第八章俺と会長と遊園地
第八章俺と会長と遊園地
人間は少しずつ偏って、固まって、いくつかの行動パターンに分かれていく。類は友を呼び、友は同じ様な事をしたがる。一人一人が特別だからって、全員が別々の事をするのではない。まあ、そう考えると、行動パターンは恋愛の決定打にはなりえないのかもしれないけど。
だから何故か、四十日もある夏休みだと何日かは予定帳の空白が重なる。俺等の場合、その重なりは、あの花火大会から十日ほど経った八月の頭になった。
あの後、江宮先輩からも夏目からも連絡は来ず、二人への心配を引き摺ったままダラダラと日々を送っていた。因みに、紫藤と会長は元気だ。夏休みだというのにノンストップで続く生徒会活動で、毎日嫌と言うほど顔を合わせていたからな。
近くの遊園地が会場となった最終デートの日、集合時刻三十分前に最寄り駅のホームに降り立った俺を迎えたのは、空に浮かぶ太陽よりも眩しく、その熱気でいかれてしまったんじゃないかと思うほど馬鹿っぽい笑顔だった。
「やあ、海渡君。元気だったかい?」
「江宮先輩!? 元気だったんですか?」
「おう! めっちゃ元気だよ。やっぱり、海渡君の言うとおり、頑張ってみて良かったわ」
「上手くいったとか、駄目だったとか、連絡をくれても良かったじゃないですか」
「ああ、駄目だったよ。もちろん」
屈託無く笑う笑顔に陰りはなく、完全に振り切っている感じがした。
「駄目だったって・・・・・・」
振られたのを知らない事になっている俺は、精一杯残念そうな顔をしたつもりだ。
「良いんだって! 海渡君のお陰でスッキリしたよ。うん。あのままウジウジ引き摺ってたら、ずっとあの男への想いを断ち切れないところだったよ」
「断ち切る?」
「うん。フクちゃんより良い男を見つけてやるんだ」
「副会長より良い男ですか?」
「そう。絶対にアイツに後悔させてやるよ」
「そういう事だったんですか」
「え? 何が?」
「他の男を見つけるっていう女子の気持ち」
江宮先輩が、笑顔のまま首を傾げた。俺もそれに合わせて少しだけ頭を倒した。
「その男に冷めたからでも、その男が嫌いになったからでもなく、燻り残った想いを乗り越えるために、前に進もうっていうことだったんですね。俺、ずっと不純な感じがしてましたけど、俺の勘違いだったみたいです」
「それは人によるんじゃないかなぁ」
「ああ、それはもちろん分かってますよ」
だって、久米村先輩のは絶対にそんなピュアな気持ちじゃない。
――会費と交換でチケットを配りますので、並んで下さい!
生徒を誘導する運営スタッフの声が拡声器から拡がって、遊園地前の広場に響き渡った。
「おっと。じゃあ、うち行くね。少年も頑張れよ!」
跳ねるように進んでいく江宮先輩の後ろ姿は、本当に楽しそうだった。俺も駄目元で告白していたら、夏目との関係もこじれる事なく、綺麗に始まるか、終わるか、とにかく決着はしていて、今頃俺もあんな風に楽しい生活を送れていたのかもしれない。
「じゃあ、これチケット。まとめて買っといたから会費と交換な」
そう言ってスタッフが配ってくれるチケットを、お礼を言って受け取る。
「次は、午後の五時に集合な」
相変わらず、ペアになる人と会わせてくれる事なく放置される。アプリの相手の氏名欄には知らない先輩の名前が踊る。
入場口に向かう先輩達に取り残され、あぶれている人を探そうとキョロキョロしていると、ウェーブのかかった髪を涼風になびかせて、ゆっくりと歩いてくる人がいた。
「海渡くぅん。今日はお姉さんとだよぉ」
「な、なんで、会長がここにいるんですか?」
「海渡君と回りたくて、代わって貰っちゃったぁ」
「そうですか、お気遣いありがとうございます。では、お先に失礼します」
