何て顔してるんだよォ!汚いッ!気持ち悪いッ!その顔を私に向けるなよ!!!」
再び帆乃花はパイプ椅子を振りかぶり、杏助の頭を殴打しようとした。が、杏助はイデアを展開したままパイプ椅子を受け止めた。
「これで、パイプ椅子で顔が見えないだろ?ちょっと落ち着いて俺たちの話を……」
「聞けるか!耳が腐る!見ろ、震えが止まらないだろうが!」
帆乃花は聞く耳を持たず、ただ怒鳴るだけ。彼女の男嫌いは相当のものらしい。
そして、彼女は女とは思えぬ怪力でパイプ椅子を押す。イデアで肉体を強化した杏助でさえ押されるほどだ。彼女は一体何者か。
「ああっ!埒があかねえ!咲先輩、何とかできません!?」
焦りが生じて来た杏助は言った。
「えー。私、帆乃花にひねりつぶされちゃうから下手に手出ししたくないなあ。ちょっと前に帆乃花の怪力は見せつけられたんだよ。その炎を出した時の怪力をね……。彼女、能力はほんとにやばいと思う」
帆乃花の後ろであきらめたような態度を見せる咲。彼女は帆乃花をなんとかしたいと考えながらも手出しをするつもりはないらしい。
そんな中で晴翔が帆乃花の方を見る。
「杏助、もうちょっと粘れよ。そして俺の目を絶対に直視するなよ!」
杏助の後ろで晴翔が言った。
――彼は帆乃花の攻略方法を見つけたらしい。晴翔の後ろに目玉のビジョンが現れる。
「いくぜ!幻魔邪睨!石化しろ!」
帆乃花が気づいたときには遅かった。
その目は人を石にする。目が合ってしまえば逃げようがない。一瞬にして帆乃花は体の自由を奪われ、石となった。
「た……助かった。咲先輩、この人本当に危ないですよ!」
杏助は言った。
「そんなことは言ってもねえ。私には人畜無害な人に見えたけどね。能力こそ恐ろしいけれど。それで、お三方は何をしに来たのかな?」
咲は笑みを浮かべた。




