寝袋
誰を?という質問に対しての答えは返ってきていないが、僕もそこまで鈍くは無い。
「マリを助けに行くってことか?無事かどうかも分からないだろ」
「無事だよ。L○NE返ってきてるから」
「タダシ…もしかして、マリの事を?…でも、結婚秒読みの相手もいるんだぞ」
タダシはマリの事が好きだったのか…何とも言えない気分だ。
「あ、誤解しないで。僕はマリさんの事を恋愛対象としては見てないから。でも、兄さんの元カノって以上に大切な友達なんだよ」
お、おぉ…僕の心を読んだような台詞だ。
「それにしたって、友達の為に命賭けの救出作戦なんてバカげてる。あんな目立つホテル、今頃ゾンビたちが群がり初めてるに違いない」
「本当にバカげてるって思ってるの、兄さん?」
タダシの声はどこか悲しげな気がした。
それでも、とにかくタダシに死んで欲しくはない。
「あぁ、やめとけ。お前だってわかるだろ?奴らは映画とかに出てくるゾンビとは訳が違う。ある程度の知性も残ってるんだ」
「だから、見捨てるなんて僕にはできないよ」
命は大切だ。
僕は自分や家族の命が大切だが、タダシは命そのものの尊さを理解しているのだろう。
しかし、いくら聖人君子っぷりを見せたところでそんなものはゾンビの足止めにすらならない。
「行くな。死ぬぞ」
「無理、マリさん見捨てて生き延びたって…後で後悔する。じゃあ、時間も惜しいから切るね」
「っちょっと、ま…」
切りやがった。
昔からそうだが、融通が効かないバカ正義感バカだ、アイツ!
母さんが心配そうにこちらを見ている。
「タダシは?」
「…マリを助けに○△ホテルに行くってさ」
しばしの沈黙…それを破ったのは父さんだった。
「兄弟で同じ女性に惹かれたか」
「…タダシは否定してたけど、僕は…もう、別れてる」
母さんが急に立ち上がり、真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。
「でも、まだ好きなんでしょう?」
「は?そんな訳…」
何を根拠に…そう言い掛けたが、それより早く母さんがあるものを指差した。
見ると、壁にかけてある寝袋だった。
「じゃあ、何で5つあるの?寝袋」
寝袋…買ったのは、別れてからだっけ?
別れる前では無かったような気がする。
確かに、それはマリの為の寝袋だった。
「母さんって、時々鋭いよね」
「時々、余計よ」
ドヤ顔スマイルな母さん…父さんは複雑そうな顔で僕らを見ている。
「行くのか、ワタル?なら、ワシも一緒に」
「父さんは母さんを守って。さっきは遅れをとったけど、1人ならもっと上手くやれたから心配しないで…鍵はしっかりかけておいてね。ダンボールに缶詰あるから、あとカボチャチップスも沢山あるから、お腹空いたら食べて」
装備を整え、僕は隠れ家を後にする。
ついさっき、死にかけたばかりで再び危険な目に合いに行くとは…我ながらバカだな。
「ヒーローになる気はないんだがな」
独り言を呟き、バイクを走らせる。
外は既に明るくなっていた。
長男の背中を見送り、原 達哉は原 智恵子に問う。
「これで良かったのか?ワシは…心配だ」
「覚えてる?小さい頃、風邪ひいた時に二人が私の為に缶詰買いに行った時の事」
「あぁ…初めて、二人を怒鳴りつけたっけ」
「自分の子供だから、親の欲目なのかも知れないけど…二人で力を合わせれば、やり遂げて帰ってくるんじゃないかしら?」
「君は…強いな」
しかし、チエコの手は震えていた。
ようやく、それに気付いたタツヤは、その手をそっと握った。
二人はソファーに並んで座り、静かに我が子の帰りを待つ。