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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロリータ街

作者: ラジオ

「ようこそ、ロリータ街へ」


 私が目を開けた瞬間、目の前に立つ少女が両手を広げて歓迎した。太陽の如き眩しい笑顔に勝るとも劣らない、フリルの付いたきらびやかな衣装。

 少女の後ろには、数多のテントとレンガ・石造りの建物、そして少女と同じ風貌の少女たちでひしめく一つの『街』が広がっていた。地面は乾いた砂地で、頭上では雲一つない碧天が羽を広げている。


 なぜだか私は木製の椅子に座っていた。見たところ私も同じような恰好をしているようだった。小さな手は透き通るような白さだった。視線を左右に向けると、高い木の柵が緩やかに湾曲しながら街を包み込んでいた。私の真後ろでは、両開きの門が威風堂々とした出で立ちでぴったりとその扉を閉ざしていた。柵の合間から窺える限り、この街の外は広大な砂の雪原が地平の彼方まで続いているようだった。


「あ、あの……えっ」


 ひとしきり周囲を観察した後、私はとりあえず何か尋ねようと声を発したが、その声に虚を突かれた。予想外なほど甲高く透明な声。思わず身体の芯が跳ねそうになった。


「心中お察し致します」


 目の前の少女が持ち前の輝かしい笑顔を崩すことなく言った。


「おそらく御記憶がないのでしょう?」


「はい……」


 私は恐る恐る返事をする。最初は目前の光景にただ圧倒されて混乱していたが、すぐに自分のことを全く思い出せないことに気付いた。今は誰かもわからない自分が見知らぬ土地にいることが、ただただ恐ろしかった。


「心配ありませんよ。時々記憶を失った状態で来られる方がいらっしゃるんです。知っている範囲のことは私がご説明致します」


 宥めるような少女の言葉に、私は少しだけ心が軽くなった。


「まず、ここは天国です」


「えっ……」


 説明の第一から私は驚愕した。少し安心したばかりである手前、ショックは大きかった。


「私、死んでるんですか?」


「あなたの前世に関しては存じ上げませんが、ここにいらっしゃるということは、そういうことになるでしょうね。お悔やみ申し上げましょうか?」


「い、いえ……結構です」


 少なくとも自分から頼んでお悔やみ申し上げてもらう風習はなかった気がした。


「この〈天国〉は、通称『ロリータ街』と呼ばれています」


「ロリータ街……」


 先ほども聞いた言葉だが、何となくわかるようなわからないような、曖昧な気分だった。


「一応ご説明させていただきますと、ロリータというのは清く、尊く、美しく、そしてあどけない少女の姿をした神、もしくは天使のような存在――つまり私たちやあなたのような風貌の方々のことです。このロリータ街にはロリータしか立ち入ることは許されません。あなたはまず、ご自身がこの〈天国〉へ来られたことを光栄に思うことから始めましょう」


「はぁ……」


 どこか宗教じみた物言いに私は心持ち身を引く。


「いつまでも門の前で話すのも無粋ですし、そろそろご案内致しましょう。道すがら詳しくご説明致します」


「あ、わざわざありがとうございます」


 私は椅子から立ち上がりながら礼を言った。華奢な足が軋むようにポキっと鳴った。随分と長くこの椅子に座っていたようだった。


「お礼なんて滅相もございません。あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はロリータ番号3014、〈案内役〉ロリータです。あなたを終始笑顔でご案内することが、〈天国〉での私の役目なのです」


 門の影から出ると、強い日差しに思わず目が眩んだ。汗ばみそうな陽気だったが汗が滲まないのは、このロリータ街が死後の世界であることの証のように思えた。






〈案内役〉ロリータの言によれば、私が目覚めた門から入ってすぐの広場がロリータ街の最も賑わう区画で、それは門から訪れてきたロリータを快く迎える意思表示の表れでもあるそうだった。

 街というほど建物は多くはなく、石やレンガで組み立てたいくつかの背の低い簡素な建物が、容赦のない日差しを所々で遮蔽しているだけだった。代わりに、食べ物を並べた屋台や様々な娯楽を提供するテントが軒を連ねていた。人々は時に笑顔で、時に泣き顔で娯楽提供用のテントを出入りし、お腹が減れば連れと屋台を指差し、代金の要らない料理を堪能していた。娯楽を享受する方も提供する方も、みなが華々しい衣装に身を包んだ青白く輝く肌のロリータであった。


「あちらで摩訶不思議なマジックを披露している方が、〈大道芸〉ロリータです。あの石壇の前の座席は、いつも驚きと愉快を求めるロリータたちで満席になっているんですよ。ここでは、全てのロリータが他のロリータのために働き、そのロリータもまた別のロリータに笑顔をもらっているのです」


