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13、ザ・おんぶ

ドーと莉乃が乗ったバンが停車した。

「ちょっ、ジャーマネー!ここじゃないよお!」

莉乃がマネージャーの隣で声を上げる。

「あそこの角を右に入ってーかーらーのー」

「知ってるよ!」

「知ってるなら……」

「えっと、土手君?」

「なんでしょう?」

「ここで降りて下さい」

「えっ!?」

「ちょーっと、なんで、『フォーチューンセンター』の前で一緒に降ろしてよ」

「だーめ!土手君はここで降りてもらって一人でフォーチューンセンターに行ってもらう。莉乃はもう一周廻ってから建物の前で降ろす」

「な~んでそんな……?」

莉乃は気がついた。

「うーん」

「あ、ボクは全然構いませんよ」

ドーはよくわからないが空気を読んでそう答えた。

「そうじゃないのよ。マネージャーはスキャンダル報道を恐れてるわけ。どこかでまた目ざとい誰かが傘で顔見えなくても手や足や靴やアクセサリーやシルエットから『荻原莉乃が男子と歩いてるーっ!』ってSNSするかもしれないって。それで男子のドーにはここで降りて一人で行ってもらって、少しぐるっとその辺廻ってほとぼり覚ましてから、女子の私を建物前で降ろしてくれようとしてるわけ!」

「そ、そうなのか。この前は奇跡的にセーフだったわけか」

「この前ですって?あんた街ナカを男性と歩いたの!?」

「ほんのコンマ何秒の世界だよお~」

「今度写真撮られたら……」

「わーってるって。もうミニにタコ、いや、耳タコ」

「す、すいません」

「ドーが謝ることないよ」

マネージャーは少し申し訳なさそうに言った。

「いや、ごめんなさいね。ドー君がそんな人じゃないってことはわかるけど、やっぱりその、莉乃は大勢のスタッフを食わせてる大事な商品だから……、まぁ気をつけてほしいわけなんです」

ドーは頷いた。そしてバンから降りると少し雨を見上げてから傘をさし、フォーチューンセンターへと駆け出した。マネージャーには妖魔の話はしていない。バンはまた走り出した。

「莉乃さあ、ほんとわかってるよね?」

「わかってるっての!!」

「あの子、ドー君?本当に地元の幼馴染というだけの関係なんだろうね?」

「そうだよ。秋長先生にもちゃんと報告してある」

「でも二人で一緒に歩いたってのは聞いてないけど?ただ並んで歩いただけ?」

「手なんて繋いでないよ」

「並んで歩いたのは否定しないんだ?」

莉乃は視線を宙に飛ばした。腕を組んで歩いたと言うのはさすがにまずい。

「歩くだけでもまずいんだよねえ~。タレント管理としては」

「管理管理って……」

「それが私の仕事だからね。莉乃は莉乃が思っている以上に多くの人達の生活や人生を支えてるんだから」

「肝に銘じております。あ、あれっ!?」

マネージャーが運転するバンは辺りを一周した後であらぬ方向へと向かおうとする。

「ちょっ!フォーチューンセンターへ!」

「このクルマはテレビ局行きでーす!」

「なんで!なんでそんなこと!!」

「だから言ったでしょ。私の仕事はタレント管理だって。人探しって言ったよね?」

「そうだよ!秋長先生にも話し通してあるし!!」

「莉乃が関わらなきゃいけないことなの?」

「だって!私の地元の!」

「ドー君と、そのテー君がいい人なのはわかるよ?わかるけどね。30歳で無職で、あの子、童貞でしょ?そんな得体の知れない人とは付き合ってほしくないわけよ。首突っ込んで欲しくないの。我がプロダクションとしては」

