嘘
「頭痛が酷い時に飲んで下さいね」
看護婦さんから薬の説明を受け、僕は笑顔でそれを受けとる。
外に出てすぐ、会社に連絡し無事に退院できた胸を伝えた。
「はい、まだ本調子では無いので…はい、そんな感じで…はい、2~3日…はい、すいません」
電話の後、振り返り病院を見る。
富士見病院…最近、話題になってた病院だったな。
踵を返し、歩き出す。
近くのコンビニに立ち寄り、電子タバコのヒートスティックとエナジードリンクを買った後、病院から貰った薬をゴミ箱に捨てた。
富士見病院は信用できない。
近くの公園に立ち寄り、ベンチに座り一服しながら考える。
病院で聞いた話だと、バイクで電柱に衝突し意識を失い…近隣住人が病院に連絡、救急車で運ばれた…と、いう内容だった。
バイクは全損、あのヘルメットも手元に無い…バイクについては警察に連絡すれば良いかな?
まず、現場を見に行こう。バイクが全損する事故だったわりにキズ1つついてないスマホであの場所を検索する。
…確かに、電柱にはバイクが衝突したような跡がある。
僕がゾンビと応戦した辺りには血痕は勿論、汚れ1つ無い。
証拠隠滅…そんな言葉が頭を過った瞬間、誰かが僕の肩を叩いた。
反射的に飛び退いた僕を紺色のジャケットを着た若い男がキョトンとした様子で見ている。
「あ、あの…驚かせるつもりはなかったんですが、すいません」
紺ジャケットの男が申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べ「こちらこそ」と適当に答えながら様子を伺う。
僕より少し、歳上か…真ん中分けのツーブロックヘアは清潔感がある印象だ。
背も僕より上、体型は華奢…目は細いが優しそうに見える。
「何か、物凄く警戒されてるようですが…具合が気になって声をかけただけ何です」
頭をかきながら、男は苦笑いを浮かべる。
「具合?」
「えぇ、こないだ、ソコにバイクで突っ込んだ方…ですよね?」
どうやら、彼は僕の事故現場を目撃したらしい。
「ハデに…突っ込んだんですかね、僕」
「え、私が来た時は…既にあなたは倒れてたので、それはわからないです…よ」
明らかに不審に思われてるな…もう少しフレンドリーにしよう。
「いや、まったくと言って良い程に事故の記憶が無くて…これからの運転が不安なもので、どんな感じだったか知りたくて…なんかすいません」
警戒を解かなければ、これ以上は情報を聞き出せない。そう考えての行動だったが、時既に遅しだったようだ。
「じゃあ、私は仕事の途中なので、失礼します」
行ってしまった…彼は嘘をついているようには見えなかったが…もしかしたら、本当にあの出来事は夢だったのだろうか?
日中でも、この住宅街は人気が無い…次はバイクとヘルメットがあるであろう警察署に行ってみよう。
ちょっと頭が痛くなってきた…薬、捨てるべきじゃなかったか?
いや、ここは自分を信じよう。
僕は確かに、ゾンビに襲われた…嘘じゃない。
「嘘じゃない…そう、嘘じゃない」
呟きながら、僕は現場を後にした。