隠家
鉄筋コンクリート住宅、1階建て。
外装は地味な灰色で、ほぼ真四角。
周囲は手入れされていない草木が生い茂っており、人気も無い。
不動産屋の話だと、どこぞの音楽家が練習用の別荘として建てたらしいが随分前から使われていないらしい。
中もシンプルな1DKで、窓は全て木で塞いである。
この隠れ家、素晴らしい事に地下室だけで無く、なんとソーラーパネルがついている。
車とバイクは雑木林に隠し、周囲を警戒しつつ家に入る。
「1階より、地下室の方が安全だと思うから、こっちへ」
地下室へは1階ロビーの中央にある床開閉扉から行ける。
鍵つきなので、そう易々と突破されないだろう。
地下室も1階とほとんど同じ構造になっており、トイレもバスルームもある。
今となっては、月8万なら安いくらいの物件だ。
「テレビは無いけど、電波はあるからスマホは使えるよ」
冷蔵庫からペットボトルに入った水を3本だし、テーブルの上に置く。
「二人とも、突っ立ってないで座りなよ?ソファーは安物だから座り心地は悪いけど」
僕に促され、両親はソファーに座り水を飲む。
「ベッドは無いけど寝袋があるから母さんはソファー、僕と父さんはとりあえず床で寝るしか無いかなぁ」
へこんでしまったヘルメットをさすりながら、話続ける僕を二人は不思議そうな顔で見つめている。
「何?」
「何って…ワタルはこうなることを知っていたのか?そうじゃなきゃ、こんな準備万端な訳がないだろう」
父さんはともかく、母さんはとても心配そうに僕を見ている。
「何年か前に僕、事故で入院したよね?実は…あの時、ゾンビに襲われたんだ」
二人は顔を見合わせ、とりあえず話を聞こうと長年連れ添った阿吽の呼吸で頷き合う。
「だけど、その痕跡は消されてて証明する手段が無かった。父さんたちも僕がゾンビに襲われたなんて騒ぎ出したら、事故のせいで頭おかしくなったんじゃないかって思うだろ?そんな感じで、誰にも言わないで着々とゾンビ対策を進めていたって訳」
水を一口飲み、喋り疲れた喉を潤す。
「…そうこうしているウチにマリちゃんと別れ、もうすぐ三十路…って訳ね」
これまでほとんど無言だった母さんが痛い内容を口にした。
「ちょっ…今、それ言う?」
「ごめんなさい、嫌味で言ったんじゃないのよ。そこまでして、1人で孤独に準備して…私は、急に筋トレしたり仕事終わった後もバイトして…ワタルが何を考えてるか全くわからなかったから、凄く心配してたのよ?」
「今となっては、遅いが…ワシも母さんもワタルから何か理由を言ってくれるのを待っていたんだよ。母さんが少々ご機嫌斜めなのは…ワタル、わかるだろ?まぁ、お前の言う通りゾンビの話をされても信じてあげられたかは分からんが」
何の相談も無く、1人で抱え込んでいた事に対して母さんは御立腹だったようだ。
世の中、子供が親を殺したり、逆に親が子供を殺したりなんて巷じゃ良くあるニュースだが…僕には信じられない。
誰もが羨むような裕福な暮らしをしていた訳じゃないが、心の豊かさはどんな家庭にも引けを取らないと思う。
色々とこれまでの話をしながら、予備のフルフェイスヘルメットを取り出し撥水スプレーを吹きかけた。
「そういえば、タダシから連絡は?」
僕の問いに二人は首を横に振る。
とりあえず、二人を安全(今のところ)な場所に避難させた事をL○NEしておこう。
両親は心配そうだが、僕はそれほど心配していない。
タダシはハッキリ言って僕より遥かに出来る男だ。
例えると、ガンダムとジムくらいの差といったところか。
いや、今ならグフとザクくらいかも知れない。
ともかく、タダシならきっと大丈夫。
両親は共にスマホで情報収集中。
こんな時でも使えるのはありがたい。
いつまで使えるかは、わからないが…
「そろそろ休みましょう」
母さんに言われ、僕らは寝袋で睡眠をとった。
それから数時間後…スマホの着信音が鳴り、目を覚ます。
ようやく、タダシから連絡がきた。
「もしもし、タダシ?」
「兄さん、今どこに?」
「僕が用意した隠れ家に父さん、母さんと一緒だ」
「良かった…町内の避難所は奴らの襲撃を受けて壊滅状態だったから…こんな言い方、不謹慎かも知れないけど本当に…良かった」
タダシは泣きそうな声で言った。
「…僕らもタダシが無事で本当に良かったと思ってるよ。お前はこれからどうするんだ?」
僕の問いかけに、タダシは暫く無言になった。
「…助けに行こうと…思ってる」
「誰を?」
僕の知らないウチに彼女でもできたのかと思ったが…違っていた。
「○△ホテル…兄さんがいかなかった同窓会の会場だよ」