④解決
「犯人は高槻ユアだ」
俺が唐突に宣言すると、女子三人、そして西大路までもがこちらに疑いの目を向けてきた。
「それは・・・神藤君もそう言ったの?」
長岡の問いに、俺はしぶしぶ頷く。
「はい、神藤の答えと同じです。なあ、西大路」
「・・・・・・うん。そうだけど・・・」
女子三人は揃って安堵したようだ。「やっと解決したねー」なんて笑い合っている。悔しいが、神藤の言葉には絶対の信頼を寄せているようだ。占い師恐るべし。
一方、西大路は依然として眉を八の字に歪め悩ましげな表情を変えない。
西大路の気持ちは分かる。高槻は犯人の条件を満たさないのだ。
高槻の行動を振り返ってみよう。
高槻は教室に入ってノートを持って出てきた。
向日がそのノートを「理科のノート」と断言できたということは、ノートは何にも入れられず、『手に持って』出てきたと分かる。
ところで、もし高槻がランドセルを持っていたならば、机からノートを取り出して、ランドセルに入れてから教室を出て行くのが普通だ。ランドセルを背負いながら、ノートだけ手に持ってそのまま帰るとは考えにくい。
つまり高槻はランドセルを持っていなかった。
仮にリコーダーを破壊したり傷つけたりするだけなら、犯人は道具を必要としない。机や床にでもぶつけて壊せばいい。
しかし今回、犯人はリコーダーを向日と長岡に気付かれずに持ち去った。破壊するだけなら手ぶらでできるが、現場からリコーダーを持って帰るためには、何らかの入れ物が必要だったはずだ。
しかし、高槻はそれを持っていなかった。
よって、高槻は犯人ではない。
ではランドセルではなく、服の中に隠して持ち去ったと考えたらどうか?
これも否定できる。
高槻は「パツンパツンのシャツ」で「はちきれんばかりの短パン」だった。そんな服装ではリコーダーを隠し持つスペースがない。
よって、高槻は犯人ではない。
と、考えられるのだが・・・
しかし違う。高槻は犯人の条件を満たしている。
おそらく神藤の言葉がなければ見逃してしまうところだったろう。ちょっと悔しさもあるが、今回は助けられたと認めるしかない。
「高槻が犯人」という神藤の言葉を前提とし、そこから逆算して犯行方法を考えたため、閃きが生まれたのだ。
「犯人は高槻だ」
俺はもう一度言って、四人の注目を集めた後、その理由を開陳した。誰もがエアポケットに入るであろう、盲点を突いた推理。
「高槻は、胸の谷間にリコーダーを挟んで持って帰った」
リコーダーは長い。しかし、リコーダーは三本に分解できる。分解すれば、長さは三分の一になる。
そして高槻は服がパツンパツン・・・つまり、太っている。
大体において、太っている女子は胸が大きい。大きい胸には深い谷間ができる。
高槻は・・・彼女は、リコーダーを三本に分解し、胸の谷間に挟んで持って帰ったのだ。
もし高槻が男なら、隠せる場所はなかったろう。例え太っていたとしても、胸がないから、隠せる場所がない。
しかし高槻なら・・・女子なら、胸の谷間を活用できる。
女子が女子のリコーダーを盗むとは妙な話だが、同性愛なんてありふれているし、それほどおかしな話でもないだろう。
証明終了。神藤の答えの正しさを証明しきった。
「・・・おい六郎。お前、何言ってんだ?」
西大路は呆けたような表情をしている。そんなに推理が意外だったのかと誇らしかったが・・・なんだかみんなの様子がおかしい。西大路以外の三人、向日、長岡、桂川は笑顔が引っ込み、馬鹿みたいにきょとんとしている。
どうしたんだ?もしや、推理に瑕疵があるのか?
「・・・なんだよ。俺の推理はどこか間違っていたか?」
西大路は信じられないといった様子で深く溜め息を吐いた。
「あのなあ六郎。お前の推理は間違ってる。不可能だよ。
だってさ、高槻に胸の谷間なんてあるわけないだろ。高槻勇天は男だぜ?」
は?
今度はこちらがぽかんとする番だった。高槻が男?そんなはずは・・・
「ああ、そっか。そう言えばお前、高槻と面識なかったんだよな。なら仕方ないか」
そう言って彼はまた大きく溜め息を吐いてこれみよがしに失望を露にした。
・・・高槻が男?えっ本当に?