 私は日の差す壇上で芸を披露するロリータを眺めた。その真っ白な美しい顔に滑稽な表情を作り、衣装を翻しては観客に興奮を与えている。衣装の反射する日差しがロリータ街の活気そのものに思えた。


「みなさん、本当にきれいな容姿をしていますね。肌は真っ白ですし、衣装もまるでみんなお姫様のようです」


〈案内役〉ロリータは、ふと手鏡を取り出し、私にどうぞ、と差し出してきた。


「あなたのお顔も本当に可愛らしいと思いますよ」


 私は受け取った手鏡で自分の顔を確認した。小さく膨らんだ頬は純白で、触れると柔らかな弾力が指に返ってきた。


「生前の私はきっとこんなには可愛くなかったでしょうね」


 自嘲気味に言ってみたが、〈案内役〉ロリータの返事は少し遅れた。

 私たちは広場を抜け、人のまばらな路地に入った。


「このロリータ街のロリータたちがみな美しいのは、我々が生前の魂を入れて作られた機械仕掛けの人形だからなのです」


「機械仕掛けの人形……?」


 私は身体を触ってみたが、機械の感触は微塵もなかった。


「このロリータ街で最初に神様に作られたのが、〈少女製造師〉ロリータです。〈少女製造師〉ロリータが作られてからは、私やあなたも含め、ロリータ街の全てのロリータが〈少女製造師〉ロリータによって製造されています。そして全てのロリータは製造された順に番号を与えられます。〈少女製造師〉ロリータは1、私は3014、あなたは3393番です」


「つまり、このロリータ街には私を含めて3393人のロリータが暮らしているのですか?」


 路地の向こうからロリータが歩いてくる。〈案内役〉ロリータは口をつぐみ、軽く会釈をして、相手が離れてから私の質問に答えた。


「いいえ。ロリータ街の人口は数百程度だと言われています。ロリータ街のロリータたちは古くなって自壊すると、新しいロリータを作る材料となるからです。街の至る所に排水溝があり、ロリータが亡くなると、その血液は排水溝を通って〈少女製造師〉ロリータのもとに集まり、残りは〈運び屋〉ロリータによって回収され、やはり〈少女製造師〉ロリータのところへ運ばれます。それらから、〈少女製造師〉ロリータが再び新たなロリータを製造するのです」


「その〈少女製造師〉ロリータが古くなったらどうするのですか?」


「ロリータ街の存続に重要な役割をもつロリータは、ロリータ番号2の〈機械技師〉ロリータによって定期的に修理されます。〈機械技師〉ロリータはご自身を修理できるので、ロリータ街には一人しかいません。〈機械技師〉ロリータは各ロリータの状態を定期的にチェックされますが、余程重要な役割を与えられたロリータ以外は、修理されることはないでしょう」


「私には何か役割はあるのでしょうか? いきなり何か言われてもうまくできる自信はないのですが……」


「申し訳ありませんが、新たに作られたロリータにはしばらくの期間〈名〉を伝えることが禁じられています。その期間が過ぎれば、役所で自分の〈名〉を確認し、基礎訓練を受けることができます。今のあなたはまだ役所に入ることはできません」


「そうですか……」


 私はふと疑問に思った。


「でも、みんな何らかの役割をもっているのに、その役割のことを〈名〉と呼ぶんですね。個別に与えられる普通の名前とかはないんですか?」


「詳しくは私も存じ上げませんが、全てのロリータに役割が与えられているわけではないようです」


 説明を受けているうちにロリータ街の中心街を抜けたようだった。娯楽施設が減り、ロリータの数が一気に減った代わりに小規模の牧場が散見されるようになった。

 各牧場にはレンガ造りの小屋が付き、小屋の外では馬や驢馬、羊、ヤギといった家畜が日陰の砂地を伸び伸びと歩いていた。数人のロリータがそれらの世話をしているようだった。別の小屋には大切に飼育されている豚や鶏の姿もあり、時折驢馬の引く台車にそれらが何頭も乗せられているのも見かけた。


「何か仕事をするなら、動物相手が気楽でいいですね」


 私は広場の活気とは打って変わってのどかな牧場風景に、心地よさを覚えて呟いた。ロリータ街の中心部は、いくつかの娯楽エリアと牧場エリアで形成されているようで、見方によっては家畜のいる牧場をロリータ街の中心で大切に囲っていると言うこともできそうだった。


「向こうに〈解体屋〉ロリータがいらっしゃいます。あの方も〈機械技師〉ロリータの修理を受けていると噂されています」


〈案内役〉ロリータはこの牧場エリアの真ん中の方を指差した。数台の屋台と、台車がいくつか同じ場所に置かれている。

 私はこの牧場エリアの所々でたくさんの台車が並んでいるのを見たことを思い出した。台車がよく使用されるからか、台車の奥には大抵、大型の荷馬車がいくつも埃を被っていたが、物を運ぶのが台車で事足りるのなら、荷馬車がある理由がわからなかった。


