①宣告
この頁の最初の一文に犯人の名前が書かれています。
「犯人は高槻勇天だ」
神藤翔は犯人の名前を宣告した。
「高槻・・・誰だ高槻って・・・いやそれより、なぜそいつが犯人なんだ?」
俺の質問を、神藤はせせら笑う。
「それを探偵するのが君達の仕事では?」
にやつきながら放たれた言葉に、俺の反論はピタリと止まる・・・やはり今回も神藤の言葉が正しいのだろうか?
「分かったよ・・・じゃ、また報告に来る」
「せいぜい頑張ってよ。少年探偵団さん」
挑発的な言葉に何も言い返せないまま、俺は占い部部室を退出した。俺が出て行くのと入れ替わりに、他の生徒が入っていく。廊下にはまだ数人の待ち人が並んでいた。
みんな、神藤の答えを聞きに来たのだ。嘆かわしいことだ。
廊下を進んでいく。窓から夕日が差し込み、床はオレンジ色に優しく彩られていた。ポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認する。15時50分。思ったより時間はかからなかった。
廊下をひたすら進み、奥の階段を上る。部室棟三階の東隅。俺が所属する探偵部の部室だ。
建付けの悪い白い扉をガタガタと開けると、中には探偵部副部長西大路雅彦が椅子の上で胡坐をかいて座っていた。器用な奴だ。
「早かったね六郎。神藤に答えは聞けた?」
俺の名前は六時六郎。苗字が時刻とかぶって不便なので、みんな俺のことを「六郎」と下の名前で呼ぶ。
「ああ、聞けたよ・・・犯人は高槻って奴だそうだ」
「おおっ」と西大路が歓声をあげた。
「へー高槻ねえ。高槻が犯人なのかあ」
「知ってるのか?」
「ああ、去年同じクラスだったからね。ふーん高槻ねえ。いかにもやりそうな」
神藤の言葉を鵜呑みにする西大路に苛立ったが・・・今となっては仕方がない。高確率で、神藤の言葉は当たっているのだ。
「さっそくこれから調査に行くぞ。事件現場の六年二組だ。参考人を呼んである」
「はいはーい」
俺は部室に入らないまま、振り返って廊下を歩き始めた。後ろから待ってよーと声が聞こえ、やがて西大路が追いついてきた。
都京小学校探偵部。学内で起きたあらゆる事件を解決する部活動だ。都京小学校は五年生から放課後の部活動を許される。去年、俺は志高く都京小学校探偵部に入部した。入部時は部員二十人の大きな部活だったが、今となってはたった二人。俺と同級生の西大路、この二人だけとなってしまった。ある事件がきっかけで大量の退部者が出てしまったからだが、まさかここまで衰退するとは予想外だった。おそらく来年になって俺たちが引退したら、この部活も廃部だろう。
自分達の現状を愚痴ると、決まって西大路は
「別に二人だろうが来年廃部だろうがどうでもいいよ。俺たちには関係ないし」
と投げ槍に答える。
彼の言う通りだ。現状は受け入れるしかない。
しかし恨めしいのは神藤の存在だ。
今の探偵部は、実質、神藤の下っ端となってしまっていた。
神藤の示す真実を確かめる。探偵部はそれだけの存在意義しかなくなってしまっていた。
神藤翔。彼は去年、占い部に入部した六年生で、俺たちの同級生。
彼は凄まじい占い師だ。
入部してわずか数日で、自らの占いの力を他部員に見せ付けて自分以外の占い部部員全員を幽霊部員にしてしまった。
さらに占い部部室を相談窓口として活用し、数多の生徒の悩みを解決してきた。
あるとき・・・探偵部部員がまだ多かった頃・・・女生徒の盗撮写真が何者かによってばらまかれるという『女子トイレ盗撮事件』が起こった。俺たち探偵部は部員総出で推理と捜査を繰り広げたが、一週間、二週間経っても捜査は進まず、そのうち本家の警察もやってきたがそれでも犯人は捕まらなかった。
しかし、事件開始から一ヵ月後・・・ある探偵部部員が半ばふざけて事件のことを神藤に相談した。すると神藤は当たり前のように『犯人は琴藤だ』と断言した。そんな馬鹿なと思ったが念のため琴藤を問い詰めてみたところ・・・見事、琴藤は自白。事件は解決してしまった。
これが効いた。
事件の経緯を聞きつけた生徒達は、自分達の「悩み事」や「事件」を神藤に相談するようになった。すると神藤は次々と答えを当てたが・・・問題はその信憑性だ。神藤は意外な犯人をばしばし当ててみせたが、それが真実かどうかの物証は挙げられなかった。なにしろ占いなのだから。
そこで、生徒達は定番のルートを作った。即ち①神藤に犯人を聞きに行って②それが正しいか探偵部に確かめてもらう。
まるで神藤がブレイン、探偵部が手足のようではないか!