西大路から女子三人に目線を移すと、彼女らは揃いも揃ってニヤニヤと半笑いしていた。
高槻が・・・男。
いや待て西大路。さっき俺が「本当に彼女なのか」って訊いた時、何も反応なかっただろう・・・あっそうか。あれはただの目配せだったか。
西大路は空咳をして喉の調子を整えると、勢いよく話し始めた。
「でもさあ。会ってないから仕方ないにしてもさあ、普通気付くだろ?
まず高槻が女子だったらさ、お前から『高槻が犯人だ』って聞かされた俺が『いかにもやりそうな』なんて返すわけないでしょうに。
それに俺、何回か高槻のこと『彼』って言ってるし。
後、向日さんの証言で気付かなかったか?彼女可愛いところがあって、女生徒には全員『ちゃん』づけしてたんだぜ?でも高槻は『高槻ちゃん』じゃなくて『高槻』って呼び捨てだったろ?
そもそも高槻の下の名前、勇気の勇に天気の天で『ゆあ』って読むんだぞ。男っぽい名前だ」
「そんなこと言われても名前の漢字見たことないから分かるわけないだろ。
それに、AV女優でユアって名前の子がいるし」
そういった瞬間、女子三人の誰かがきもっと呟いた。桂川さんの声だったような気がする。
とにかく。
高槻が男なら、やはり彼女、いや彼は犯人ではないことになる。どうやら今回ばかりは神藤の宣告がはずれたらしい。
これで振り出しに戻ってしまった。四人とも考え込んで何もしゃべらない時間が数分間続き・・・やがて彼女が静寂を破った。
「あっそうか!犯人が分かった!」
桂川が大声で叫んだ。
「犯人は六時六郎。あなたね」
高らかに宣言して、びしっと人差し指を突き出す。
俺が犯人!なにを馬鹿なことを。
「なんでそう思ったの?」
唖然とする俺を無視して、西大路が桂川に問いただす。すると桂川も、俺を無視するように、西大路や二人の友人に向かって話し始めた。
「この事件で重要なのは、リコーダーを犯人が『盗んだ』こと。ただリコーダーに危害を加えたのではなく、それを教室内から消したことがポイントだと思うの。
すなわち、犯人は教室からリコーダーを持ち去ることが出来た人」
それは俺も同意見だ。みんなも同じだったらしく、四人は揃って頷く。
「さらに大きなポイントが、長岡ちゃんと向日ちゃん、二人の監視者。犯人は監視者に気付かれないようにリコーダーを持ち去る必要があった」
また、この監視者は二人セットなので、どちらかが犯人である可能性もない。二人が共犯者の場合は無効だが・・・しかし、もし二人が共犯者なら、わざわざ桂川がもう一度戻ってくるまで廊下でおしゃべりし続けるとは考えにくい。その可能性は考慮に入れなくていいだろう。
「そう考えると、何に注目すれば良いのか分かりやすいわ。
例えばランドセルや手提げ袋を持っていれば監視者に悟られずにリコーダーを盗める」
「ランドセルや手提げ・・・じゃあ、ランドセルを背負ってた島本さんが犯人では?」
「ううん。違う。彼女は犯人じゃない。だって彼女はランドセルを持っていたけど、それに隠したままリコーダーを持ち去ることは出来なかった」
「あっそうか。長岡さんと向日さんの証言」
西大路の言葉に、桂川はこくりと頷く。
「そう。島本さんが転んだとき、島本さんのランドセルの中身は全て廊下に出てしまった。そして、長岡ちゃんと向日ちゃんはその中身を戻すのを手伝った。
もし島本さんがランドセルの中にリコーダーを隠していたら、長岡ちゃんと向日ちゃんが気付いたはずよ」
犯人はランドセルを背負っていた人物。しかし唯一のランドセル所持者はその中身を監視者に見られていた・・・
「でもさなえちゃん。ランドセル以外にも隠せるところがあるでしょ。
例えば服の中とか。ほら、敦子ちゃんはスカートはいてたし、スカートの中に隠せそうよ?」
「確かに、普通ならそのトリックは使えるわ。
でも向日ちゃん、さっきの向日ちゃん自身の証言を思い出して。
島本さんは転んで、『ロングスカートが完全に捲れてパンツ丸見え』になった。もしスカートの中にリコーダーを隠していたら、やはりそこでばれたはずよ」
ではスカート以外ならどうか?