「……こんにちは」


 屋台の合間で豚を屠殺していた〈解体屋〉ロリータが顔を上げ、物静かな声音で言った。


「初めまして……」


 私は〈解体屋〉ロリータに目を合わせないように返事をした。


「食べる?」


「えっ?」


 私はエプロンを血に染めてまっすぐにこちらを見つめる〈解体屋〉ロリータに怖気をふるった。


「い、いえ、それはちょっと……」


 私の反応で察したのか、〈解体屋〉ロリータは少し離れた自分の背後の屋台を示した。


「こっち。昨夜入ってきた新鮮な肉よ?」


 そちらの屋台では鉄板の上でブロック状の肉が焼かれていた。


「ああ、そっちでしたか……」


 私は向こうの屋台から立ち上る煙と肉の焼ける音に、自分が空腹であることを教えられた。

〈解体屋〉ロリータはバケツで手を洗ってから、トングで焼けている肉を石の皿に載せて、布の小片と合わせて差し出してきた。


「あ、ありがとうございます……」


 私は〈案内役〉ロリータに教えられた通り、肉を布で挟んで摘まみ、噛み千切って食べた。だいぶ硬かったが、味付けがされているようで、ぺろりと食べられた。


「牧場では、家畜から長い間離れられないロリータのためにこうした屋台が用意されているのです」


 私は〈案内役〉ロリータの説明に頷き、


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


〈解体屋〉ロリータは小さな口を僅かに綻ばせた。






 ロリータ街中心部の中でも、いくつもある娯楽エリアと牧場エリアの狭間に一点存在しているのが、役所エリアだった。この区画には、これまで見なかったような立派な建物がいくつかあった。


「こちらの二棟一連なりの建物が役所です」


〈案内役〉ロリータは砂地にポツンと建つレンガ造りの建物の前に来たところで言った。屋根の高さはせいぜいロリータ二、三人分といったところだが、壁一辺あたりとなるとその長さは一気に倍増した。入口と思われるドアが同じ面に二つあったが、どちらもぴったりと閉ざされていて、堂々たる風格を感じさせた。

 時折、住人と思しきロリータが物珍しげに私を見ながら役所を出入りしていた。


「後ほど再び触れさせていただくことになりますが、こちらの役所では主に生活に関わる種々の事柄に関する手続きを行います。各非専門種の職業訓練や転職――つまり〈名〉の変更もこちらで行うことができます」

「私はまだ入れないんですよね?」


「はい、役所には各ロリータの〈名〉が掲示されておりますので。しかし所定の期間が過ぎれば立ち入りの許可が下りますから、その点はご安心ください」


 新参者が役所に入れない理由は謎だったが、これほど立派な建物だと立ち入りに許可が必要であることも頷けてしまうような気がした。


「向こうにある建物も役所ですか?」


 私たちの場所から少し離れたところに、役所ほどではないがまともな建物と呼べる程度の独立したキューブ状の物体があった。


「あちらに複数設置されているのは牢獄です」


「牢獄?」


 空耳かと思ったが、〈案内役〉ロリータは何でもなさそうに笑顔を浮かべたまま「はい」と答えた。


「このロリータ街が〈天国〉であることに変わりはありませんが、それはこのロリータ街にルールを破る不届き者がいないということではありません。そういった方々を見つけ出し、拘束するだけの自治が伴ってこそ、初めて安心安全の我らが〈天国〉と呼べるのです」


「なるほど……てっきり天国は善人しか来られない、天上の聖地のような場所かと思っていました」


〈案内役〉ロリータはクスッと笑った。


「どんな方も、都合の悪いどこかのどなたかにとっては悪人だったりしますからね」


「知らないところでそういう風に思われるのは御免ですけどね」


〈案内役〉ロリータは再びクスクスと笑った。


「せっかくですし、牢獄の方も見に行かれますか? この〈天国〉の治安を守るために働くロリータが数人、見張りに付いていらっしゃるので、特に危険はございませんよ」


 私は特に断る理由もなかったので、〈案内役〉ロリータの提案に従って二人牢獄へと立ち寄った。

 罪人だというロリータが拘束されている牢獄は、至ってシンプルな造りだった。レンガを組み立てた四角い建物の壁面に、一定の間隔で内側の様子を窺える通風孔が設けられ、罪人はその内側の狭い空間に数人ずつ収められていた。手足の鎖はレンガの壁に固定され、せいぜい腕を掻くことくらいの身動きしか許されていないようだった。

 牢獄には二人以上の見張りが付き、通風孔から絶えず目を光らせている。少しでも不審な動きを見せれば、手にもつ身の丈の倍ほどもある槍の柄で「しつけ」されるのだという。

 私が通風孔から覗いて知ったのは、これまで見かけたロリータの衣服が一度着れば二度と外せないようなタイトなものだったのに対し、囚人たちのそれはゆったりとしていて、ボタンまでついたドレスだということだった。美しいことに変わりはなかったが、私の中には疑問しか浮かばなかった。

