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14,ドレッシングルーム

(ここまで来ればもう大丈夫だろう)

カオサンは雑踏の中を抜け、勝手知ったる裏通りに潜んだ。

(それにしてもエライことになっちまった)

左腕に意識を集中するとそれが光の剣に変わった。

(これがサイコブレードか)

天に向ける。

「伸びろっ!」

剣、つまり腕がビームのように瞬時に伸びる。下に向けて何度も伸ばしたり縮めたりする。

(昔遊んだヨーヨーみたいだな)

もう一度意識を集中した。

(戻れ!戻れ!元に戻れ!!)

しかし腕は元に戻らない。雑踏の路地裏とはいえ全く人が来ないわけではない。

「ちっくしょう!元にもどれっての!」

カオサンはまた腕を服に隠しながら駆け出した。裏通りから裏通りへと落ち着く暇がない。

なんとはなく影のある妖艶な美女が向うから歩いてくる。

(こんな時間にこんな場所を歩く美女。お昼の奥様フーゾク嬢、内緒のアルバイトってところか)

カオサンは裏社会の住人らしく斜に構え、気取ってすれ違おうとした。

「うわっ!」

無意識のうちにサイコブレードが反応し、剣の形に服を突き破っていた。

「きゃ――っ!!」

「いや、これは、その……」

恐怖に震える女に聞く耳はなさそうだ。

「そ、そんな目で見ないでくれよ」

カオサンは逃げ出した。

(なんだなんだ女の色香に反応したってか!?頼むぜ全く!!)

より一層狭い路地に駆け込んで壁に手をついた。息を整える。中年オヤジに全力疾走はキツいのである。

「こりゃもう立派なバケモノだな」

カオサンは座り込んだ。膝が痛む。自分の年齢を思った。

(俺はもう走れない)

「戻れ!戻れよ!!」

意に反して左腕の剣は先に尖ってゆくばかりだ。

「ええい!離れろ!」

腕を何度も振った。剣はやはりそこにある。叩きつけると砕けていくのは地表のほうだ。

(ダメだ……。コントロールできない)

カオサンは自分のこめかみにそれを押し当てた。とめどなく涙が溢れ出した。

(なにが無敵の時空海賊ゼブラだ。こんなんじゃケツを拭く紙にも使えやしねえ!)