身を包み込む危険信号に鳥肌が立った俺は、この場からの一刻も早い脱出を試みたが、シャツの襟首を後ろから凄い力で掴まれてしまう。
この人、花火の時もそうだったけど、相変わらずの馬鹿力だなぁ。
「一緒に回るの。良いよねぇ?」
そして俺は、ライオンに生きたまま運ばれる兎さんのような気分のまま、入場口に連れて行かれた。
白っぽいワンピースに黒いレースのカーディガンを羽織った会長は、そのほんわりした言動も助けて太陽の光を浴びる花の妖精の様に見えてしまう。
だが、その中に横たわるどす黒いものの存在を知っている俺は、その姿に恐怖しか感じられず、たまにすれ違う会長の姿に見とれる男達が気の毒に思えて仕方ない。
「じゃあ、海渡君。取り敢えずあれ乗ろぉ!」
そうやって、俺の腕を引く会長に連れ回されて、六連続くらい絶叫系のアトラクションに付き合った。
どんなアトラクションも、いつものテンションで、
「楽しいねぇ」
とか言いながら無邪気に笑いながら楽しんでいた会長は、やっぱり人間として必要な何かを奪われてしまっているんじゃないかって思った。
「昼食とかで人が抜けている時間が狙いどころなんじゃない」
そんな気力みなぎる会長によって、休憩無しでアトラクションをこなしていった。会長の要求に次々に応えていく。そんな時間は途中から、遊園地に来ているんじゃなくて、いつも通りの生徒会の仕事みたいに思えてきた。
「海渡くぅん。あれ食べたい」
そう言って、出店で何かを買ってくるように指示する先輩が差し出すお金を、だから俺は何気なく受け取った。なんか、女子には払わせないとか、そういう気が全く起こらない。領収書を貰っておけば、ちゃんと後から生徒会費でおとせるような気までしてくる。
こういう人と付き合えたら楽なんだろうな、なんて恐ろしい考えが一瞬俺の脳裏にちらついて、自分自身の無謀な考えに背筋がぞっとした。
アトラクションの列に並んでいるとき、副会長と久米村先輩の姿を見かけた。
「今頃、どうなってるかなぁ?」
「今のところは両想いっぽいですから、大丈夫でしょう」
「そうだねぇ。くるみちゃんは、飽きっぽいところあるけど、ここ暫くはずっとフクちゃん推しだもんねぇ」
「えぇ? この前話した時、自分はそこまで気が無いって言ってましたよ」
「それは、恥ずかしいから隠してただけだよぉ。海渡君は、もぉ~」
やっぱり、会長はなんだかんだ言ってちゃんと周りの人のことを見ている。化け物じみた能力と、時折見せる冷酷ささえなければ、会長は思いやりのある優しい少女なのかもしれない。まあ、酷い所のない会長は、それはそれで味がないのかもしれないけど。
「海渡君、やっぱり生徒会長に立候補しない?」
「なんでそんなに俺に拘るんですか?」
「だって海渡君、文化祭が終わったら、また仕事止めちゃうでしょ?」
「そりゃあ、そこまでの約束ですから。また来年の文化祭も、部費を人質に取られたら手伝うかも知れませんが」
「そっかぁ、駄目かぁ。じゃあ、文化祭が終わったら、また葵ちゃんは一人になっちゃうね」
「あれだけ仕事ができれば、周りが一人にしておかないと思いますけど」
「やっぱり、気付いてなかったんだぁ」
俺を見上げた会長の目は、どこか俺を批難しているような気がした。
「葵ちゃんはぁ、私と海渡君以外の人とは話せないんだよぉ」
「え? だった、紫藤ってもの凄い饒舌ですよ?」
「緊張すると、声が出なくなっちゃうんだって」
「紫藤が緊張することなんてあるんですかね?」
「夏休み直前の生徒会で、紫藤ちゃんが何も話せなかったの覚えてるよね?」
確かに、あの時紫藤は、苦しそうに顔を歪めるだけで、何一つ言葉を発せなかった。