例えば俺の推理のように、胸の谷間に隠す方法は・・・ああ、駄目だ。島本は『スレンダー』だった。谷間などあるはずがない。
他には・・・例えば紐を使ってリコーダーを腰に結びつけるなど工夫するにしても、ランドセルの中身が全てこぼれるほど『盛大に』転んだとしたら、転んだ際にその紐がほどけるか、少なくとも音や動きなどやはりどこかしら違和感が生じたはずだが、向日は特に何も言及していない。
島本は犯人ではない。桂川の推理は的を射ている。
「続いて、高槻くんも除外できるわ。彼はランドセルを背負ってなかったようだし、シャツはパツンパツンで短パン。服の中に隠すことも出来なかったはず」
「成る程ね。つまり、残ったのは奴だけだと」
長岡と向日の視線が俺に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はやってない!
そうだ。高槻が犯人じゃないなら、俺だって犯人じゃないだろ!
な、向日、長岡、よく思い出してみろ。俺は昨日ランドセルを背負ってなかった。だから国語の教科書を手に持って教室に入ったんだ。違うか?」
「ふーん確かにね」と向日は納得しかけたようだが、隣の長岡はかぶりを振った。
「確かにランドセルはなかったけどさあ。あんたは別に太ってもなければ転んだわけでもないでしょ。
服の中に隠し持ってたんじゃないの?」
「し、しかし、俺は男だぞ。隠すスペースなんてないはず・・・」
「そうかしら。危険ではあるけど、不可能とは言えなくない?リコーダーを三本に分解して、紐かなんかで、腰とか腹とかズボンの中とかに結びつければ隠せるんじゃないの?」
そう言われても・・・あの時服の中を見せなかった以上、今さら自分の無実を証明する術はない。
俺が縋るように西大路を見ると、彼は哀れみながらも俺を助けてくれた。
「たぶん。六郎は服の中にリコーダーなんか隠してなかったんじゃないかな」
「なんでそう言えるのよ」
「友達だからってかばうのおかしいでしょ」
長岡、向日コンビの追及にも、西大路は怯まなかった。
「仮に、六郎が服の中にリコーダーを隠していたと考えてみてよ。
自分の服の中に盗んだリコーダーを隠し持ちながら、向日さんや長岡さんと十分間も口論すると思う?
しかも、向日さんや長岡さんの方から六郎に絡んだらしいし。向日さんや長岡さんが『絶対に逃がさん』って執拗に付きまとったわけでもないんだろ?
俺が犯人なら、多少の悪口なんかほっといて、さっさと帰っちゃうよ。その方が安全だから」
西大路の言葉に、やっと長岡、向日の勢いは止まった。よし、やった。西大路さまさまだ。
しかし今度は、桂川が口を開いた。
「私もそう考えたわ。島本さん、高槻君と同じ。
六郎君もまた、リコーダーを教室から廊下へは持ち去ってはいない」
桂川は妙なところにアクセントをつけた。
「『教室から廊下へは』?つまり、違うルートが有るってことかい?」
桂川はにんまりと微笑む。
「六郎君はリコーダーを持ち去った。
教室から窓を開けて外へ、さらに共犯者と協力して持ち去ったの」
「・・・どういうことか分からないね。窓を開けて?共犯者?」
「六郎君は教室に入ると私のリコーダーを手に取った。
そして窓を開けて外に出て・・・ある行動をして共犯者にリコーダーを渡した。
共犯者はリコーダーを持ち去った。六郎君は窓に鍵をかけ直す。これで証拠は残らない」
『ある行動』というのが気になるが・・・
しかしここに来て、廊下側ではなく、グラウンド側のルートを使うのか?それは無理筋だ。そちらのルートには、二人の門番がいる。
「興戸と山崎はどうしたんだよ。この二人がグラウンドにいたんだから、例えどんな手段を用いたとしても、外のルートを使うのは不可能だろう」
俺は敬語を使うのも忘れて反論した。
そこで、長岡がぱんっと柏手を打った。
「山崎、そうだ、10倍ヌードルだわ!」
「・・・10倍ヌードル?
ああ、山崎のニックネームだったな。で、それがどうしたって」
「そう、よく気付いた長岡ちゃん」
桂川が俺の台詞を遮った。
「山崎先生は年のせいか、最近トイレが近くなってきたの。
で、なんで山崎先生に10倍ヌードルなんてヘンテコなニックネームがついてるか知ってる?