「ごめんよドー。俺やっぱり耐えられそうにない」

カオサンは強く意識を込めた。

「うおおおおおおおっ!!」

手が元に戻っていた。涙を腕で拭った。

「ははは、ざまぁみろ。本気出せばこんなもんだ。俺はよぉ、まだ本気出してないだけなんだよ!!」

カオサンは顔を涙と鼻水でクシャクチャにしながら立ち上がった。

「俺だって男だ。汚れたオッサンだけど、男なんだ」


「見ないでよ」

ドーの背中から降りた莉乃が顔を隠す。メイクがすっかり崩れてしまったのだという。別人だという莉乃にドーは言った。

「そんなことないよー!」

しかしそこで言葉を飲み込んだ。(可愛いよ)と言えなかった。ドーは30オーバーの童貞なのだ。

「そうかな?」

「こっちのほうが……、その、俺が知ってる莉乃、小倉莉乃だ」

自動ドアが開くと待っていた美人係員達が一斉に駆け寄ってきた。タオルで二人を包み込む。

「さあ、早く先生のところに」

40階行きの高速エレベーターに乗せられる。

しかし停まったのは20階。金のラメをあしらった真っ赤な絨毯が続く通路が伸びる。

「今日は、先生はこちらに?」

「その前に」

一室の前で停まった係員はドアを開く。

「土手さんはこちらに」

「え、あ、はい」

中には別の係員達が待ち受けており、ドーを部屋の中にエスコートしながら扉を閉めた。

「え、ドー?え?え?」

「荻原さんはこちらへ」

「は、はあ……」

莉乃が連れられた部屋は更に豪華な扉の向こう。

それが開かれ、やはり待ち構えていた係員達が莉乃の手を引いて誘う。

「どうぞこちらへ」

「えっと、あ、あの?」

そこは絢爛な部屋だった。天井にはシャンデリア、ステンドグラスから七色の光が差し込み、壁には名匠による絵画が飾られている。そして一面にクローゼットが並んでいる。

「ささ、どうぞお座り下さい

「え、濡れ鼠ですがいいんですか?」

「どうぞどうぞお構いなく」

係員は半ば強引に座らせる。

「下着はこちらに」

開かれた棚には様々な豪華下着が並んでいる。


「さあ脱いで下さい」

「ちょっ、ちょっと待って下さい、俺は、そんな」

「お手伝いしましょうか?」

美人係員に笑顔で言われたドーは全身を真っ赤にしている。

クローゼットが開かれた。一流ブランドの紳士服がずらりと揃えてある。

ドーは目が眩んだ。

「莉乃も?」

「ええ、別室でお着替え中です」

無職童貞のドーはスーツなど着たことがない。更衣室から照れながら出てきたドーにまた美人係員達が駆け寄るとテキパキと整えていく。

「ささ、こちらにお掛け下さい」

「一旦スーツはこちらへ」

これも半ば強引に座らせるとイスが自動的に動いて仰向けにされ、洗髪が始まった。

髪をセットし、ドライヤーを当てる。プロの技術だ。

大きな鏡が目の前にある。係員たちはドーの両側に立って男性用メイクを施す。

「こ、これが俺?」

「そうですよ。土手さんはスタイルもいいし、ブランド服がよく似合います」

「肌もとってもきれいです」

「あ、いや、これは俺、童貞なんで」

「え!童貞なんですか!?」

「は、はい。彼女いない歴=年齢の童貞なんです」

美人係員たちは顔を見合わせ、声を揃えて言った。

「素敵じゃないですか!」

「え、え、ドドド、童貞が、ですか!?」

「童貞は凄く人気ありますよ」

「ま、まじですか?」

「童貞は昔から人気ありますよ。ね?」

もうひとりの美人係員が応える。

「そうですよ。誠実な草食男子は昔から人気あります。自分も地味な草食女子だから童貞の人がいいっていう女子もいっぱいいますよ。それに今は特に性病が蔓延していますからね。これはきっと女子の種族保存本能だと思うのですが、性病を持っていない完全童貞の人気はますます高まっています」

「そ、そうなのですか……。なんだか元気出てきましたよ」

「ドーさんって呼ばれているんですよね?」

「ええ」

「好きな人はいるんですか?」

「え、いや、なんていうか、その……」

その美人係員が心なしか胸を近づけてくるようにドーには感じられた。

「私、立候補しちゃおうかなあ~?」

「ちょっとやめなさいって。ドーさんにはちゃんと好きな人がいるんですよね?」

「い、いや、なんていうか、その……」

「あー、いるんだあ。煮えきらないところが童貞らしくていいですね」

ドーは更に顔を真っ赤にする。

「話すくらいは、まぁ、普通の話は普通にできるんですが……」

「自信持ってください!」

「頑張って!」

完成したようだ。ドーは立ち上がって改めて鏡を見た。

王子のように輝く美男子がドーを見ている。


美人係員たちに礼を述べてから通路に出ると、また先程の美人係員が待っている。

ドーを扉の前に案内する。この向うには莉乃がいるのだ。

「もう少しだけお時間かかります」

ドーは頷いた。しばらくするとドアが静かに開かれて漏れ出ずる光に浮かぶ可憐なシルエット。

「ステージでも着たことないよお~」

純白の最高級ドレスに身を包んだ莉乃が現れた。一流デザイナーとプロの職人たちに丹精込めて製作されたその生地にはダイヤモンドと純金の撚り糸が極めて巧みにあしらわれており、莉乃のきめ細やかな白い肌を瑞々しく輝かせ、そしてその引き締まったスタイル、すらりと伸びた優雅な脚線ラインを的確に際立たせていた。

「わー、ドーだあー!ドーがかっこよくなってるー!!」

メイクをしていないことにドーは気づいた。自然に言葉が溢れた。

「可愛いよ。莉乃」

莉乃は小さな驚きを表情に浮かべた後、照れくさそうに微笑んだ。

(好きだよ)とまでは言えない。ドーは童貞なのだ。

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