「海渡君は葵ちゃんが、私や海渡君以外の人と話している姿って見たことがある?」
この一年半の記憶を弄ってみる。それでも、そんな光景を見た記憶はどんな検索網にもかからない。
「でも、どうしても話すことが必要な時だってあるでしょう? たとえば、年度始まりの自己紹介の時とか」
「お辞儀するだけだったみたいだよぉ」
「じゃあもしかして、大量の仕事を引き受けるのって、断れないからじゃなくて、断る言葉を話せないからなんですか?」
「そうかもしれないねぇ。私も注意してるんだけどぉ、勝手に仕事が葵ちゃんに流れちゃうから。何も言わずに引き受けてくれる人って、優しいって思われちゃうもんね」
「そんな・・・・・・だって、紫藤はいつも大変そうじゃないですか。必死に頑張っても、終わらない量の仕事をいつもしているじゃないですか。それなのに・・・・・・」
「それに気付いてるのは、海渡君だけだよ。だからかなぁ、葵ちゃんが海渡君に気を許したのは」
そう言って、会長は俺の顔を不思議なものを見る少女のような表情で眺めていた。
「中学から一緒なんだよ、私と葵ちゃん」
「初めて聞きましたよ、そんなこと」
「初めて言ったからねぇ」
「茶化さないで下さいよ。それに、その情報って今更いるんですか?」
「大切な事だよぉ」
大切な事、というのが、いつも適当な一ノ瀬先輩から漏れたのがすごいギャップに感じられて、俺の戯れ言を封じ込めた。
「その頃から、葵ちゃんは問題児扱いされてたんだぁ」
「紫藤がですか? なんか、イメージが食い違いすぎてるんですが」
「だって、私以外とは殆ど口を利かなかったんだよぉ」
「それは凄いですね」
「ずっとクラスで孤立して、先生に指されても何も言わなかった」
ううん、言えなかったのね、と少し抱け俯いて一ノ瀬先輩は溢した。
「最初はわざとだって思われてて、先生達も、私達も結構辛く当たっちゃったんだけどさ、彼女は、緊張すると言葉が話せない体質だったらしいの」
センタクカンモクよ、という言葉は暫く俺の中でぐるぐる回って、暫くしてからやっと一つの四字熟語に収まった。
選択緘黙、か。
「そんな葵ちゃんをどうにかして欲しいって先生に言われて、あの時も頑張ったんだ」
「なんで会長が?」
「その時も、生徒会長さんだったからぁ」
確かに、この人が生徒会長じゃない姿とか想像できないもんな。そのときも、周りの人達に祀り上げられたんだろう。
「じっと話を聞いていたら、なんとか私とは普通に会話ができるようになってくれたんだよ。嬉しかったなぁ。半年近く掛かったけどね」
そう言って遠くの空を見上げた会長は、温かく優しそうな顔をしていた。
「それがビックリよ。たった一ヶ月で仲良く話せるような子ができたんだもん」
それが俺だということは、くじ引きで願っても無いのに一等賞をとってしまった時みたいに、事実を理解できても受け入れる事はできないような現実離れした感じがした。
「そういえば、最初の方、紫藤はあんなに話しませんでしたね」
紫藤は最初の頃寡黙を貫いていて、そういう性格だと思っていた事を思いだした。急に喋り始めた時は、化けの皮が剥がれたのかと思ったけど、そういうことだったのか。
「でしょう?」
「でもやっぱり、自分が辛いなら、首を振るくらいはできるんじゃないでしょうか?」
「それは、君だけは言っちゃ駄目なことだよ」
「どうしてですか?」
「何か頼み事をしたときに、ただ首を振られたらどう思う?」
「・・・・・・拒絶されたような気がして、嫌ですね」
「そう。葵ちゃんは首を振ることしか出来ないから、ちゃんと嫌だって言う気持ちを言葉にできないから、彼女は首を縦にふることしかできないの。相手がどう思うか、相手がどう感じるか、その先のことが分かっちゃうからね」
