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二章 呪縛の継承4

「そう。それで、わざわざアルプスから来たの。そんなこととは知らず、槍を突きつけるなんて。悪かったわ」

 私の話が終わると同時に、女は大きな瞳を濡らしていた。とりあえず、私に対する警戒心は解かれたようだった。

「どうして、槍なんて持っているんだい?」

「用心と狩猟のためよ。街中に来ることは滅多にないんだけど、たまに鹿や豚がうろついていることがあるから。逆に、野犬に襲われたときには武器にもなるでしょ」

 女は私よりいくつか年上のようにも見受けられたが、いずれにせよ私には初めて接する同年代のサピエンスだった。袖のない麻の上衣に、腰から下を薄い布で覆っている。ヘーラと同じ浅黒い肌。目鼻立ちがはっきりしていて、彫りの深い顔。きっと土着の民族の末裔に違いない。不審な点はあるが、やっと友好的になれたいま、ヘーラやマイケルが恐れる要素など、私には微塵も感じられなかった。

「こうして、本当に君に会うことができたなんて、まさに夢みたいだ」

「私も、まだ仲間がいたなんて・・・あなたを前にしてもまだ信じられない」

 長い髪を潮風になびかせたまま、かすれた涙声で女が言った。

「ということは、君は一人なのか?」

 女は黙って頷いた。涙が止まらず、しゃくりあげている。もしかしたら、泣くことさえ忘れていたのかもしれない。どうしようもなく感情のコントロールが利かなくなったその姿に、彼女の孤独な日々が察せられた。

「私の家に来ない? 今度は私が身の上話をする番よ」

 ひとしきり泣きはらすと、女は息を飲むような眩しさで微笑んだ。

「ぜひ、聞きたいね。でも、その前に名前くらいは教えてくれないか?」

 シャクティ、と女は名乗った。


 シャクティの住みかは、市街のはずれにあるようだった。荒れるままに任せた市街を通り過ぎ、南に広がる森へと向かう。森は鬱蒼として薄暗く、高い樹の上で猿がきゃあきゃあと叫んでいた。あるいは原生林と呼んだ方がいいのかもしれない。我々が捜索していたエリアとはかなり離れていた。

 兄さん、とマイケルが小声で話し掛けてきた。シャクティは枝をかきわけながら、馴れた足取りで十メートルほど先を進んでいた。

「油断しちゃ駄目だ。彼女はやはり危険だよ」

「なぜ、そんなことが分かる?」

「私がノウスだからだよ。そうとしか説明のしようがない。彼女に会って確信したよ。彼女の心の裏側には、不吉な黒い影が隠されている」

 海岸でシャクティと出会ったあと、私はねぐらの劇場跡に彼女を連れて行き、マイケルと引き合わせた。マイケルは私から事の経緯を聞きかなり面食らっていたが、一言もシャクティとは口をきかなかった。青ざめた表情で、終始うつむいていただけだ。

「おれだって完全に信用したわけじゃない。シャクティがヘーラのいたコミューンのことで、なにか隠しているのは明らかだからな。それにノウスの直感が、サピエンスのそれより鋭いのも承知している。ほかにも、まだ秘密があるのかもしれないな」

「でも、実際には兄さんはかなり無防備になっている。だから、注意しているんだ」

 それは図星だったが、だからといって、私にはシャクティを頭から疑ってかかることなどできるはずもなかった。

「なあ、勘繰りすぎるのもよくない。まだ会ったばかりだし、これからいろいろなことをお互いに知るだろう。その過程で、彼女の本心が聞ければいいじゃないか。とにかく、おまえはふつうに振る舞っていろよ」

 私は会話を打ち切った。シャクティが腰に手を当て、我々が追いつくのを待っている。

「ブルース、マイケル、あともう少しよ。あそこが私の家だから」

 マイケルが強い疑念を訴えていることも知らず、シャクティは誇らしげに木々の隙間を指差した。促されて見ると、森の途切れた平原に白い建物がどっしりと構えていた。三階建てだが、かなりの規模だ。街にあったショッピング・センターの一・五倍はありそうだった。屋上には十枚ほどのほぼ正方形のパネルが設置されていて、銀色の鈍い光を放っていた。

「あれが、君の家? なんだ、あの建物は?」

 愕然として、私は聞いた。その建物は廃墟ではなかった。生きていたのだ。

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