インスタントラーメンの10倍。つまり、3×10=30分に一回程度の頻度でトイレに行っちゃうからなのよ」
30分に1回トイレに行く・・・つまり俺と共犯者は、その間隙を利用したと?
しかし門番はもう一人いるじゃないか!
「桂川。何を言っているんだ。確かに、トイレが近い山崎相手ならその隙をつけたかもしれない。
でも、グラウンドには山崎の他にもう一人、興戸もいたはずだろ。例え山崎の目を逃れられたとしても、興戸に見つかってしまうはずだ」
ふふっと、まるで勝利を確信したかのように、桂川は笑みをこぼした。
「いい?山崎先生は体育をサボった生徒に対して、グラウンドを回らせるのよ?
興戸君はグラウンドを周回させられていた。そして、都京小学校は他の小学校と同じくグラウンドは当然楕円形。
楕円形のグラウンドをぐるぐると回っていたのだから、必ずどこかで教室に背を向けたはずだわ。
あなたと共犯者は、山崎先生がトイレに行って、興戸君が教室に背を向けた瞬間を狙って犯行を実行したのよ」
・・・言われてみればもっともだ・・・二人の門番には、隙があった・・・
そして、外のルートを使えるなら、話は早い。
教室に入った俺は、桂川のリコーダーを見つける。
盗もうと決意するも、廊下には長岡と向日がいる。ランドセルや手提げなどが手元になかった俺は、携帯電話で共犯者Aに相談する。
数分後、教室の窓からAが顔を見せる。
窓を開け、Aにリコーダーを手渡す。そして、窓には再び鍵をかけ直す。
リコーダーは後日、Aから貰い、Aには報酬を与える。
こんな犯行が成り立ってしまう。
いや、俺はやっていない。断じてやっていない。ただどこをどう反論すれば良いか分からない・・・仕方なく、ゆるゆると首を横に振り続けた。
そんな俺をちらっと見てから、西大路はすっと挙手した。
「ちょっと納得できないところがあるんだけど」
「なに?西大路君」
「山崎と興戸に隙があったのは分かったよ。
でも、だからって何で共犯者が必要なんだ?
二人の隙を突けるなら、グラウンドにちょっと出て、その辺の叢にリコーダーを隠してからもう一度教室に戻ってくる。なんてことも可能では?隠しておいたリコーダーは、島本や興戸がいなくなった後で回収する。
それに、仮に犯人が桂川さんの言ったような犯行を実行していたとしても、なんで六郎が犯人になるんだい?他の容疑者二人にも可能だったはずだよ」
西大路の意見は妥当に思えた。桂川の推理では、俺がやったと特定することはできない。
「もう一つの証拠と、犯人の目的を考えれば、説明できるわ」
「もう一つの、証拠?」
九官鳥のように彼女の言葉を繰り返してしまい、ふと悲しい気持ちになる。これでは探偵や助手ではなく、まるでただギャラリーだ・・・実際、今の俺はただの容疑者なのだが。
「リコーダーの中身だけ持ち去られていたこと。逆に言えば、リコーダーケースごと持ち去られていなかったこと。これが証拠よ。
ここまでの推理で、もはや廊下側から盗んだ可能性は消えているわ。三人の容疑者いずれも、廊下側からはリコーダーを持ち去っていない。
ならばグラウンド側から持ち去ったに違いない。
では、どうやって持ち去ったのか?西大路君が言うように、グラウンドに出て叢の中に隠したり、あるいは穴を掘って埋めたり・・・とにかくどこかに保管しておいて、後で回収したのかしら?
