今年もやって来た四月馬鹿
大正短編シリーズの第2弾、『大正十一年のエイプリルフール』(全5話)。
4月1日はエイプリルフール。一年に一度、嘘をついてもいい日。
この風習は、大正時代の頃にはすでに日本に浸透していたらしい。
でも、大正時代の日本人たちは、嘘の手加減がよく分からなくて、ちょっとシャレにならない嘘に翻弄される人も少なくなかった。
この物語は、大正11年のエイプリルフールが舞台。意地悪な許嫁・春光の嘘に警戒する女学生・楓のクスリと笑える恋のお話です。
あなたも、誰かに可愛い嘘をついて、楽しいエイプリルフールを過ごしませんか?
いつ、誰が始めたのか、よく分からない。
年に一度だけ嘘をついてもいいという謎の風習。
それが、四月馬鹿だ。
フランス・ヴァロワ王朝のシャルル九世の時代から始まったという説もあるけれど、それすら嘘かも知れない。
始まりの由来さえも眉唾なこの風習がヨーロッパから伝わって日本に浸透し、人々が四月一日にこぞって嘘をつくようになったのは、大正時代かららしい。
ただし、大正時代の日本人たちは、まだこのお馬鹿な風習に慣れておらず、あちこちで騒ぎになっていたようだ。
生真面目な日本人たちは、嘘をつくのも全力で、ちょっとシャレにならない嘘をつく人が多かったからだ。
☆ ☆ ☆
竜田商店のお嬢様で、麻布鳥居坂のメイデン友愛女学校の女学生である竜田楓は、エイプリルフールに苦々しい思い出がある。
去年の四月一日は、
「お嬢様! 家の前で芥川龍之介と菊池寛が殴り合いの喧嘩をしています! しかも、拳で語り合ったことで強い友情が芽生えたらしく、今は熱い抱擁を交わしています!」
と言われて、驚いて屋敷を飛び出したら、発情期の猫たちがみゃーみゃー言って喧嘩していただけだった。
二年前は、
「た、大変です! お嬢様! たったいま役所から連絡があって、実はお嬢様は生まれた時に間違って『男』と戸籍に書かれてしまっていたそうです! だから、女性と結婚しなければいけないらしくって……」
と言われて、衝撃を受けた楓は、女の人と結婚しなければいけないのならせめて気立ての優しい幼馴染の風花柊子と結婚したいと大真面目に考え、柊子の家を訪ねて、
「柊子ちゃん。どうか私を柊子ちゃんのお嫁さん……じゃなかった、お婿さんにしてくださいまし」
と、おいおい泣きながら懇願してしまった。もちろん、柊子には頭がおかしくなったのではないかと心配されて、危うくお医者さんを呼ばれそうになった。
「毎年、毎年、エイプリルフールにかこつけて主人の娘である私をからかうあの男……風車春光! いくら私の将来の夫になるからって、許せませんわ! こ、今年こそは騙されませんわよ!」
大正十一年(一九二二)四月一日の朝。
学校が春休みなのでちょと遅めに目覚めた楓は、宝塚の俳優たちのブロマイドが壁にたくさん貼られている自室から出て縁先で朝の新鮮な空気を吸うと、さんさんと輝く太陽を仰ぎながらそう決意していた。
奉公人の春光は、仕事もよくできて、周囲への気配りもできる、竜田商店の主・楓の父のお気に入りである。顔もなかなかの二枚目なので、楓の母からも可愛がられている。だから、楓と春光を結婚させて、子供が娘二人で後継ぎがいない竜田商店を春光に継がせようと両親は考えているのだ。
でも、楓は気に食わなかった。
……いや、春光が入り婿となって、将来は自分の夫になることが嫌だというわけではない。むしろ美青年である春光のことを面食いな楓は密かに気にっているのだ。
では、何が気に食わないのかというと、両親や同僚たちに対しては気遣い上手な春光が楓だけには意地悪なところだった。
「春光さんったら、どうして私のことをしょっちゅうからかうのかしら。特に四月一日のエイプリルフールには毎年とんでもない嘘で私を驚かせるし……。入り婿になるくせして生意気よ! 今年は絶対に騙されてあげないんだから!」
楓が鼻息荒くそう独り言を言っていると、小さな妹がとてとてと走って来た。
「姉様! 姉様! 大変だよぉー! 台所が火事になって、火が燃え広がってるの! おばあちゃまは真っ黒焦げになっちゃった!」
「な、何ですって! 家が火事っ!? 一大事だわ~!!」