 私たちの立ち寄った牢獄には、やつれた顔の囚人と、目力の強い囚人、そして目つきの険しい囚人が拘束されていた。


「右から〈憔悴した囚人〉ロリータ、〈脱獄を企てる囚人〉ロリータ、〈反抗的な囚人〉ロリータだ」


 見張りのロリータの一人が説明した。


「え……それって、〈名〉ですか?」


 私が戸惑いで見張りから〈案内役〉ロリータに顔を移すと、〈案内役〉ロリータは「はい」と答えた。


「このロリータ街で問題を起こしたロリータは、拘束される際に〈名〉を変えられます。問題を起こした直後に牢獄へ収監されるので、〈名〉は後から付けられているようです」


「まったく、オレたちだけ面倒な囚人に当たっちまったよ」


 先ほどの見張りのロリータが言った。


「右のは体調に細かく気を遣わないといけないし、真ん中と左は何度も「しつけ」なきゃならん。四六時中見張っているこちらも、こいつらと同じような生活になっていることを考えて欲しいものだ」


「確かに、大変そうですね」


 私は労った。


「報酬がなければやってられないさ、こんな重労働」


 見張りのロリータは、槍を握っていない方の手でボタンを宙に弾いてはキャッチしながら、日陰に置かれた椅子へ戻っていった。

 見学していた牢獄を離れようとしていると、ふと〈案内役〉ロリータが足を止めた。

〈案内役〉ロリータの視線を追うと、別の牢獄の傍をうろうろしているロリータの姿があった。


「あの方がどうかしましたか?」


「いえ、以前私がご案内した方のお一人というだけです。ただ、あの方も役割のない〈名〉を与えられていたことを思い出したのです」


「何ていう〈名〉なのですか?」


「そうですね、この距離ならあちらに聞こえることはないでしょう。あの方はロリータ番号3159、〈心配性〉ロリータです。おそらく役割を与えられていないロリータの中では最も古参の方でしょう。役割を与えられていないと言っても、囚人同様、非常時には別の意味で『役割』をもっていらっしゃいますが」


「それってどういう……?」


〈案内役〉ロリータは屈託のない笑顔を私に向けた。


「最近のロリータ街では、〈少女製造師〉ロリータによって絶えずロリータが生まれ、また、ロリータが亡くなっています。これはロリータ街が安定していることを指していますので、その『役割』を果たす必要がないということです」


 私の求めていたものとはまるでかけ離れていた回答だったが、〈案内役〉ロリータは説明を終えるや否やすたすたと歩いていってしまったので、私にはそれ以上踏み入った質問は許されなかった。

 役所の傍まで戻ると、〈案内役〉ロリータは振り返って言った。


「中央部のご案内は以上になります。お次はロリータ街の外縁部へご案内致します」


「あれ?」


 私は頭の中に描いていた地図を開いた。


「たぶん、まだ見ていないところがあると思うのですが」


 私が言うと、〈案内役〉ロリータは表情を崩さずじっとこちらを見つめてきた。一度も解かれることのない時の止まったようなその笑顔が、段々キツネのお面のようにも思えてきた。


「ここって中央部の東に位置するエリアですよね。反対の西側がまだだと思いますが……」


 私が付け加えるように言うと、〈案内役〉ロリータはようやく口を開いた。


「『さすが』ですね」


「さすが?」


「そちらは進入禁止エリアとなっております」


〈案内役〉ロリータの説明はそれだけだった。


「そうでしたか」


 それなら仕方がないと、私は詮索するのをやめて〈案内役〉ロリータの後に従った。






 最後に私が案内されたのは、ロリータ街の中央から外れた、外縁部の居住エリアだった。柵の手前まで、スペースが許す限り数多のテントが無造作に設置されていた。中央へ続くいくつかの道さえ避ければ自由に設置してよいらしく、悲鳴を上げたくなるほど窮屈だった。

 ロリータ街の中で見かけたロリータの総数は、最初に最も密度の高いエリアを見たこともあって少ないように感じたが、その認識は正しかったようだった。〈案内役〉ロリータが言った通り数百もの数の住人が全てこのエリアで居住しなければならないとすれば、もはや住民の数は現時点で満員と言えた。


「もう日暮れの時間ですね」


〈案内役〉ロリータが紫色に染まった空を見上げて言った。我先にと言わんばかりに星が何個かすでに瞬いていた。

 昼間にロリータ街が吸収した熱気は澄んだ夜空へと解放されていき、先ほどまでの日向の灼熱が嘘のように涼しかった。


「あの、水が飲みたいのですが。どこかでいただけますか?」


 私は少し前から抱いていた渇感を打ち明けた。

〈案内役〉ロリータはテントの合間を歩き出しながら言った。


「これからあなたの住居へご案内致しますので、その中に常備されているお水をご利用ください。お水が無くなったら、役所にて申請してくだされば受け取ることができます。お手洗いは居住エリアに複数設置されておりますので、そちらをご利用ください」