いいえ。犯人はそんな行動を取らなかった。
なぜなら、犯人は、リコーダー本体だけを盗んだから。
土の中、草の中、どこでもいいけど、外に長時間保管するなら、リコーダーケースに入れたままの方が良いに決まってる。わざわざリコーダーケースから出す必要はない。
だってそうでしょ?犯人は私の・・・女性のリコーダーを盗んだのよ?当然、性的な目的で盗んだに違いない。だとしたら、リコーダーを裸のまま外にほかっておくはずがない。
汚れてしまったら、価値が下がるもの。
もし西大路君の言うような手段を用いたならば、犯人はリコーダーケースにリコーダーを入れたまま、どこかに隠したはず。
でも実際、盗まれたのはリコーダー本体だけだった。
つまり、リコーダーは外に放置されなかった。
そして、この方法を使わず、どうやって外からリコーダーを持ち去るか。
共犯者に持ち去ってもらったとしか考えられない」
リコーダーを盗んだ目的は、それを性的なことに使用するため。
そして性的なことに使用するのなら、汚れてはいけない。
にも関わらず、犯人はリコーダーをケースから出して、わざわざ中身だけを持ち去った。
外から盗まれたことは間違いない。ならば、ケースから出して、かつ、リコーダーを汚さず持ち出す方法は、ただ一つ。
共犯者を使い、リコーダーを手渡す。この方法のみ
「共犯者が存在した。なるほどそうかもしれないね。
でもまだ、俺のもう一つの質問に答えてないぞ。
なぜ六郎が犯人なんだ?彼じゃなくても成り立つだろう?」
「分からない?
そもそも、犯人はなぜリコーダーケースからリコーダーを出したんだと思う?
普通にケースごと盗めばよかったじゃない」
「それは・・・中にリコーダーが入ってるか確認するため?」
「そんなの手に取ってみればすぐ分かるわ」
「ならその・・・・・・リコーダーを手にとって・・・色々と楽しんでたから?」
「いいえ。犯人は共犯者を使ったのよ?つまり、盗んでから家でじっくり楽しむのが前提。わざわざ危険を冒してまで教室で『そういう行為』をしてから盗むなんて非合理的」
確かに。共犯者を使ったということはある程度計画的犯行で、そこまでする犯人が煩悩に負けて教室で『そういう行為』をするとは考えにくい。
では、なぜ犯人はケースからリコーダーを取り出し、リコーダーのみを盗んだのか?
「投げるためよ」
桂川は、自信満々に言い放った。
・・・・・・投げる?桂川の言葉に、俺だけじゃなく、西大路、向日、長岡、全員が硬直した。
「犯人は窓から外に出て、そしてリコーダーを上に思い切り放り投げた。そして二階でスタンバイしていた共犯者がそれをキャッチした。
投げる時に、少しでも投げやすいほうが良かった。ケースに入ったままだと無駄に重くなり、投げにくかった。だからケースから出す必要があった。
信じられない?でも、これが一番合理的かつ確実な方法だわ。
そもそも、共犯者がグラウンドでずっと待機し続けるのは難しい。なぜなら、興戸君はグラウンドを周回していた。教室から背を向けている時間は、それほど長くなかったはず。
犯人は、そんな興戸君の一瞬の隙を突く必要があった。
犯人は・・・六郎君は、教室に入ると、私のリコーダーに気付いた。トリックを思いついた六郎君は、まずリコーダーケースーからリコーダーを取り出し、そしてケータイで共犯者Xに指示を出した。
準備が整ったら、興戸君が教室に背を向けた瞬間を見計らって、窓から外に出た。同時に、振り返って二階を見上げると、そこには、Xが手を広げて待っていた。
六郎君は、グラウンドから思い切り二階へリコーダーを投げた。Xがキャッチしたのを見届けて、興戸君がこちらを向かないうちに、また窓から教室に入り、教室の窓を閉め、再び鍵をかけた。
労力はかかるけど、時間はかからない。これなら犯行が可能だわ」
まるで槍投げのように、リコーダーを握り締め、助走をつけて天高くそれを投げる俺。それは放物線を描いて、二階に待つ何者かの下へ。
あほか。そんなこと、ありえるはずが・・・
しかし、リコーダーは確かに投げやすそうだ。適度に重いし、棒状だから空気を切り裂いてよく飛びそう。それに、二階といっても小学校の二階だから、それほど高くない。思い切った動作が必要ではあるが、外に出て投げて戻ってくるだけなら、10秒ほどでできるだろう。
ということは、一概に否定できないのか?
いや、百歩譲って、犯人がそのトリックを用いたとしよう。しかし・・・しかしなんで・・・
「なんで俺が犯人なんだよ。
今桂川が言ったことが当たってたとしても、別に、俺だけが出来たわけじゃないだろ」
「他の容疑者が、島本さんと高槻君だから」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「向日ちゃんが言ってたでしょ。高槻君は『運動が駄目駄目』。そして、島本さんは『弱々しい細い二の腕』で『病弱』。
リコーダーを二階まで投げることが出来たのは、容疑者の中でたった一人。六郎君だけよ」
ふざけるなと言いたい。こんな馬鹿げた推理があるかと罵りたい。だって、だって、俺はやっていないのだ!
