12、脱出
「あのドーに……」
「女友達がいたとはね」
「それだけじゃねえよ」
「ね。」
マスターとおかみさんがヒソヒソ話だ。
カウンターではドーと莉乃が隣り合って話をしている。
「まるで兄妹だな。確かあの二人さ、地元の幼馴染だと言ってたな」
「そうだね」
「ドーは30歳だろ。あの莉乃ちゃんは何歳だっけ?」
おかみさんはスマートフォンを取り出してさっと『荻原莉乃』を検索した。
「24歳だって。だから今年で25歳。来月が誕生日だ」
「ドーはもうすぐ31歳、彼女は25歳、幼馴染って6歳も離れているものかな?」
「うーん。言われてみれば……。30歳と24歳ではそれほど年齢差はないけど、ちっちゃい頃の6歳って大きいからね。」
「彼女が小学校に上がる頃、ドーはもう中学生くらいだろ?」
「小6じゃないかな?」
「彼女が中学卒業して上京してアイドルになるってとき、ドーは20歳過ぎてるわけだ」
「ドーって大学行ってたっけ?」
「聞いたことねえな。地元で働いてたんじゃねえの?」
マスターとおかみさんがそんな話をしていることなど全く知らずドーと莉乃は話し合っていた。
「妖魔か。ずっと私達を見てたんだね」
「奴らの狙いはオレだ。だからオレがこの街からいなくなれば……」
莉乃がドーの顔を覗きこむ。
「それで解決できると思った?」
ドーはしっかりと莉乃の目を見て言った。
「思わない」
莉乃の顔に笑顔が浮かぶ。
「うちらを襲おうと思えばできたはずなんだよ。だけどしなかった。妖魔達の目的は何かを探していて、それをあんたが持ってる。もしくは……」
「これか?」
ドーは螺旋石を見せた。
「これって……!!」
「ああ、平手先生のオフィスにもあったよな」
空が急速に曇り始めた。
「台風が近づいてるんだって」
「俺を追ってる妖魔は雷を撃ってくる」
数人の客が入ってきた。近くで内装工事をしている作業員のようだ。ボックス席に座って注文を取る。しばらく雑談をしていた作業員達がカウンターに気づいた。
「よう、あの子って、似てね?」
「だよな。俺も思った」
「国民的アイドルグループの……」
気配を察したマスターがドーと莉乃にささやいた。
「続きは奥の部屋でしろ」
莉乃は素早く察した。
「あっ!すいません。ドー、お言葉に甘えちゃお!」
「え?いいんすか?」
「早く行け」
マスターがドーを引っ張る、莉乃も押す。ドーはコーヒーを持って立ち上がる。
「後で持っていってやるよ。さっさと行け」
ドーと莉乃は厨房を通って裏の事務室に姿を消した。勘定をしに来た作業員が言った。
「ねえマスター、さっきの子達は店の子?」
「ん?」
「裏に入っていった二人だよ」
「ああ、あれはうちの親戚の子たちなんだ」
「ふーん」
降り出した雨はやがて強い音を立て始めたのが事務室まで聞こえる。
「とりあえずさ、平手先生のところに行ってみようよ」
「そうだな!」
ドーはスマートフォンを取り出すと『フォーチューンセンター』に連絡した。
「あ、あの……、平手先生に相談が……」
「当センターでのご相談は紹介者が必要となっております」
「あの、以前お伺いしたことがあるのですが」
「お名前は?」
「土手ヒロシと申します」
「少々お待ちください」
しばらく音楽が流れる。再びオペレーターの声がする。
「申し訳ありませんが記録にありません」
「ええっ!?」
「それに相談可能になるのは3ヶ月先になります」
「な、なんと……!」
仕方なく通話を終える。ドーが困った顔でふと見ると莉乃が自分のスマートフォンを覗いている。
ドーの電話が鳴った。
「今すぐ来なさい!」
平手先生の声だ。莉乃が親指を立ててウィンクしている。
「秋長先生にライムした。『緊急事態!!』って」
「行こう!」
飛び出そうとするドーを莉乃が止める。
「表にはスプリング・センテンスが待ってる」
「ええっ!?」
莉乃は素早くファン掲示板もチェックしていた。
『荻原莉乃が男と喫茶店にいたwww』
莉乃が乗ってきたクルマの画像もアップされている。
作業員の一人がさっそくシロウト記者として書き込んでいた。
「なんてこった!」
「慌てない慌てない」
莉乃は素早くあちこちにライムを打つ。
厨房の電話が鳴った。
「はい、喫茶『いつもの店』」
「裏にいる荻原です。あ、本名は小倉っていうんですが」
莉乃は状況を説明すると裏口にクルマを呼んだこと、そしてマスター夫妻への感謝の言葉を述べた。
「ドーを借りていきます。なんかどうも地球とか太陽系とか、なんかそんなようなものを守らなきゃいけないみたいなんで」
マスターは力強く答えた。
「おう、存分に使ってやってよ!」
「それと、あと、お願いがあって……」
「おう、なんでもどうぞ」
裏口に型落ちのバンが停まった。莉乃のスマホに連絡が入る。
「来た!」
莉乃のマネージャーが入ってきた。
「ここにいたか!」
「状況は伝えたとおり」
「了解」
「さ、早く」
ドーと莉乃はバンに乗り込むと身を伏せながら店を後にした。
しばらく行くと莉乃は言った。
「もういいよ」
ドーは身体をあげた。
「ふー、芸能人は大変だな」
「もう慣れた」
店にいた客が席を立つとマスターに聞いた。
「駐車場にいいクルマ停まってますね。まるで売れっ子芸能人が乗るクルマだ」
「ああ、あれは俺のだよ。これが鍵」
マスターはポケットから鍵を取り出した。
「可愛い鍵ですね」
女物の可愛いアクセサリーがついている。
「家内の趣味でね」
勘定を済ませたスプリング・センテンス記者は外に出ると舌打ちした。
「チッ……」
駐車場にあるスポーツカーを見て呟いた。
「俺も喫茶店始めようかな」
雨の中をトボトボと去りながらファン掲示板を開いた。
莉乃は使いの者にクルマを取りに来させると言った。それまで鍵を預かっていてほしいと。
しかしクルマ好きのマスターは自ら運転して局まで返しに行ってやるよ、と強引に請け負った。
ファン掲示板には新しい書き込みがあった。
「ガセだよ」