16、奇跡の惑星(ミラクルのほし)
「あ、あの茅野さん、妖魔というのは……」
ドーが早口で聞いた。
「妖魔とは……」
しほりが答えようとしたとき丁度ドアが開いた。
「オーッ!シオーリ!」
ドアの向こうにいた人物がしおりに駆け寄ってきた。
「OH!ミスター・タイラー。ロングタイムノーシー!」
「ワーオ!シオーリ!エニタイム・ユウ・アー・サイト・フォー・ソア・アーイズ。ナウ・アイム・ゴーイン・ダ~~ウン。ウムフフフフフ!!ンンンン・ンン~・ンーンンン・ンン~♪♪YEAH!!」
ドー達と入れ替わるようにタイラー氏がボディーガード達とともにエレベーターに乗り込んでゆく。
「今の人……」
ドーには見覚えがあった。世界的ロックバンド『エアロツェッペリン』のヴォーカリスト、スティーヴィー・タイラーだ。
「タイラーさんはうちのスタッフのクライアントなんです」
フォーチューンセンターの美人係員はみんな平手ユリ先生の弟子達でもある。
ランクの高い者にはランクの高い顧客がついている。
「へえー、凄いんだああ!。ということは茅野さんにも?」
莉乃が尊敬の眼差しで見るとシオリはただニッコリと微笑んだ。
「それは守秘義務がありますから」
「茅野さん、あの……、敬語じゃなくてもいいですよ。」
「いえいえ、お二人は先生の大事なお客様ですからね」
「じゃ、シオリさんって呼んでもいいですか!?」
ぐいぐいと莉乃は懐に入っていく。
「あ、あの、妖魔とは……」
「あー、そうだよ!ドーがタイミング悪いから!ドアが開く寸前に質問するんだもん!」
シオリは微笑んでいた顔をすっと真顔に戻すと言った。
「それは先生から直接お聞きになったほうがいいです。こちらへどうぞ。」
そういってシオリが案内するのは前回とは違う通路である。
「あ、こっちにも道があったんだ」
後ろから声がする。
「エクスキューズミー!!」
振り返る一行に駆け寄ってくるのはタイラー氏だ。
「ワッツハプン・ミスタ・タイラー?」
「オー、アイウォントーク・ヒム」
「え、僕ですか?」
ドーが自分を指差す。
「ドー、英語もわかるの?」
「中学英語だぞ」
タイラー氏はドーをまじまじと見つめてから言った。
「ユー、プリンス・カルティア?」
「ホワット!?」
ドーと莉乃は顔を見合わせた。
「なんて?」
「俺がカルティア王子じゃないか?って」
「えーっ!」
莉乃が口を覆った。ドーは顔を赤らめた。
「そんな顔しなくても……」
それからタイラー氏に向かって言った。
「アイム・アフレイド・ユマストハブ・ザ・ロングパーソン」
タイラー氏も笑顔になって肩をすくめた。
「オー、アイムソーリー。イツマストノットビー」
「なんて?」
「そんなわけないよなぁ、って」
タイラー氏によるとドーが親友のカルティア王子にそっくりなのだという。
しかしそんなはずはない。なぜなら3年前からカルティア王子は海難事故に遭って行方不明なのだ。
「そんなことが……」
「そんなニュース聞いたことないよ」
シオリが二人に言った。
「これは未だ伏せられているニュースです。アラブの小国、しかし貴重なレアメタルの産地であるロデアのカルティア王子は3年前に失踪したまま、現在も捜索が続いています。これは世界情勢に重要な影響を及ぼすことだから極秘事項とされています」
タイラー氏はドーがカルティア王子ではないことは状況から理解できたが、万が一、たとえば記憶喪失にでもなっているのではないかと考えて思わず後を追いかけたのだという。
「ソーリー、グッドラック!」
「サンキュー、ベリーマッチ」
タイラー氏が差し出した手をドーは握った。タイラー氏の目が一瞬鋭くなった。それから口元に笑顔を浮かべて、またドーにお詫びを述べてから大げさにシオリとそして莉乃を褒め上げた。
