悲鳴
カウンター前の電話が鳴った。
「はい、○△メガネです…はい、はい…それでしたら郵送致しますね」
脚を怪我して、取りにいけないというお客様からの電話だった。
店長にその胸を伝え、帰る準備をする。
「最近、持ち歩いてるのってギター?」
帰り支度をする僕に先輩が話しかけてきた。
「…ベースですよ。最近、友達とバンドでも組もうかなんて話を」
「そうなんだ。引き留めてゴメン、お疲れ様」
顔に「面倒臭いな」という気持ちが出ていたのかも知れない。
僕は全身レザーの黒いライダースーツに着替え、店長と先輩に会釈して店を出た。
ワタルが店を出た後、店長は軽く溜め息をついた。
「昔のハラ君なら、届けにいったんだろうな」
「仕方がないですよ、店長…それで事故ったんですから」
店長は煙草に火をつけ、遠くを見ながら煙を吐く。
「そうだな…でも、私はあの頃の彼が好きだったかな。今でも、しっかり働いてくれているんだが…心がここに無いように見えるんだ」
そんな会話をしている最中、既に閉めたシャッターを叩く音が響いた。
「…もしかして、中村様かな?」
「あぁ…あの、おじいちゃん?老眼鏡を踏んで壊す度に閉店してから来るんだよな」
二人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「大事なお客様の為に、ちょいと残業よいかね?」
「はい、店長。シャッター開けますね」
僕は、まだエンジンをかける前のバイクに乗りながらL○NEのメッセージ見ていた。
「マリちゃん、あのアナウンサーともうすぐ結婚だってよ。こなくて正解だったな」
わざわざ、嫌なニュースをL○NEしてくるコイツは…僕の事が本当は嫌いなのだろうか?
削除してやろうか、リストから。
イラつきながら、エンジンをかけようと鍵をさした瞬間だった。
「ーーーーっ!!」
悲鳴…か?
言葉にならないような悲鳴、それは本当にせっぱ詰まった時のヤツだ。
経験者が語るのだから、間違いない。
胸が高鳴り、ベースケースのファスナーを開けて中へと手を伸ばす。
詳しい事はわからないが、ドーパミンやらアドレナリンやらが出ているような気がした。
声が聞こえたのは、皮肉にもウチの店からだった。
強盗…それとも…
半開きのシャッターからは、店内の光が漏れている。
中から店長たちの話声は聞こえない。
ギターケースから、ゆっくりと武器を出す。
音に反応するヤツもいたからな…映画の話だが。
フルフェイスヘルメットを被り、ミラーシールドを下ろす。
身を屈ませ、中の様子を伺う。
閉店時は必要最低限の明かりしかつけていないので、奥の方が薄暗い。
…何か、食べ物を噛んでいるような音が微かに聞こえてきた。
クチャクチャ、クチャクチャ…
口を開けて食うヤツが出す、あの不愉快な音…音がする方へ歩いて行くと、倒れている人の上に乗っている白い病衣を着た人が見えた。
倒れているのは店長か…見慣れた革靴だ。
先輩は見当たらない。
不思議な気持ちで胸がいっぱいだ。
ガキの頃、好きな女の子の後ろ姿を見ながら「振り向け!」と念じた時と似ている気がする。
そして、僕の手にした武器が少し床に擦れた音に反応して…とうとう振り向いた。
口の回りは赤ちゃんがミートソーススパゲティを食った時みたいに血だらけで、目は充血し肌色は真っ白。
僕は感極まって、涙をこらえながら武器…スレッジハンマーを振りかぶった。
「まってたぜ、ゾンビ」
数年間鍛え続けた筋肉から繰り出される一撃が見事にゾンビの頭を粉砕した。
ん…カボチャより、柔らかい気がする。