始まる鼓動
森の中で、死の緊張感が彼の心臓を握っていた。
なんで、なんでこんな目に!俺が!
浮かび上がる消化不全の疑問と、全力で走って乱れた呼吸のせいで、脳は酸欠状態。
木々は青々と生い茂り、獣道からはずれた景色は昼間だというのに薄暗く不気味な雰囲気を漂わせている。
断続的なめまいが視界を歪ませる。
「うっ!」
何かにつまずいたのか、こけて腹から突っ伏す姿勢となった。
四つん這いの姿勢から立とうとするが、足に力がはいらない。バランスがうまく取れず、手が地面から離れない。
痛い!痛い!
急に右足ふくらはぎから感じる熱。血がドクドクと溢れ、足をつたう。両手で足を押さえても、血は止まる気配を見せない。立ち上がることさえ痛みで困難だ。
いつこんな大怪我をした?まだ誰も追いついていなかったはずなのに!!
後ろを向くと、目の前に鉄の鎧を着た剣士が立っていた。森の木陰と剣士の兜のせいで、顔はよくわからない。
「はあ、あぁ。や、めて・・・」
頬を伝う雫は涙だろうか、汗なのだろうか。
もう絶対無理だ、逃げれない! 誰か助けて!
心のなかで叫ぶ。
こんな事になるならば、こんなことになるなら!
知らない女の子なんか助けなければよかった!森に入らなければよかった!
今日一日の自分の行動に対する後悔が走馬灯のように頭をよぎった。
「安心しろ」
剣士が腰の剣を抜きながら声を発した。男の声だ。
少しでも距離を取ろうと、尻もちをついたまま後ずさりをする。
涙で視界が歪む。もう、剣士のシルエットしかわからない。
そして、拳で殴られたような衝撃を胸に感じた。
銀色の剣が胸を貫き、溢れた血が制服のカッターシャツを赤く染めていく。
なんで・・・どうして・・・。
男に疑問を投げかけても、声は届かない。遠のく意識の中で、「バカが・・・」という声だけが脳で木霊していた。