〈案内役〉ロリータが導いたのは、数あるテントの一つで、入り口の上から『i』と書かれた垂れ布が下がっていた。


「あなたはロリータ番号3393番なので、『i』の空き家であれば住居の移動が可能です。その際は必ず役所で申請をしてください。家は乱雑に並べられているようにも見えますが、それぞれどなたが住んでいるかは役所の方で把握することになっておりますので」


「『i』っていうのは……?」


「ロリータ番号を6で割った余りによって決まるアルファベットの家に居住する決まりになっているのです」


 私が困惑の表情を崩さないでいると、〈案内役〉ロリータはヒントでも出すようにこう付け加えた。


「ちなみに、余りが0なら『L』、2なら『l』、4なら『t』です」


「ああ、なるほど」


 私がようやく理解して笑うと、〈案内役〉ロリータはこのまま休むかどうかを尋ねてきた。


「そうですね。今日はさすがに疲れました。実は門の前で起きた時から頭が重かったんです」


「そうでしたか。しばらくはこの〈天国〉でのんびりとお過ごしください。役所へ入る許可が下りれば〈役人〉ロリータの方からお会いに来られると思いますので」


「わかりました。今日は一日街の案内をしてくださってありがとうございました」


「いえいえ、お気になさらないでください。これが私の役割ですから」


 まるで定型文のように返すと、〈案内役〉ロリータは丁寧に辞儀をしてから辞去した。

 私はテントに入り、寝床に腰を下ろして隅に置かれたスキットルを手に取った。水を二口ほど喉に流したところで、ふと脳裏によぎるものがあった。

 おそらく生前の仲間たちと交わした約束。どんな約束だったかまでは思い出せないが、大きな組織に属していた気がした。記憶は曖昧で、思い出そうとするほどに頭に痛みが走った。

 一日街を歩いたことで身体が疲れたのか、私は一気に眠気に襲われた。曖昧な記憶は、いつしか門の前で目覚める前に見ていた夢だと思う意識とすり替えられ、そのまま眠りの淵に沈んだ。

 やがて近くで複数の小さな話し声が聞こえ、身体が浮いた気がした。






〈案内役〉ロリータが傍らでランプの灯ったドアを開けると、長机で書類整理やペンを走らせて慌ただしく働くロリータたちが顔を上げた。〈案内役〉ロリータであることに気付くと、


「お疲れ様」


「首尾はどう?」


 と忙しいながらも多くが気さくに声をかけてきた。


「ありがとうございます。順調です」


 自分の席へ着いた〈案内役〉ロリータにすれ違いざまに話しかけてきたのは、上司に当たるロリータだった。両手に抱えた書類の束を運搬へ回っている部下に渡す途中のようだった。


「相変わらずの鉄仮面ね」


「そうでしょうか……?」


「あなたのその癖はとても疲れそうね。一人で休む時くらいはリラックスするといいわ」


「お気遣いありがとうございます」


 上司のロリータは肩をすくめた。


「まあ、報告だけは忘れずにね。今日はもうしばらく忙しくなりそうだけど、明日の朝には移動が始まるから。私たちはゆっくり休めるわ」


「はい」


 上司のロリータが離れていくと、〈案内役〉ロリータは無線機を取った。


「こちら3014番、ご報告です」


〈どうぞ〉


 応答を待ってから、〈案内役〉ロリータは口を開いた。


「3393番の移送が先ほど開始されました。十五分後には作業場の方へ到着する予定です」


〈了解したわ。報告お疲れ様〉


 無線の相手が返す。


〈住民に移動準備を急がせてね。今回の移動は他とは訳が違うから〉


「はい。ただ今職員一同対応を急いでおります」


〈それじゃあ、またキャラバンでお話しましょう〉


「はい、光栄に存じます」


〈ふふ。あなたはいつも硬いのよね〉


「申し訳ございません。柔軟になれるよう努力致します」


 無線が切れると、〈案内役〉ロリータは自分の責務を探して周囲を見回した。未だ取り外されていない数百のプレートが目についた。

 掲示板へ移動し、プレートを手早く外していく。しばらく荷箱と掲示板の間を往復したのち、最後のプレートを手に取った。

『ロリータ番号3393、〈裏切り者〉ロリータ』。






 ある晩、作業場で屠殺後の家畜の解体処理を終えた〈解体屋〉ロリータは、手を洗い、血塗れのエプロンを屋台の一つに掛けると、道の真ん中を華奢な足で歩き始めた。夜空を見上げるが、真っ暗な天蓋には輝き一つ見出せなかった。