しかも忌々しいことに、神藤はあまりの相談の多さに煩わしさを覚え「事件性のある相談はまず探偵部に言ってくれ」と要求しだした。
そして今、生徒は、解決したい事件があったらまず探偵部に行って、それを探偵部が神藤に伝え、神藤に答えを教えてもらった探偵部がその真偽を検証する。と、こういう構図となってしまった。
これでは手足というより王と奴隷である。
探偵部の衰退は加速した。
「まあでもさ。神藤の言葉はだいたい正しいんだからいいじゃない。今回は彼が犯人ってことで」
教室に向かう途中、不機嫌な俺を西大路が励ました。聞き流しながらも、彼の言葉の正しさは自覚していた。
実を言うと、神藤の『答え』は絶対に正しいわけではなかった。
彼は神様ではなく占い師だ。確かに的中率は高いが、二割ほどは外れている。ただ、あの『女子トイレ盗撮事件』の功績は偉大で・・・たとえ彼が間違っていて、その旨を相談者に伝えても
「ふーん神藤君も間違えることがあるのねえ」
ぐらいの反応で、奴の信用はなかなか落ちない。
それに、神藤の答えが間違っていると判明する頃には、探偵部が別の答えを見つけ、結局事件が解決しているので、相談者にとっては神藤がどうこうより解決したことが嬉しいらしく、非難の声はあがらなかった。
神藤に「間違っていた」と告げても「まあ占いだしね」の一言で、本人もダメージを受ける様子がない・・・その姿勢はどうなんだ?と詰ってやりたいところだが、それでも神藤の言葉は八割ほど当たるので、あまり文句も言えない。おそらく俺たちだけなら解答率五割を切るだろう。
一階の渡り廊下を通って部室棟から教室棟へ向かう。
教室棟は一階が職員室と一、六年生教室。二階が二、五年生教室。三階が三、四年生教室となっている。各学年二クラスで、一クラス30人弱。小さな学校だ。
六年二組の教室に入ると、呼び出しておいた三人の女生徒が待っていた。教室の時計は15時55分を指している。良かった。時間には間に合ったようだ。
「で、誰が犯人なのよ?」
俺と西大路が教室に入るなり、参考人の一人、向日朋見が口を開いた。
「まだ分かりません。これから調べるんです」
俺はそう答えると、参考人たちは眉を顰めた。
「はあ?神藤君に答え聞いてきたんじゃないの?」
怒鳴ったのは、向日の横に立つ長岡智子。さらにその横に立つ、本事件の被害者、桂川さなえも、不安そうな顔色でこちらを窺っている。
背の高い向日と長岡。小柄で可愛らしい桂川。何となく三人一組がしっくりくる。
「いやー当然聞いてきたんだけどね」
西大路が「まあまあ落ち着いて」と両手でジェスチャーすると、その仕草が鼻についたのか、向日と長岡はなお鼻息荒く俺たちを非難する。
「じゃあさっさと教えてよ」「そうよそうよ」
「・・・先に、事件の経緯と当時の状況について教えてくれませんか?」
俺は出来る限り柔らかい声で二人を宥めようと試みる。
「はあ?先に犯人知ってからの方がいいでしょうが!大体私達は犯人が誰かさえ分かればいいのよ。神藤君が探偵部を通せっていうからあんたらに相談しに行っただけでさ」
と向日。
「そうそう。あんたらの探偵ごっこなんて付き合ってらんないの。はやく教えてよ」
と長岡。
「神藤の言葉は絶対じゃありません。それに、先に神藤の示した犯人を教えてしまったら、あなたたちの証言、印象に影響を与えてしまうでしょう。
ですから、先に事件について、証言をお願いします。その後、神藤の答えをお教えしますので」
はあ?えらそうにすんな。なんで女子相手だと口調変わるのきもいわ。探偵部って自分達で言っててはずくないの?てかクセエお前いらねえよ西大路だけでいいだろぼけ。
などなどの悪口を吐かれながら、俺たちは、彼女達二人の怒りが収まるのをじっと待った。
その間、被害者の桂川だけは黙っていたが、罵声を浴び続ける俺たちを見かねたのか
「・・・向日ちゃん、長岡ちゃん。そんなに急がなくていいよ。まずは話をしてあげよう?」
と二人に呼びかけると、やっと彼女らは黙ってくれた。
そして、三人を代表して向日が話し始めた。
桂川さなえリコーダー盗難事件。その詳細を。