「たぶん、共犯者は神藤君だと思う」
この一言に、長岡と向日は驚いたようだ。しかし、主犯に指名された俺にとってはどうでもいい追撃だ。
「だって、今までの推理で、犯人は高槻君じゃないって分かったでしょ。なのに神藤君は犯人を高槻君と断定した。
占いがはずれただけ?本当にそうかしら?
探偵部部長の六郎君と組んで、私達をミスリードしようとしたんじゃないの?
犯人は六郎君と神藤君。それが私の答えよ」
彼女の推理は間違っている。なぜなら俺は犯人ではないからだ。
でも、否定する材料が見つからない。
いや、「そんなの現実的じゃないだろ」でもいいんだが、現実的じゃないからといって否定できるのか?絶対に俺が犯人じゃないと説得できるのか?
一体・・・どうすれば・・・
「そうか。なるほど」
西大路が、ポツリと・・・隣に立つ俺にしか聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。
そして
「犯人は六郎じゃないよ」
と、力強く断言した。
「なんでそう言い切れるの?」
桂川が不満そうに問う。
「だって犯人は、絶対に共犯者を使っていないから」
そう言う西大路の声は、自信に満ち溢れていた。
「桂川さんは犯人の目的について、『性的な行為をするために盗んだはずだ』と予想した。
俺もそれが正しいと思う。女子のリコーダーを盗むのに、それ以外の理由は考えられない。
でも、だとしたら、犯人は共犯者を使ったはずがない。いや、仮に使ったとしても、リコーダーケースに入れたまま、盗んだに違いない」
またリコーダーケースか。
ついさっき、ケースが盗まれていなかったことを理由に、犯行方法が導き出され、俺が犯人になってしまったのだが。西大路の推理は違うのか?
「自分に置き換えて考えてみなよ。
後で『性的な行為』をするために盗みたかったんだろ?なら、『絶対に自分以外の人に触って欲しくない』と思わないか?」
・・・・・・確かにそうかもしれない。
仮に、『性的な行為』のために盗難計画を立てたのがAとする。そしてAは計画のために報酬を約束してBに共犯になってもらうとしよう。
俺が主犯なら、Bには絶対「間違ってもリコーダーに触るなよ」と言っておくだろう。
だって、それはその人が使ったから価値があるのだから。ただのリコーダーそのものに興味があるわけではない。
だから、少しでも、ちょっとでも、他人に汚されたくない。
ましてリコーダーケースに入れたまま盗むだけで他人が触れるのを防止できるなら、あえてケースから出すはずがない。
「リコーダーはケースから取り出されていた。ならば、共犯者はリコーダーに触れてしまったはず。
でも、犯行動機を考えれば、そんなことは許されない。他の人が触れてしまうと、価値が大幅に下がるから。
つまるところ、現場にリコーダーケースが残されていた時点で、共犯者は存在しないんだよ」
思わず頷く。俺だけじゃない。長岡や向日も、彼の理屈に押されて、軽く頷いた。
ケースからリコーダーが取り出されていたということは、犯人は、他人に触れられずにリコーダーを持ち去ることができたという証拠だ。
そして、他人に触れられず持ち去ったということはつまり、(少なくとも実行犯としての)共犯者はいなかったはずである。
共犯者がいないのなら、桂川の推理は崩れる。二階へリコーダーを投げ入れた、なんてありえないのだ。
いや、一人でもできることはできるが、ただ共犯者がいなければ、リスクは高まる。
投げ入れた拍子にリコーダーが破損するかもしれないし、後で二階へ回収に行くまでに見つかってしまう危険性もある。下手したら窓を割って大事になってしまう可能性だってあるだろう。
そもそも、共犯者がいないのなら、そんなギャンブルをする必要はない。普通に、ケースに入れたまま、叢や土の中に隠せばいい。あるいは、ランドセルや手提げ袋など回収の準備をしてから出直してもいい。
共犯者がいれば、二階への投擲もわずかながら可能性はあった。しかし、共犯者がいないと断定できるなら、二階への投擲などという手段は、ハイリスクなだけだ。犯人がわざわざそんな手段を選ぶ理由はない。
「でも・・・じゃあ、誰がやったって言うの?