〈解体屋〉ロリータの足はロリータ街中央西部――進入禁止エリアへと向いた。〈衣装屋〉や〈建築士〉といった重要な専門職人の住居、工房が建てられている、言わば中枢区画(ブレインエリア)と言えたが、〈解体屋〉ロリータの自宅は、その隅にぽつんと建てられていた。ロリータ街において、仕事内容の拡張によりテント生活から一軒家居住へと昇格したロリータは〈解体屋〉ロリータだけだと言われている。拡張された仕事内容の特殊さから、〈少女製造師〉にロリータ街存続に重要なロリータであることが認められたのだった。


 寝床と棚しかない自宅のドアを開けて棚の前に立った〈解体屋〉ロリータは、再びエプロンを着用した。次いで長い布を取り、目の下からあごまでを覆うように頭の後ろで結んだ。それから棚の脇に掛けられた大型動物解体用の大斧を取ると、長居することなくさっさと家を出た。

 向かった先は〈機械技師〉ロリータの〈工房〉兼自宅だった。

 コンコン、と軽くノックする。応答はない。

 何度かノックを繰り返し、やはり応答がないことを確認すると、ドア脇にある紐を強く引いた。

 と、ドアの向こうでけたたましくベルが鳴った。慌ただしい足音がしたかと思うと、やがて鞄をもった〈機械技師〉ロリータが顔を出した。


「夢は覚めたかな?」


「最後の一瞬だけ悪夢になりましたよ」


〈機械技師〉ロリータが寝ぼけ眼で言った。


「そろそろ僕の〈修理〉は受けてくれているのかな?」


「もちろん、棚で安静にしているわ」


「あらら。まだ後継者は見つかっていないんだから、無理は禁物ですよ?」


「まだ夜空が暗い程度よ。心配しなくても、そうそう死んだりはしないわ。さあ、行くわよ」


 中央西部エリアを抜けた二人は、門を出ところにある検問所を訪れた。ランプと共にテントがいくつか張り出され、槍を手にした警備のロリータがあちらこちらに待機していた。

〈解体屋〉ロリータと〈機械技師〉ロリータは大型のテントの一つに入った。

 中では〈少女製造師〉ロリータが椅子に座り、隅に〈案内役〉ロリータと数人の警備のロリータが待機していた。


「今日は何人?」


〈機械技師〉ロリータが天気でも尋ねるように訊いた。


「三人だ。今テストを受けさせてる」


〈少女製造師〉ロリータは腕組みをしながら答えた。


「おお、三人もいれば一人くらい僕の仕事を手伝ってくれる有能な子がいるかもしれないね。楽しみだ、楽しみだ」


〈機械技師〉ロリータは喋りながら空きの椅子の一つに腰掛け、〈解体屋〉ロリータの方を向いてもう一つの椅子を示した。


「そうだね、まだかかりそうだし座らせてもらうよ……」


 空きの椅子に向かいながら、〈解体屋〉ロリータは〈案内役〉ロリータを見る。


「あなたも座っていいのよ?」


「いえ、私は結構です」


 いつもの笑顔に、〈解体屋〉ロリータはふふ、と笑った。


「見たところ医師がいるようには見えなかったぞ」


〈少女製造師〉ロリータが言った。


「〈少女製造師(ファースト)〉は一目見ただけでその人の前世の職を断言できるのかい? 手術前の姿でさえ誰にも想像し得ないって言うのに」


「立ち居振る舞いから想像できることもある。あいつらは官吏の仲間同士だろうな」


「じゃあ僕は官吏じゃない方に賭けよう。僕が勝ったら次期〈ファースト〉の座はいただくよ」


「こちらが勝ったら〈機械技師(セカンド)〉の定期検診を月二に増やさせてもらおう。頻度は多いに越したことはないからな」


「……君は本当に定期検診の過酷さを分かってない。もう虚しい争いはよそう」


 二人の会話の調子が何度か山と谷を往復した後、テントに警備のロリータが入ってきた。


「技能診断テストが終わりました。結果はこちらになります」


 警備のロリータが書類を〈少女製造師〉ロリータに手渡した。


「一人、面白いのがいるな」


 全ての書類を確認した〈少女製造師〉ロリータは書類を〈機械技師〉ロリータに回した。


「おお、空間把握能力に長けてるのがいるね。〈地図製作者〉かな?」


「そうだな。前任者は後継者を育てる前に勝手に死んだ不届き者だからな。今度はそうじゃないことを祈る」


「他の二人も結構優秀だと思うけど」


「特筆すべき能力がない」


「代えはいた方が、何かといいんじゃない?」


「数が増えれば管理が難しくなるし、水も有限だ。それに、代えならこの〈天国〉の噂でまた蛆虫のごとく寄ってくるだろう。重要なのはロリータ街に必要な能力をもった者だけだ」