「でも、あいつの事は誰も分かってあげようとしないじゃ無いですか。なら別に断っても」
「そうは考えないのよ、あの娘は」
「良い奴ですもんね」
「そう思う?」
「はい」
俺が首肯すると、一ノ瀬先輩はまるで自分が褒められたみたいに笑った。太陽の陽射しを存分に浴びた向日葵のような笑顔が眩しい。
「じゃあ、大切にしてあげないと。私がいなくなっても、彼女をよろしくね」
「生徒会に、なにかしらの形で残れと?」
「うーん。勝手に海渡君を生徒会長にするとか、引き続き部費を人質にとって仕事させるとか色々と考えたんだけど、どれもイマイチだよねぇ」
考えることが、一々エグい気がするんだよなぁ。
「やっぱり、海渡君が葵ちゃんと付き合ってくれれば丸く収まると思うんだけど」
「友達、って選択肢は駄目なんですか?」
「友達が本当に辛いときに近くにいてくれる? 夜中に電話があったら、直ぐに駆けつけてあげられる? やっぱり、男女の力みたいなのが必要だと思うんだよ」
「でも、会長は駆けつけてあげるんですよね?」
「もちろんだよ。だってぇ、葵ちゃんは私しか頼れないんだもん。頑張っちゃうよ」
「会長って、化け物みたいですけど、根は人間ですね」
「ひっどぉい! 酷いよ、海渡君!」
「それに、さっきから紫藤の気持ちは度外視してるじゃないですか。紫藤の方も、俺なんかお断りじゃないですかね」
「え? だって葵ちゃん、海渡君にべた惚れじゃない」
「ちょっと待って下さい。そんなフラグ、全く無かったですよ?」
「フラグなんて、現実にあるわけないじゃぁん」
「でも、ああいうのが無いと、俺みたいな人間には分からないんですよ」
「そういう分からないものを感じ取る必要があるのよ」
「それ、自分に合わせろみたいに聞こえます」
「女の子はぁ、分かって欲しいんだよ」
「無理です」
「分かろうと努力するだけでも良いんだよぉ」
「なんで俺がそんな面倒臭いことしなきゃいけないんですか」
「だってぇ、女の子を惚れさせちゃったんだもん。ちゃんとその気持ちに答えてあげないとぉ」
「好きになられる覚えは無いんですけどね」
「去年の文化祭の時は大活躍だったじゃない」
「あの時も、紫藤は仕事を引き受けすぎてたんです。俺が手伝わなかったら、泊まり込みで仕事をするつもりでしたよ、あいつ」
「あの時、助けようと思ったのも、助ける力をもっていたのも君だけだったじゃなぁい」
「紫藤が強がって、他人に頼ろうとしないから。ああ、頼れないんでしたっけ?」
「でも、あれがあって、葵ちゃんは海渡君に心を開いたんだから良いじゃない」
「もしかして会長、そうなることを見越して仕事の配分してました?」
ふふふ、と会長が笑ったところで俺達の番が来て、またジェットコースターに乗りこむ。俺の隣で、悪戯がバレた子供の様に無邪気にはしゃぐ会長は、アトラクションを楽しんでいるだけだと思いたい。
ジェットコースターはこの人が操縦していたんじゃないかって程、降りてもぴんぴんしていた会長が次に選んだのは、コーヒーカップだった。
平和そうなアトラクションは会長の性格に合わない気がしたが、あと一時間くらいで集合時間だし、口直しのようなものなのかもしれない。
コーヒーカップは、直ぐに順番が回ってきた。まあ、一回で回せる人間も多いし、あまり人気のあるアトラクションでもないからな。
俺と会長が乗り込んで暫くすると、ゆっくりとコーヒーカップが動き始めた。
「花火の時ぃ、なんで喧嘩してたか訊きたくないの? 良いよ、話して上げるよ?」
小悪魔のような表情で、いきなりそんなことを口にした会長には面食らった。あれは闇歴史に葬るべき記憶じゃないのか?