「ひどいよ!そんなの!私だって友達の……!」

「ちょっと陰ながら協力するだけだ、応援するだけだっていうんでしょ?そういう小さな関わりから泥沼にハマっていくのよ。身に覚えがあるはずでしょ!」

マネージャーはアクセルを踏み込んだ。

「そんなんじゃなーいー!」

「少し眠るといいよ。ちょっと大回りしていくからさ」

「そんな!私イヤな奴になっちゃうじゃん!もうドーにもテーにもあえなくなっちゃう!!」

マネージャーは少し涙ぐんでいる莉乃を敢えて見ない。

「友達はまた作ればいいよ」

莉乃はふ―っと息を吐く。

「かなわないなあ。敏腕マネージャーには!」

「あんたはアイドルのプロ、私はアイドル管理のプロ」

「プロにかかっちゃぁしょうがないな」

莉乃は観念したようだ。シートに深く座りなおすと目を閉じる。

「気付いてるんでしょ?」

「何を~~?」

「莉乃はさ、歩きたかったんだよ。ドー君と」

莉乃は目を閉じたまま答えない。


「どうぞこちらへ」

「すいません。ちょっと待って下さい。莉乃、いや、もうひとりが」

フォーチューンセンターの職員たちは美女揃いだ。上級の職員がドーを案内しようとする。

ドーの顔は真っ赤である。全身から汗が吹き出している。

「おっかしいなあ。ついさっき、そこまで一緒だったのですが……」

職員たちは不思議そうに顔を見合わせる。

「なぜ一緒だったのに一緒に来ないのかは、なんていうか、なんて言えばいいんだろう」

(何やってんだよ莉乃……)

「どうぞ、先生がお待ちです。」

なにかしら職員たちの空気もざわめいている。

ドーは童貞なので批判的な空気を読むことだけは得意なのである。

「すいません。もう少しだけ」

最も上級と思われる職員が言った。

「先生はお忙しいのです。実はこの後、アメリカ大統領との懇談が控えておりまして……」

「え、えええ~~!?」

お忍びで極秘来日中のトリンプ大統領が平手先生とのアポイントをとっているのだ。

緊迫する国際情勢打開のための啓示を得ようというわけである。

「さ、どうぞ」

「すいませんっ!」

ドーは頭を下げた。

「二人じゃないと、莉乃と一緒じゃないと、意味が無いんです!」

ドーは外に飛び出した。激しい雨が降り続いている。

(まさか妖魔に!?)


バンの中で莉乃は寝息を立てている。

マネージャーはホッと息を吐いた。

「ごめんね。莉乃」

(こうするしかなかったのよ。莉乃のために。スタッフのために)

グループ卒業秒読みと言われ、アイドル人生の集大成を迎えようとしている莉乃のキャリアを傷つけるわけにはいかないのだ。グループの総力を結集した卒業コンサート、そして記念番組、「ピン」のタレントとしてのスタートを飾るスペシャル番組、そして冠番組まで各種の大型企画が公に、また水面下で構想されているのだ。万が一があってはならない。信号が赤に変わった。激しい雨が降っている。目の前の横断歩道を行き交う人々が見える。同じ傘に入り肩を寄せ合う恋人たちもいる。

「青春だねえ~」

(彼は危険なのよ。あのドー君、彼には不思議な魅力がある。莉乃はそれに気がついている)

「うーん」

小さく寝返りをする莉乃。眠ったふりをしていた莉乃は密かにドアのロックを解除していた。

寝返りをしてみせながら身体をドアに押し当て、そして一気にドアを開いて外に飛び出した。

「あっ!莉乃っ!!待ちなさい!!」

「次の撮影までには絶対帰るから!」

莉乃は雨の中、傘もささずに駆け出した。


ドーのポケットの中、螺旋石が目を覚ましたかのように強く反応した。

激しくドーを引っ張る。

「こっちか!」

やがて息を切らせながら雨の中を駆けつけてくる莉乃を見つけたドーは傘を放り出した。

「遅かったじゃないか」

「風が強くってさ~。なっかなかクルマが前に進まないんでもう走ってきちゃったよ~」

「お前こんな靴で走ってきたのかよ」

「いちお、仕事の合間を縫ってきてるもんで」

莉乃の靴はステージ衣装のそれである。見栄えはいいが固いアスファルトの上を走るためのものではない。細く白い足の、そのカカトからは血が滲んでいる。全身はずぶ濡れだ。

「昔よくやったよな」

「え?」

「ザ・おんぶーっ!」

そういうとドーは莉乃を背中に担いで走り出した。

「きゃははは!イエーイ!うまうまーっ!走れ走れーっ!!」

頭をポンポンと叩いて鞭を入れてから莉乃はドーの背中にぎゅっとしがみついた。

(温かい……)

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