「ま、そうだね」


「議論は終わったようね」


〈解体屋〉ロリータは言いながら腰を上げた。


「向こうで待ってるわ」


「ああ、いつも悪いな。あなたがいてくれて助かるよ」


「気にしないでいいわ。別に何とも思わないから」


〈解体屋〉ロリータは斧を片手にテントを出た。


「それじゃ、僕は未来の〈地図製作者〉さんの尋問でいいかな?」


「まだ決まってないがな」


 後からテントを出てきた〈機械技師〉ロリータと〈解体屋〉ロリータは、それぞれ分かれて別のテントへ移動した。






〈案内役〉ロリータの仕事は、〈機械技師〉ロリータにテントから締め出された残りの二人を、一人ずつ別のテントまで案内することだった。


「では、これよりお一人ずつ裏門までご案内致します。こちらの都合で恐縮ですが、機密性保持のため、目、耳、鼻をそれぞれ塞がせていただきます」


「構いません」


〈案内役〉ロリータは、まず返事を返してきた方のロリータに目隠しと耳栓、鼻の詰め物を施した。


「では、後ほどまたお迎えに参ります」


 もう一人に言うと、〈案内役〉ロリータは新参のロリータの手を引いてゆっくり歩きながら、目的のテントへ導いた。

 その真っ暗なテントの中にロリータを入れると、一度耳栓を抜いて囁いた。


「容姿を写生させていただきますので、いったんその場に横になってください」


 新参のロリータは指示に従い、赤い布の寝床の上に仰向けになった。

〈案内役〉ロリータはテント内の暗がりに向かって軽く会釈すると、退室して十分離れた場所から様子を見守った。テントの真ん中で、入り口に足を向けて寝ているロリータが見えている。

 テントの中で、振り上げられる斧が一瞬月明かりを反射した。

 次の瞬間、斧で首を切断されたロリータの胴体が跳ねた。

 二人目のロリータは、テント内の寝床のぴちゃぴちゃという感触に何かを察したのか、突然目隠しを外そうとした。〈案内役〉ロリータがすぐに身体を押さえ、その間に〈解体屋〉ロリータが横から斧を振り下ろした。






〈案内役〉ロリータと協力して解体作業を終えた〈解体屋〉ロリータは、礼を言ってから共に〈少女製造師〉ロリータのいるテントへと戻った。


「終わったか」


〈少女製造師〉ロリータが尋ねた。


「ええ」


「ご苦労だった。〈案内役〉もな」


〈案内役〉ロリータは「いえ」と謙虚に首を振る。


「珍しいわね、〈セカンド〉の尋問が私より遅いなんて」


〈解体屋〉ロリータが言う。


「そうだな」


「薬を使って素性を調べるだけで、こんなにかかるものかしら?」


〈少女製造師〉ロリータは険しい顔で黙り込んだ。

「おい。お前、少し〈機械技師〉の様子を……」と警備の一人が指示を受ける寸前のところで、〈機械技師〉ロリータがテントに姿を現した。


「〈ファースト〉、すぐに移動の準備を始めた方がいい」


〈機械技師〉ロリータの余裕のない表情に、〈少女製造師〉ロリータは目を閉じ、短く「説明しろ」とだけ言った。


「あの三人は保安官だった。すでに保安庁にはここの位置情報が送信されているらしい。ここへの到着と同時に僕らを一網打尽にする算段をつけている」


「いつだ」


「三日後」


〈少女製造師〉ロリータは目を開け、〈案内役〉ロリータに命じた。


「聞いていたな? 明日の未明には移動を開始する。役所に連絡して、明日未明までに全住民が移動できるよう準備させておけ」


「かしこまりました」


〈案内役〉ロリータは小走りでテントを出ていった。


「大変ね」


「まったくだよ」


〈解体屋〉ロリータの呟きに〈機械技師〉ロリータが合わせた。


「そろそろ保安庁には見せしめが必要だな」


〈少女製造師〉ロリータが〈解体屋〉ロリータに向けたのは、その風貌とは似ても似つかない凶悪な視線だった。


「〈解体屋〉。一仕事頼みたい」






 私は尊敬してやまない上司に呼び出されて、廊下の一角にいた。

 やがて現れた上司は、深刻な顔――というよりも通夜にでも出席しているかのような顔をしていた。


「どうかされましたか? 顔色が優れないようですが」


「『ロリータ街』を知っているか?」


 上司は開口一番言った。


「ロリータ街……もちろんです。巷で噂になっているロリータ姿の犯罪者集団のことでしょう? 確か西方の砂漠を移動しながら生活していると聞きましたが」


 でもあれは作り話でしょう、そう言いかけた私に覆い被せるように、上司は断言した。


「ロリータ街は実在する」


 私は愕然とした。


「じ、実在する……? で、でも、ロリータの犯罪者集団なんて……そ、それに実在するなら本庁が黙っているはずが……」


「本庁は過去、秘密裏に何度も砂漠に潜入捜査官を送り込んでいる。だが、みな途中で消息を絶っている。それも、『ロリータ街らしきものを発見した』という報告の直後に、だ」