「OH!?」
タイラー氏は莉乃をまじまじと見つめた。
「ユー?リノ・オッギワラ? オブ・ナショナル・ジャパニーズ・アイドルグループ?」
「え・え・え・え・え!?い、イイイ、イエース。『ナショナルジャパニーズアイドルグループ』って国民的アイドルグループってことだよね?」
莉乃がドーに小声で聞く。
「そうだよ」
「オー、ユーハブノーメイク!」
「すっぴんだからわからなかったって」
「アハハハハ!イッツ・マイ・リアルフェイス!」
「ベッリー・キュート!アイ・ホープ・アワバンド・プレイウィズユー」
「イッツゴッドネス!!」
莉乃の代わりにドーが答えた。
「なんて言ったの?」
「共演しようって。それ最高っすねって」
タイラー氏は取り巻き達と共に去っていった。
「あー、びっくりした」
「私もびっくりした。知ってる単語も本場の発音されるとわかんなくなっちゃうね!」
「日頃から使ってないとな。でもタイラーさんも莉乃のことちゃんと知ってたな」
「タイラーさんは日本通ですからね。本国ではアイドルコンテストの審査員やっておられるし」
「えー、そうなんだ!お茶目な人なんだ!だけどドー」
「うん。俺と握手するときのタイラーさんの目」
「もしかしてタイラーさんも?」
「勇士を探している」
シオリがドアを開けた。以前通った部屋よりも青みがかった闇に包まれた部屋は必要最小限度の明かりしかない。部屋の真ん中にやはり「螺旋石」が台座に乗って置かれている。
「まったく今日は不思議な事ばかりだ」
ドーと莉乃は台座の前で立ち止まった。シオリが石を覆うガラスケースを取り外した。
「俺は童貞だけではなく、ホーケーでもあるのに……」
莉乃が言った。
「女子ってね、グループに分かれてるじゃん?だいたいどのクラスでも3つくらいに分かれてる。」
「そういえばそうだな。華やかなグループ、地味なメガネグループ、その中間のグループ」
「だいたい派手系のグループがクラス世論をリードしてるんだけど、それでも女子ってね、グループによって全然思想が違うんだ。」
「思想……か」
「だから、ひとつのグループからキモがられても別のグループからしたら全然そんなことないってことはよくあるんだよね。クラスによってもまた変わるし。世界が全然違うの」
「世界が違うと、考え方も違うってことか」
ドーがポケットから螺旋石を取り出した。
「私も中学の時キモいとか言われて、学校行けなくなっちゃったからね」
「そうだったな」
「こっち(東京)来ても同年代の友達がなかなかできなくて」
「グループのメンバーは?」
「メンバーとはみんな仲良しだよ。仲間であって戦友で。だけどライバルでもあるから、本当の本音を話し合うわけにもいかない。目指してる場所も違うし。お互いプロだから。」
「やせっぽちのネガティブ女子が、いまや総選挙1位、世界的スターにも名を知られる国民的アイドルってわけだ!世界は広いよな!!」
シオリがブレスレットをかざして呪文を唱えた。ドーの持つ螺旋石の輝きに共鳴するように台座の上の螺旋石も光を発し、その光をキャッチした石たちが部屋のあちこちで輝いた。その輝きによって暗闇が払われた。
「私、不思議な気持ちが不思議としなくなってきた」
ドーはきゅっと表情を引き締めて頷いた。
「ここは奇跡のプラネット(ほし)だもんな。でっかいでっかいトレジャーアイランドだ」
莉乃はその表情に胸の高まりを感じた。
(あれっ?なんだろう、この感じ?)
部屋の壁に浮かび上がるように金色のゲートが現れた。シオリが手を伸ばして指し示す。
「どうぞ、神殿の間へ。先生がお待ちです」
「どうした莉乃?行くぞ」
莉乃は胸に両手を当てて何やら考えている。
「やっぱり不思議だ!」