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第三章俺と学校と恋愛サークル

第三章俺と学校と恋愛サークル


 押しつけられた仕事は、当然のように今日一日では終わらず、下校のチャイムが鳴ってようやく俺は解放された。

 リンカーンに開放された時の奴隷達の気持ちに思いを馳せつつ、まだ仕事できるでしょ? とでも言いた気にまだ高いところに居座る太陽を苛立ちと共に見上げながら、駅前の商店街を歩く。

 家でも仕事の続きをやれば、今日中に終わるんだろうが、(仕事を押しつけて来る人と関係を)持たず、(自分から仕事を)作らず、(自分の家に仕事を)持ち込ませず。その原則だけは、健康で文化的な最低限度の生活を死守するために、保守させてもらおう。

 公共の福祉の前では無力化されるちっぽけな基本的人権でも、俺に取っては大切なもの。

 それに、どうせ仕事が終わっても会長と紫藤は躊躇いもせず次の仕事を吹っ掛けてくるだろうしさ。ここは、『仕事ができない人』アピールしておこう。『仕事ができる人』よりも、『仕事ができない人』の方が楽だというのは、この国の真理だ。他人に幻滅されるくらいが丁度良い。

 そんなことを考えながら、視界にちらつくカップルに苛立ちながら、商店街を抜けて駅の階段を上がる。すると、改札の前で、見知った男子と、見知らぬ少女が仲睦まじそうに話しているのが見えた。

 そして、女の子の方が、大きく笑った後、改札に定期入れを押しつけて駅の改札を潜って行った。それはまるで、付き合っている男女のように自然に見えた。

 俺は残された男子の方にゆっくりと近付いて行き、一瞬躊躇してから、でも思い切って声を掛けてみる。

「鈴木、誰あの娘?」

 ビクッとして振り返った鈴木は、露骨に気まずそうな顔をしていた。それを見て、自分の頬がゆるんでしまうのを、俺は止めることができない。

「いや、待て船越。浮気とかじゃない」

「だから、誰?」

 悪代官ににじり寄る水戸黄門の様な清々しい気分で鈴木を追い詰めていく。

「三年の先輩だよ」

「何してたんだ?」

 気まずそうに、鈴木は目を落とした。

「デート?」

「・・・・・・まあな」

「夏目とデートじゃなかったのか?」

「今日はあの先輩と約束してたんだ」

「何それ? 二股ってこと?」

 いつの間にか俺の手は鈴木の胸元に伸び、その襟首を掴んでいた。

 絡み合う俺と鈴木を、駅を歩く人達が迷惑そうに、面白そうに、どうでも良さそうに、十人十色その人色の輝きを持った眼で一瞥して流れ去っていく。ってか、さっきの腐女子、絶対俺が攻めで、鈴木が受けとか勘違いしてただろ・・・・・・。

「仕方ないんだ」

「何が仕方ないんだよ」

 もっと強く首を絞めてやりたかったが、鈴木の顔が白くなっきたから仕方なく、どこぞの官僚の様に言葉を溢す鈴木の襟首から、俺は手を離した。

「恋愛サークルに登録しちゃってるからさ」

「何それ、意味分かんねぇんだけど」

「そういや船越は、あまり恋愛管理システムに興味ないんだったな」

「だったら何なんだよ」

「恋愛管理システムには、恋愛サークルって言う、デートの相手をマッチングしてくれる機能があるんだよ」

「とことん、婚活サイトと同じなんだな、あのシステムは」

 従姉が必死こいて登録してるサイトにもそんな機能があったはずだ。

「普通はそれ目的でこの学校には来るんだよ」

「悪かったな。でもさ、お前がどんな目的で学校に来ていようと、どんなサークルに登録していようと、夏目が嫌がりそうな事はしちゃいけないんじゃないのか」

「船越、話を聞いてよ」

 鈴木が真剣な表情で俺の目を睨み付けてくる。それを見た俺は、「あー、これ長くなる奴だ」と思ったのだが、今更引き返す訳にもいかず、

「あー! じゃあ、あそこのスタバで良いか?」

と一番近くにあった喫茶店チェーンに入ってしまった。やってから後悔するのが俺らしい。

 俺はホットコーヒー、鈴木はチョコやらクリームやらが乗っかった、ケーキなのか飲み物なのか分からないカフェオレを注文して、丁度良く空いていた二人掛けのテーブルに腰を下ろす。

 座って、俺が半分近くコーヒーを飲んでしまっても、鈴木は口を開こうとはしなかった。

 どことなく萎れてしまった鈴木を見ていると、冷たい言葉をぶつける気が消し飛んでしまって、ただただ、気まずい沈黙が続いた。俺は、鈴木の向こう側に見える女子高生達の楽しそうな姿を眺めながら、あぁ俺は絶対に刑事とか警察とかにはなれないな、とかそんな関係ない事を思っていた。