「会長・・・・・・」
「うん?」
「ちょっと、三半規管の限界を試して見たくなりました」
「え?」
コースターのハンドルをぎゅっと握った俺は、思いっきり回転させた。
「わぁー!」
と叫んで喜んでいる会長の顔を、恐怖に震え上がらせたくて、必死に必死に回した。だって、全てがこの人の思惑通りに運んでるって思ったら、なんか癪に障るじゃないか。
「気持ち悪い・・・・・・」
だが結局、絶望と恐怖と身体的ダメージを負ったのは俺の方だった。
「自業自得だよぉ」
ぐるぐる回していた張本人がグローキーだというのに、会長はノーダメージだった。
「やっぱりあんた、化け物だろ・・・・・・」
「こっちこっち」
そう言って、飛び跳ねるような足取りで俺の手を引き、会長は近くのベンチに運んでくれた。
「ほぉら、こっちの方が楽だよ」
会長に頭をロックされて、情け無いことに俺は一つ上の美人な先輩の膝枕を決められてしまっていた。それはもう、膝枕って格闘技の技にあるのかも知れないと思わせるような、完全な決まり方だった。
「って、止めて下さいよ!」
通行人の羨望と憎悪、嫌悪、羞恥心等の数多くの視線を一身に浴びていた俺は、慌てて振り払おうとした。その結果、首を痛める事なんて想像さえせずに。
「っ痛ってぇ!」
と、本能的に叫んだ俺は、腰を遊園地の地面、つまりコンクリートの板に叩きつけ、頭は会長がしっかりホールドしてくれていたお陰で打ち付けなかったものの、有り得ない角度まで捻られてしまっていた。
「ほらほら、危ないよぉ。暴れないで」
あんたのせいでこうなったんだよ!
そう言いたかったが、そんなことどうでも良くなっていた俺は、ただ従順にベンチに身体を戻した。
「良いじゃない。くっついちゃえば。海渡君が、本当は葵ちゃんの事気になってるって、お姉さん知ってるんだよ?」
「馬鹿なこと言わないで下さい」
「そっかぁ、また逃げるんだぁ」
「逃げたりなんか、してません」
「じゃあ、これだけは覚えて置いて。葵ちゃんが、世界中で身方だと思ってる人間は、私と海渡君だけ」
それはそれは、小さな世界だなと思ってしまった。
「そのヒーローに見捨てられる気持ちはどうだったんだろうねぇ? 海渡君」
「見捨てるわけじゃ・・・・・・。それに、そういうのは卑怯だと思います」
「どうしてぇ?」
面白そうに意地悪そうに、会長は俺の上から見下ろしてくる。
「そんなこと言われたら居たたまれなくなって、紫藤への気持ちが情けなのか、恋愛感情なのか分からなくなっちゃうじゃないですか」
「お姉さんはぁ、好きって気持ちが、守りたいって気持ちに繋がっただけだと思うなぁ」
「考えておきます」
「よし! 逃げるなよ!」
そう言って、会長は勢いよく立ち上がった。
「痛っ! いきなり話さないで下さいよ!」
後頭部を思いっきり、先輩のいなくなったベンチにぶつけた俺が抗議しても、会長はやっぱり、俺の言う事なんて聞かない。
「じゃあ、最後はやっぱり観覧車でしょ!」
そう言って、西日を浴びながらゆっくりと回る観覧車に向かって歩き始める。
「逃げないでね」
俺の手をしっかりと握って呟かれたその言葉は、観覧車からなのか、紫藤からなのか、判別がつかなかった。
「自分から閉じ込められるなんて面白いよねぇ」
観覧車に乗り込むとき、会長が言った。
「この空間からはぁ、外に出してくれる人が居るときにしか出られないんだよぉ」
「内側から開けることができたら、また一つ人気自殺スポットの出来上がりですよ」
「そんなチャンスに、自分から出るのを拒んじゃったら、次にいつ現れるか分からないよぉ?」
「分かってますよ。今度の帰り、どこかに一緒に行ってみます」
好い加減くどい勧誘にウンザリして、俺は適当に言ってみた。適当に言ってみただけなのに、予想以上に会長は喜んだ。
「わぁ! 初デートだね、初デート」
満面の笑みを直視していることができず、俺は窓から空を見上げた。天高く引っ張り上げられたお陰で、俺の視界を妨げるものは何も無く、ただ青いを一杯に見詰める事ができた。
まあ、江宮先輩に無理矢理告白させたんだから、俺も後悔しないように、この夏目への好きとは違った、変な形の気持ちに向き合わないとな、なんて事を思った。