エピローグ
それから十年、我々は土地を疲弊させないために別の場所に移動した。といっても、もといたコミューンから半日もかからない場所で、環境も同じようなものだ。丘の斜面で、森と湖に囲まれている。
十年という歳月の間にはさまざまな変化があって当然だが、コミューンの内部に目立った動きはない。いたって平和だ。私は漁のグループに何事もなく転向し、来る日も来る日も湖で魚を釣っている。カバレガや私はもう若くないが、グジは一人前の大人になったばかりだ。彼にはもうすぐ子供が生まれる。
グジの親のイタリたちは、相変わらず森を駆け回っている。マイケルも狩りのグループで活躍しているが、昔と比べて外見が大きく変わった。私より数週間遅れて青い肌を得たことに加え、体型も全体的に丸みを帯びてきている。もともとノウスは中性的な容姿だが、いまでは女性的な要素が際立つようになった。チェチェと二人でいると、まるで一対の男と女だ。そして二人は歳を取らない。時間の流れが止まったみたいに、若いままでいる。
自分の肉体の変化について、マイケルは一度も不安を表に出したことがない。自分がノウスであろうが、それ以外であろうが、血に目覚めた彼にはもはや執着すべき理由がないようだった。同類であるチェチェの存在も大きい。チェチェ自身もマイケルというパートナーができて、長い孤独から解き放たれた。
「ねえ、ブルース」
チェチェはたまに我が家で食事をすると、こう言うのだった。
「ぼくとマイケルは、いずれ完全な異性同士になるのかな。そんなことが起こるとしたら、人間が次のタイプに進化するときだと思うんだ。違うかい?」
「かもしれない」
その問いに対する私の答えは、いつも決まっている。かもしれない。
するとチェチェのほうもいつも通りに人差し指をすっと立てて、次に私を責めるのだ。
「ずるいなあ、君は。瞑想でなにかを掴んでいるくせに。ぼくたちには内緒なのかい?」
私はよく先祖の記憶を夢で見る。類人猿だった頃から、口髭を生やした二十一世紀のイギリス人まで、数百万年に渡る細切れなドラマが私の夢の中で展開されるのだ。我々の先祖は姿を変えて、人類の歴史の片隅にひっそりと存在してきた。あるときは鎧をまとった中世の兵士だったり、あるときは三人の子供を持つ婦人だったりする。
当たり前のことだが、私の生は数え切れないほどの先祖から受け継がれたものだ。彼らも、また“エージェント”だった。
ごく稀に、夢の中にも青い肌の先祖が登場する。いずれも進化が発生した前後の、きわめて特殊な時期だ。新人種が定着しきらない不安定な間は、我々のように血に目覚めてしまうことがあるようだった。
我々が青い肌なのはそうしたわけなのだろうが、もしチェチェとマイケルが子供を産み、その子も青い肌になればまた進化も起こりうる。なぜなら原始には、突発的変異が短期間でたてつづけに発生し、人種が小刻みに変わったり、複数種が共存していることを、私は夢を通じて知っているからだ。しかしそれをチェチェとマイケルに話すつもりはない。未来については私の能力外の問題だ。
「おれは夢で過去の記憶を見るだけだもの。先祖のことは分かるけど、あなたやマイケル、そして子孫がどうなるかまでは一月先の天気を当てるより難しいな」
だから私はそう言い逃れることにしている。どんな予測を立てようが、未来はあるがままにしかならないのだ。
もっとも近い将来か遠い将来か、ノウスは必ず世代交代の時を迎えるだろう。新しい混沌と新しい秩序と新しい世界。我々“エージェント”が絶えない限りは、また本源的認識の函が開かれ、次世代種たちが誕生する。
四十年の人生を私は綴ってきた。なんのために、誰に向けたものなのかいまも明瞭な答えがないままだが、そうする義務が私にはあった。
次代の子孫たちのためにも。私と暮らしたサピエンスたちのためにも。
さて、話しはこれで終わりだ。
ここに書いてあることは自由に捉えてもらって結構。私には誰がどんな世界で、これを手にするのかさえ確かめようがないのだ。あるいは私はこれを自分のために記したともいえる。そういう気持ちは、確かに強く働いている。
とにかく伝えるべきことは伝えた。私は過去を清算できさえすれば、それでいい。あとは時の流れが上手く片付けてくるだろう。
そういうことだ。
私の名は、ブルース。最後のサピエンスにして、青の一族の末裔。
二五二二年、アフリカにて
今までお読みいただき、ありがとうございました。
何年も前に書いたため宣伝もしていませんでしたが、多くの方々にご覧いただき投稿した甲斐がありました。
また、ご迷惑になるかもしれないのでお名前は伏せますが、ツイッターで更新ごとにコメントしてくださる方がいて望外の喜びとなりました。
失礼ながら、この場を借りてお礼申し上げます。
某猫さん、どうもどうもありがとうございました。^^
この小説はあまりなろう向きではないかもしれませんが、今までお付きいただき感謝です。
ではでは~。