「で、さっき言ってたサークルって何よ?」

 このままだと、何も会話が進まないと思って、俺は切り出してみた。

「恋愛サークル」

「だから、それがなんだよって話」

「恋愛管理システムの希望者にデートの相手を振り分ける機能だよ」

「危険臭たっぷりだな。アブナイんじゃねぇの?」

「学校側もグルなんだよ? 危険な事なんてするわけないだろ」

「本当に安全なんだとしても、彼女がいる奴が続けるものでもないんじゃねぇの?」

「全部やりきったら、入試の面接で有利なんだよ。恋愛係数が高い人は、コミュニケーション能力が高いって余所では評価されるからさ」

「いつの間にそんなことになってんだよ、うちの学校・・・・・・」

 思わず頭を抱えてしまった。より一層、自分の母校が嫌いになった気がする。恋心を入試に利用するなよ。下心丸見えだろ。

「入試のためにデートしてるって、それ本気?」

「結構多いんだよ、入試を有利にするために恋愛サークルに参加している人達」

「そのサークルって、今は何人参加してんの?」

「今は、六二ペアだな」

「百二十四人!? そんなに? うちの学校の一割超えてんじゃねぇか!」

「これでも少ない方だよ。多いときには百ペアを超えるらしいから」

 余りに非現実的な現実に、俺は絶句した。

「六二ペアって、六二回デートするって事?」

 だったらとんだ乱交パーティーだ。

「いや、五回だよ」

「全員とデートする訳じゃないのか?」

「そんなにゆっくりしてたら、夏休みに間に合わないからね」

「夏休みに何かあるのか?」

「三年生の先輩も混ざってんだよ? 最後の夏休みを、好きな人と一緒に過ごしたいんじゃないか」

「そういうことね。でも、六二人中の五人ってどう選んだんだよ?」

「自分から相手への評価と、相手から自分への評価の組み合わせで三人選んで、あと自分と恋愛係が同じくらいの奴を二人で計五人かな」

「それにしても、五回って多くね? 二、三回で良いんじゃねぇの?」

「チャンスの場と、成長の場はたくさん設けた方が良いって考え方でできてるんだよ」

「そんなに軽く気になる人と触れ合うなんて、なんか嘘っぽいし嫌だな」

「一目惚れとかってあるじゃん」

「いや、一目惚れだって、その人にあってから、気になって何回も会いに行ってその気持ちを固めて行くものだし。俺的に、その何回も会いに行くという過程で恋が芽生えているんだと思うんだよね」

「そんな過程に拘ってたら、いつまで経っても彼女できないんじゃないかな? だって、何年も掛けて好きになった人にたった一言、嫌い、って言われたら終わるんだろ」

「まあ、そうなんだけどさ。簡単に好きになったり、嫌いになったりしたくないって言うか」

「一つ一つの出会いを大切にしたいと」

「ああ」

「でもさ、そういう奴って、一生一人身になる可能性高いぞ? 気を付けろよ」

「妥協して結婚するより、夢を見続けて一人身の方が良いと思うけどな」

「船越は、根っからの童貞なんだね」

「根っからの童貞ってなんだよ・・・・・・」

 童貞に根が張ってたら、もう何処にも行けない気がする。もう一人身決定だろ、そいつ。

「でも、そのサークルに入っているってことと、お前が夏目を放って他の女とデートすることに何の関係があるんだよ? 抜けさせて貰えば良いだろ?」

「人数が合わせてあるんだよ。一人でも抜けると、女子が一人余っちゃうんだ」

「代わりの奴を探して貰えよ」

「あのシステムはそこまで柔軟にできてないんだ」

「じゃあ、自分で見つけるんだな。代わりに参加してくれるやつを。まあ、女の子とデートして下さいって頼んだら、代わりの人間なんていくらでも見つかるだろ」

「向こうも僕を選んでくれたわけだし、簡単に代わったりなんてできないよ」

「じゃあ、彼女ができたって言って断れよ。どうせその五人も、他の男が第一志望なんだろ?」

 俺の言葉に、鈴木はぱぁっと余裕の笑美を浮かべて、俺を見下してきた。

「船越、僕って結構モテるんだよ」

 本当に、リア充ってこういう所がムカつくんだよ。マジでウザい。

「で、あと何回残ってんだよ」

「あと三回」

「そのことを夏目は知ってるのか?」

「伝えてない」

「そんなんで、夏目にバレちまったらどうするんだよ」

「ちゃんとバレないようにやってるよ。今日、夏純は家族で外食とかで真っ直ぐ家に帰るって言ってたから、今日に入れて貰ったんだし」

「鈴木の言ってることは何となく分かる。でも、俺にはどうしても鈴木がやってることが浮気みたいに思えるんだ」

「それでも、やらなきゃいけないことだから」

「俺なら周りの人に迷惑がかかろうと、夏目に心配を掛けない方を取るけどな」

「そうだね。船越だったら、そうするだろうね」

 そう言って、鈴木は苦しそうに微笑んだ。

 はっきり言って、夏目と付き合っていながら、他の女とも仲良くしているこいつには腹が立つ。でも、こういう律儀で真面目な所が好きで夏目は鈴木を選んだのかもしれないとも思って、どこにもぶつけられない、煮え切らない感情が俺の中で蜷局を巻いていく。