 私はただ言葉を失った。


「闇には、比較的低額で受けられるロリータ手術というものが存在する。術前の姿に関わらず、容姿をロリータのそれへと変貌させる特殊な手術だ。こちらに関しても撲滅のための捜査を行っているが、芳しくない。それに、可及的速やかにロリータ街を潰して、犯罪者の〈天国〉とも呼ばれるこのロリータ街の噂の流布そのものを止めなければ、この国――いや、世界中の犯罪急増の歯止めが利かなくなってしまう。世界が治安の存在しない完全な無法地帯となるまで、もうそう長くはないだろう」


「何か、私たちにできることはないのですか?」


 上司は顔をしかめて束の間沈黙した。


「……上から、私の最も信頼する部下三人に、ロリータ手術を受けさせるよう命じられた」


 私は心臓を掴まれた思いだった。そして同時に、自分が上司に信頼されていること、栄誉ある任務に就けることに、人生で最も大きな大義を覚えた。

 葛藤はほんの一瞬のことだった。そののちには、たとえ一瞬であっても葛藤を覚えた自分を侮蔑していた。


「私にお任せください」


 上司はしばらく何かを堪えるようにきつく歯を食い縛っていた。

 不意に、私は抱きしめられた。


「帰ってきたら、お前には一生不自由なく思いのままに暮らす権利が保証される。俺からの最後の命令は一つだけだ……」


 必ず――。






 身体の中心を貫く痛みに、私は目を見開いた。星の瞬く夜空の下で、二人のロリータが私を見下ろしていた。一人は見覚えがあった。〈解体屋〉ロリータだ。もう一人の顔は知らなかったが、酷く怯えた表情で何かを握っていた。

 視界の外にあるその何かは、身体を固定されている私には確かめられなかった。

 脳天から股下まで、焼けるような痛みが走っていた。

 私は悲鳴を上げていたが、縫い付けられた唇からはくぐもった息遣いしか漏れなかった。


「あ、あの、死んでるって……」


 怯えた顔のロリータが言った。


「ええ。私もそう思っていたわ。まさかこの状態で目を開けるなんてね」


〈解体屋〉ロリータは怯えるロリータに囁くように言った。


「でもね、生きた人間を殺さないと意味がないの。だって、私の次の〈解体屋〉は、あなたなんだから」


 怯えたロリータの息遣いが激しくなり、目は皮膚がちぎれんばかりに開かれていた。


「さあ。斧の重さを利用して垂直に振り下ろすだけよ」


〈解体屋〉ロリータに促され、怯えたロリータの表情が歪み始めた。表情筋が崩壊したように、狂気に取り憑かれたその顔に様々な相好が入り乱れる。

 狂いゆくロリータが腕を上げ、私の視界に斧の切っ先が目に入った。

 私は力の限りに叫び、身体の拘束を解こうと暴れ足掻いた。

 ロリータが斧を頭上高く振り上げる。痙攣でも起こしたように目まぐるしく変わりゆくロリータの表情が、ついに狂死を遂げたように一つに固定された。

 そこにあったのは、見知った笑顔だった。


「さあ、私の愛しい娘……あなたのために、あなたのお仲間を切断するのよ」


 相手の頬に涙が伝うのを見て、私は抵抗するのをやめた。

〈案内役〉ロリータは斧を振り下ろした。






 保安庁の大部隊は、送信されてきた位置情報を頼りに砂漠の真ん中に現れた。だが、そこには人っ子一人見当たらなかった。


「C地点に十字架のようなものを発見。人が磔にされているようです」


 無線に入ってきた情報に、男は車両から飛び下り脱兎の如く駆けた。部下たちの肩を掴んで道を開け、情報のあった十字架に近付く。


「お待ちください、何か罠があるかもしれません」


「黙れ!」


 部下の制止を振り切って近寄ると、十字架に磔にされていたのは、一人のロリータだった。頭から股下までを貫通する棒状の木が砂中深くまで刺さり、両腕は後頭部の辺りで水平に結ばれた横木に括りつけられていた。よく見ると首が切断されており、また、膝から下は骨が露出し、動物に食われた形跡があった。

 男は、考えるまでもなく真っ先に懐から携帯式網膜認証装置を取り出した。遺体の眼球にレーザーを当て、画面を確認する。

 出てきた名前と顔画像は、男の部下のものだった。

 男は砂の上にくずおれ、慟哭した。

 ――必ず帰ってくるって、約束したじゃねえか。


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