③検討
容疑者は俺を含めて三人か・・・それにしても女が多いな。異性が苦手な俺としては気が重い事件だ。
しかし、「この中に犯人がいる」と向日は言うが、他の可能性はないのだろうか。
例えば、窓から出入りした可能性。
六年二組の教室の窓は直接グラウンドと繋がっている。ベランダも無く、窓を開けてすぐそこがグラウンドだ。
犯人はグラウンドから教室に忍び込み、またグラウンドへ逃げた・・・とも考えられないだろうか?
そう質問すると、向日は首を横に振った。
「リコーダーを探した後、窓の施錠もチェックしたわ。全ての窓には鍵がかけられていた」
「でもさあ。何らかのトリックで鍵を開けたかもしれないだろ?」
「・・・なによ西大路。何らかのトリックって」
「ほら例えば糸を使って窓の外から鍵を開けるとか」
「・・・それは無理だろう。窓の外はグラウンドだ。何かトリックを使ってがちゃがちゃやってたら、部活中の運動部にばれる」
「は?六郎は馬鹿だなあ。昨日は外での部活はなかっただろ。軟式野球部もサッカー部も顧問が休んでて練習できなかったんだよ」
以前は顧問が不在でも部活に影響はなかったが、最近規制が厳しくなり、顧問が不在の場合は部活を中止にするようにルールが改正されてしまった。
責任問題が面倒なのか、代理を立てる場合も少ない・・・野球やサッカーに情熱のある生徒がいれば何らかの処置を取るのだろうが、本気で野球やサッカーに取り組みたい生徒は、学校の部活ではなく外部のクラブに所属するものらしく、反発する生徒はいなかった。
なるほどな。と納得しかけたところ、今度は長岡が反論する。
「無理無理。グラウンドには五年生の興戸って子がいたのよ。10倍ヌードルに命じられてグラウンドを走ってたらしいわ」
「10倍ヌードル・・・なんだって?」
「ああ、あいつよ。体育教師の山崎。あいつのニックネームが10倍ヌードル」
体育教師の山崎。体育を休んだ生徒に走り込みをさせる、悪名高い教師だ。昨日はグラウンドを使う部活がなかったため、「いびる」丁度良い機会だったのだろう。
「なるほど。その興戸って奴と体育教師の山崎がいたから、外部から侵入できたはずがないと?」
「そうね。昨日、リコーダーを探した後、グラウンドにいた二人に訊いたけど、両方とも、不信な人物はいなかったと言ってたわ」
「ホームルーム終わりからずっと走らされてたらしくて、興戸君、死にそうだったな」
心底気の毒そうな桂川の声につられて、会ったこともない興戸に思わず同情してしまう。
俺もやらされた経験があるが、結局走ったり歩いたりで一時間程度グラウンドをぐるぐる回らされた。おかげで翌日筋肉痛。全身がだるくて痛くて敵わなかった。しかもグラウンドの隅にランドセルを置かせるものだから、砂埃ですっかり小汚くなっってしまった。また、悪者ゆえか勘も鋭く、トイレ行きたいとかおなか痛いとか言って休もうとしても、鬼の山崎は休息を与えないのだ。自分は年相応にトイレ近いくせに・・・ああ、嫌な記憶を掘り返してしまった。
気分転換もかね、窓際へ寄って、窓を調べてみた。
窓は新しく、隙間はないし鍵も緩くないため、トリックを用いるのは難しそうだ。
ならば、もし万が一、興戸と山崎が見逃していたとしても、鍵のかかった教室に外から侵入し、また脱出するのは不可能なはず。
さて、外部犯でないのなら、やはり容疑者の中に犯人がいることになる。
「ちょっと話は変わりますが、容疑者達には何か働きかけましたか?『あなたが犯人じゃないの?』と詰め寄ったり、『教室の中で何してたの?』と聞いたり」
「さっきも言った通り、山崎と興戸には不審者が出入りしなかったか訊いたけど、他の子には何もしてないわよ。
捜査はあんた達の仕事でしょ?
そもそもそんな強引に聞き込みしたら、さなえちゃんがリコーダーを盗まれたことが学校中にばれちゃうじゃない」
それもそうだ。なら後で容疑者達にも話を聞かなくてはならない。時間的に明日になるか。
ただ、桂川がリコーダーを盗まれたことを隠したまま捜査しなくてはならないとは、かなり面倒だ。
最近の探偵部はなめられているから、素直に捜査に応じてくれるかどうか。加えて俺は女受けが悪い。一人なら西大路に一任すればいいが、二人以上を相手にするとなると、俺だけサボるわけにはいかないだろう。骨の折れる作業になりそうだ。
できれば、この場の情報だけで犯人を絞り込みたい。
ふと西大路を見ると、彼と目が合った。彼も難しそうな表情をしている。
本当に彼女なのか?
そう目で訴えると、西大路は首を傾げて、分からないとポーズを取った。
神藤の言葉を信じるなら、犯人は高槻だ。神藤の言葉は絶対ではないが大体において正しい。まずは「高槻が犯人である」ことを前提として考えるべきだろう。
しかしこの場合、ある複数の壁が立ちはだかる。先ほどの証言で見えてきたある障害が・・・
普通に考えたら、高槻が犯人とは考えられない。
ではやはり神藤の言葉は間違っていたのか?それとも、高槻が何らかのトリックを使って不可能を可能にしたのか?
頭を悩ませながら数分。
そして俺は閃いた。