だったら、俺に勝ち目はねぇな。

 そんな苦々しい事を考えながら、冷め切ったホットコーヒーを口に運んだ時、何かをひらめいたというように、鈴木の顔がパッと明るくなる。

「じゃあさ、船越。船越が代わりに参加してくれない? 船越だったら顔も悪くないし、俺の代役として十分だよ」

「嫌だ。それに、俺と鈴木じゃ恋愛係数が違いすぎる」

 確か鈴木の恋愛係数は八八。二〇以上も放されている。

「大丈夫だって、後の三人はどうせ他の人が本命だから。先輩達にも、僕から説明しておくからさ。船越は当日に、一日遊べるだけのお金持って集合場所に行ってくれれば良いんだよ」

「なんで俺がそんな面倒臭そうな事をしなきゃいけないんだよ。自分でなんとかしろ、自分で」

「船越もこれを機会に、彼女作ってみろって」

「いや、俺はまだいい」

 俺が即答すると、鈴木は「やっぱり駄目か、それなら」とか独り言のようなことを呟いて、ガックリと肩を落とした。

「夏純のためだと思って」

「なんで、夏目の話が出てくるんだよ」

「船越、夏純の事好きだったでしょ? 悪かったなって思ってるんだよ、奪った形になっちゃったじゃない?」

「そんなのどうでも良い事だろうが」

「本当にそう思ってるなら良いんだけどね。とにかく、夏純は僕の彼女だ」

「ああそうだな」

「船越がどんなに想い続けても、もう戻ることは無いって思ってよ」

「格好良いな、お前は。夏目がお前に惚れた理由分かるよ。春の木漏れ日のように温かくて、でもちゃんと強いものを持ったような男が大好きだからな、あいつ」

 そりゃ、相手にされないわな、俺なんか。その真逆だし。

「だから、船越には次の人を見つけて欲しいんだ。その方が絶対に良いよ」

「放っとけ、関係ないだろ、お前には」

「いつまで夏目を引き摺ってんだよ」

俺は、かっとなって、夏目の彼氏の顔を睨んでやった。鈴木は突然黙りこくった俺を、困ったように笑いながら覗っている。その顔は慈悲に満ちていて、どんなにコケ降ろしたとしてもイケメンだ。それは認めてやろう。

「多分、一生」

やっとのこと絞り出した俺の言葉を、鈴木はしっかり受け入れてくれる。

「そっか。でもだったら尚のこと――」

「良いんだよ。お前の罪悪感を拭うのに、俺を利用するなよ」

「良いんだったら、この提案を受けてくれても良いじゃないか。船越も夏純が苦しむ顔見たくないだろ?」

「誰に向かって言ってんだよ。お前と夏目の仲が悪くなって別れてくれたら、俺は得する側なんだぞ?」

 俺がそう言うと、鈴木は、ははっと軽く笑って、急に挑戦的な表情になった。

「僕は知ってるよ。船越は、そういう奴じゃない」

「そういう奴って・・・・・・」

 ぶっちゃけ、バレて別れれば良いと思う。そして、夏目がまた俺の片想いの相手に返り咲いてくれたら良いなぁ、なんて最低な思考は簡単に頭に上るさ。

 だが、そうとばかりは言えないのには事情があるんだ。

 あれは、俺と夏目、ついでに鈴木が中学校二年の時だ。夏目は付き合ってた三年の先輩に「遊んでただけだ」って笑いながら言われたと、俺に泣きついてきたことがあった。

 ああ、確かにな。もう二度とあんな顔は見たくはないさ。

 夏目は小学校の頃からそうだ。好きな男の人には全力で愛を注ぐ。何度理不尽な理由で振られ、傷付けられても、次の彼氏にも全力で愛情を傾ける。

 そのくせ、振られる毎にもの凄く沈むんだよ、あいつはさ。

「分かったよ」

 結局、俺は、夏目の笑顔をずっと見ていたんだ。例えそれが、他の男の腕の中であっても。

「それは、受けてくれるって事で良いのかな?」

「最初のデートの日が決まったら連絡くれ」

「ありがとう」

「お前の為じゃねぇ」

 なんか上手く丸め込まれてる様な気がして、腹が立った。そのまま自分のコーヒーの乗ったトレイを持って立ち上がる。

 トレイを返却口に返して、店を出った。その間、俺は店内を振り返ることはできなかった。鈴木が、どんな顔をしているか、それを見た時、どんな顔をすれば良いか、分からなかったから。

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