既に、廊下側からリコーダーを持ち去られてはいないと分かってる。
ならグラウンド側からしかないけど・・・共犯者なしで盗むことなんて出来ない。
私が推理したように、リコーダーケースの問題から、外に一時的に保管しておいたとは考えにくい。
また、西大路君の言葉が正しいなら、共犯者は使えない。
八方塞がりだわ」
八方塞がり・・・いや、強引だが、まだ外部犯の可能性は考えられるんじゃないか?
例えば、完全な外部犯が、山崎と興戸の隙を見て教室に侵入を試みて・・・いや、やはり無理か。
桂川がリコーダーを忘れたのはまったくの偶然だ。桂川が今日たまたまリコーダーを忘れるだろうと予想して、危ないところを何とか忍び込んだ?まさか。そんな話は馬鹿げている。
それに、窓の問題もある。リコーダーが無くなったと判明した後、長岡、向日、桂川が教室を調べたところ、窓には鍵がかかっていた。何らかのトリックを用いて窓の開閉を操作した可能性はあるが・・・仮に何らかの方法で操作できたとしても、わざわざ時間をかけて密室を作る理由がない。
外部犯の可能性も消えてしまった。
ただ外部犯の可能性すらないなら、いよいよ出口のない迷路となる。一体、この事件の突破口はどこなのだろうか。
推理を否定された桂川は貧乏ゆすりをはじめ、長岡と向日は髪を弄りながら頭を傾げている。
そんな中、西大路は・・・彼だけはまったく動揺していなかった。既に犯人を突き止めているのか?しかし、一体誰が、どうやって・・・
「一人だけいるよ。共犯者を使わず、廊下を通らず、桂川さんがリコーダーを忘れたことを知り、狙って六年二組の教室に侵入できた人物が」
もはや全員、静かに、探偵の言葉に耳を傾けていた。
「犯人は興戸だよ」
興戸・・・山崎にグラウンドを走らされていた生徒。
「彼はランニングしている最中、六年二組の教室を見ていた。桂川さんがリコーダーを忘れて出て行くのを確認し、山崎がトイレに行った隙に、教室に忍び込んだ」
「・・・・・・色々質問したいことがあるけど。まず一つ・・・向日ちゃん?」
桂川に指名され、向日が久々に口を開いた。
「おい西大路。お前が言ってることはおかしいって。だって私達が教室を調べた時、窓には鍵がかけられていたんだ、なあ長岡?」
「そうよそうよ。窓に鍵がかかってたんだから、外から侵入するのは無理」
俺も同意見だったが、西大路は事も無げに「なぜ?」と聞き返す。
「みんな勘違いしているよ。
向日さんや長岡さん、桂川さんが窓を確認したのは、盗まれた後の話だろ?
盗まれる前・・・犯人が教室に侵入しようとした時に、鍵がかけられていたかどうか。それは誰も確認してないよ」
まさか・・・最初から鍵はかかっていなかったのか?
教室の鍵のかけ忘れ・・・そういえば、教室を最後に出た日直の桂川は『忘れっぽくて可愛い』と評されていた。今さら確認することはできないが、確かに『忘れっぽい』なら、鍵をかけ忘れることぐらいあるかもしれない。
「でもおかしいでしょう?私達が調べた時は、きちんと鍵がかけられていた。これは確かよ。長岡ちゃん、向日ちゃんと確認したもの。
犯人が教室に忍び込んだときは鍵が開いていたとしても、その後どうやって閉めたの?」
廊下側は向日と長岡が見張っていた。だから、グラウンド側から入って、鍵をかけた後に廊下側から出る、なんてルートは不可能だ。
また、グラウンド側から入って、鍵をかけて教室の中で待機・・・なんて芸当も無理だ。女子三人組みが教室を探したが、教室に不審な人物はいなかった。
どうすれば、外側から鍵をかけられたのか。
「単純な話だよ。
鍵をかけたのは興戸じゃないんだ」
「・・・じゃあいったい誰が・・・そんな犯人にとって都合の良いことを・・・」
「島本さんだよ。彼女は委員長で『しっかり者』なんだろう?
三人の容疑者の中で一番最後に教室へ入った彼女は、施錠されていない窓を見つけ、鍵をかけた」
桂川が鍵をかけ忘れ、島本が鍵をかけた?
密室なのに、犯人が何もしていないとは・・・何て情けない犯人なんだ!
