四章 “エージェント”3
「やはりって、おまえ、どういうことだ?」
イタリが帰った後、私はマイケルに問い質した。
思考を整理しようとしているのか、マイケルは指を噛みながら、部屋の中をせわしなく歩いていた。新しい家だから、乾いた泥の匂いや藁の青臭さが渾然一体となって立ち込めている。
「兄さんに例の蛍のことを聞いて、ぴんときたんだ。“彼”は他人じゃない、私たちの縁者だって。精気を分けてもらったとき、どこかで記憶が繋がっている気がしたんだ」
「記憶?」
私は聞いた。マイケルは歩き回るのをやめて、床に座った私の前に腰を下ろした。
「うん、遠い昔の記憶さ。お爺さんや曾お爺さんよりずっと前の。あのとき、眠りながら変な夢を見たんだ。車が行き交う街の風景や、広いホールで音楽の演奏を聴いているところとか。それは全部、昔の出来事だった。街は廃墟じゃないし、サピエンスがいっぱいいた。そんなシーンが、いくつも細切れになって現れたんだ。目を覚まして、私は少しだけ混乱した。自分が体験したことのない、過去の出来事をどうして夢に見るのかってね。でも兄さんから蛍のことを聞いて、咄嗟にある可能性が頭に浮かんだんだ。あの夢は“彼”の思念の一部じゃないか、それが私の中で再生されたのかもしれない、と。直感的に、“彼”と私に重なり合う部分があるように思えた。そして“彼”が私や兄さんを“弟”と呼ぶわけが、おぼろげに理解できたんだ。といっても、確証なんてひとつもない。私の勘違いかもしれない。それで詳しいことは言わなかったんだけど、さっきのイタリの話でほぼ間違いないって分かったよ」
マイケルが掴みつつあった“彼”の実体を、イタリが裏付けした。マイケルの話の主旨は、そういうことだった。ただ“彼”の能力を知り、その“彼”の姿を目の当たりにしたからこそ、私には同族云々という話が素直に飲み込めないでいた。
「文明時代の夢か。確かにおまえが、そんなものを見るのは不自然だけど。でも、そんなことがあるものなのか? 精気に込められた思念が、おまえの中で再生するなんて」
「ちゃんとした理屈は、私にも説明できない。なんとなくそう感じたんだよ。きっと、ただの偶然だろうね。チェチェだって、やろうとしてやったわけじゃない。でも、ささいなきっかけで眠っていた記憶が共鳴しあってしまったんだ。それは、私たちが一本の川の支流だからだよ」
「眠っていた記憶、ね。彼の先祖は、ふつうの人間なのか?」
私が言うと、マイケルは顎に手を当てて考えた。
「ふつうなんじゃないかな。夢の中では、そんな感じだったけど。正直に言って、私もまだ半信半疑なんだ。彼の外見までもが人と違うなんて、想像もしなかった。チェチェはあまりに圧倒的だよ。でも、もしかしたら、私も--」
マイケルはそこで言葉を区切った。小さな溜め息を吐く。
「ねえ、兄さん。もし運命があるとしたら、私たちの運命はかなり特殊なんじゃないかな。細胞のひとつひとつから伝わってくるんだ。なにかとてつもない力が」
「まいったな」
私は両手を広げて降参した。マイケルの話に、相槌を打つこともできなかった。
とてつもない力。それは人の乗った丸木舟を空に飛ばせることだろうか。あるいは蛍を使って、遠く離れた人間に精気を分け与えることだろうか。結局、私にはひとつも理解できない領域の話だった。
「今夜、彼はなにを語るんだろうな。ちゃんと覚悟しておくよ。彼が父さんの隠し子だったら事だからな」
私は笑えない冗談を言い放つのが、やっとだった。