「・・・鍵の問題を考えなくていいなら、外部犯や、山崎先生の可能性も残るわね」
「いいや。犯人は興戸に特定できる。
まず、外部犯の可能性はない。なぜなら、外部の者は、桂川さんが教室にリコーダーを忘れたことを知る機会がなかったから。
当然ながら、桂川さんのリコーダーを盗むためには、事前に、桂川さんのリコーダーが教室にあることを知らなければならなかった。まさか、別の目的で窓から教室に忍び込んで、ついでにリコーダーを盗む、なんて行動をとる人はいないからね。
三人の容疑者なら教室に入った時、興戸、山崎ならグラウンドから教室を見ることで、桂川さんがリコーダーを忘れた事実を知ることが出来た。よって、犯行を行える可能性があったのはこの五人のみで、外部犯は考えられない。
四六時中教室を覗き見している変態がいれば別だけど、そんな特殊な人物は想定するだけ無駄でしょ。
それに、山崎と興戸の証言によって、少なくともグラウンドから見える範囲内には、不審者はいなかったと判明してるしね。
次に、山崎の可能性もない。
もし山崎が犯人なら、さっさと興戸を帰らせたはずだから。
昨日、グラウンドにいたのは興戸と山崎だけだった。興戸がいなくなれば、グラウンドには山崎だけ。より確実に盗めたはず。
でも昨日、興戸は犯行前から犯行後までずっと走らされていた。犯人が自ら見張りを立てたあげく、現場付近にずっといるなんておかしい。よって山崎は犯人じゃない」
「・・・・・じゃあ、リコーダーケースの問題は?
盗んだとしても、どこかに保管しておかなくちゃいけないでしょ?山崎が帰ってきたらまた走らされるんだから。
でも、彼はリコーダーだけ持ち去った。何で?どこかに隠しておくにしても、外に置きっぱなしだったら、すぐ汚れてしまう。ケースごと盗まない理由がないわ」
「それも単純さ。
ケースから出したのはランドセルに入れるのに邪魔だったから」
「はあ?どこからランドセルが出てくるの?」
「桂川さんは知らないか。でも、六郎は知ってるよね?
山崎は、生徒にランニングをさせるとき、ランドセルをグラウンドの隅に置かせるんだ。たぶん、教室に置きっぱなしだと、盗難被害があったとき面倒だからだろうね」
そのおかげで、かつて俺のランドセルは砂埃まみれとなってしまった。
「ランドセルの中にしまうためには、ケースが邪魔だ。三本に分解しないと、ランドセルからリコーダーが煙突の様にはみ出てしまうから」
振り返ってみよう。
放課後、興戸は山崎に呼び出され、ランニングを命じられる。
いやいや走っていたら、目の前の教室内に、そこそこ可愛い子を見つける。しばらく観察していたら、その子は帰ってしまったが、よく見ると、机にリコーダーが置きっぱなしだ。
やがて山崎がトイレに行った。野球部やサッカー部は練習をしておらず、今、グラウンドには興戸だけだ。
急いで六年二組の教室に駆け寄る。窓に手をかけると、鍵はかかっておらず、すんなり開いた。
興戸は六年二組の教室に忍び込み、さっきの子のリコーダーを手に取る。ランドセルにしまうため、カバーを外し、中身だけを抜き取る。
窓から教室を出て、グラウンドに戻ると、グラウンドの隅まで走って、急いでランドセルの中にリコーダーをしまう。
―六年二組に入ってきた島本は、ふと、窓の鍵が開いていることに気付く。しっかりものの彼女は窓に鍵をかけ、教室を出て行く。
たった一人の少年の悪意。その悪意にトリックは伴っていなかった。
しかし、本人すら知らない内に、教室前の廊下は監視され、また、盗まなかったリコーダーケースは話をややこしくして、さらに、なぜか他人の手で窓に鍵がかかり、不可能状況が出来上がった。
犯人にとっては、都合よく不可解な状況が整ってしまった・・・いや、都合はよくないか。
長岡と向日の存在、特殊なグラウンドの状況、桂川が戻ってきたタイミングなど。様々な状況が、犯人の名前へと通じる道筋を作ってしまったのだ。ある意味不運な犯人と言えるだろう。
「分かっただろう?
犯人は興戸だよ」
改めて放たれた彼の言葉に、俺たち四人は頷いた。
どうやらこれで万事解決。容疑者の事情聴取が省けて助かった。
そこで俺はふと気付いてしまった。
そういえば俺、全然活躍してないな、と。