向日葵
あの日のように、今日も燦々と熱い日差しが降りつける。
今日みたいに暑い日はあの事故と彼等を思い出してしまう。
わたしは何時もの白い日傘を差して並木道を歩いて行く。白い膝丈のワンピースに赤いサンダル、サンセット色のバスケットを手に掛け、空いている手には黄色いリボンを結んだ一輪の向日葵を持っている。
行く先は今日も決まって同じ場所。
この並木道を抜けた先には小さな湖がある。
この森はあるお金持ちの私有地で、この並木道も湖もそれにもれない。そしてこの森の持ち主はあの湖をとても気に入っていて、その湖畔に別荘を建てた。
木製の、白くてそんなに大きくはない、カントリー風の二階建ての建物。
夏になると其処に一台の高級車とそれに続いて何台かのトラックがやってくる。ここを買った男とその家族が避暑に来るのだ。
でも今年は違う。
去年からずっと大学生の息子が一人とその世話係が一人残っていた。それに掃除の手伝いに週に一回掃除夫が一人来ていた。でも夏休みに入って彼の二つ年下でわたしと同い年の息子が来ていて、もうしばらくしたら他の家族もみんな来るそうだ。
わたしはこの森の管理を任されている父にくっついてこの森に来た、ただの一般家庭の娘。母は病気を患っていて、医者である十上の兄が診療所を開き母の病気も診ている。ここは空気が綺麗で治療には持って来いの静かな場所だ。
そしてわたしは自転車で一時間ほどかけて高校に通っている。田舎と言う訳では無いが、何しろ家が森の中にあるもので、何処に行くにしても時間が掛かるのだ。だから家族には森の入り口にある小さな別宅に泊まっても良いと言われているのだが、わたし自身この森と森の中にある家が気に入っているので時間を掛けて学校へ行く方を取ったのだ。
それに、わたしは彼に会わなきゃいけないから。
今日はもう夏休みに入っているからのんびり森を味わっていける。
わたしの家から湖までは車の通れる広い道の他に、森をぐるっと回って公道から整備された並木道を通って行く方法がある。時間がある今日はこの並木道を通ることを選んでみたのだ。
涼しい風を受けながら歩いていると、緑と木洩れ日のトンネルの先に眩しい光が見えてきた。
並木道を抜けると、眩しい日差しを反射する湖がきらきらと煌めいていた。
湖を挟んで反対側には白い別荘が見える。
湖に沿った径を歩いていく。
ちらと視界に入った湖面は黄色と白と木々の緑が映っていた。
わたしは一瞬足を止めた。
脳裏に、黄色いワンピースと白いシャツと彼の緑のTシャツが鮮やかに映る。
眩しげに目を細めると次の瞬間には再びわたしの足は動いていた。
その後は足を一度も止めず別荘を目指した。
別荘に着くと、何時ものようにドア横にあるベルを鳴らし声を掛けた。
「ごめんください。今日も、来ました」
何時ものように応答が無いのを確認すると、無意識に唇から溜息が零れてしまった。
いけないいけない、と頭を振り空いている手で頬をぺちぺちと叩いた。
気持ちを入れ直すと再び声を張り上げる。
「また、置いて行きますね、向日葵。明日も来ますから、気が向いたら会ってください」
そういうと今度は来た方とは別の道へ歩き出す。
少し進むと近くの茂みがかさりと音を立てて人影が見えた。
わたしがそれに気づき足を止めると姿は現さず、声だけが聞こえてくる。
「また、向日葵ですか」
「はい。向日葵です。ダメですか?」
それだけ言うとわたしは再び歩き出す。木の幹から姿を覗かせ、一人の少年がぽつりと呟く。
「……まだ僕を恨んでいるんだね。君の気持ちは変わらない」
その呟きは、木々のざわめきが器用に掻き消して背中を向けて歩き出したわたしには届かない。
少年は眉を顰めたまま道に出てわたしとは逆に歩き出す。そしてあの別荘の玄関扉の前に置いてある向日葵の花を大切に拾い上げ、扉を開けて中に入る。
世話係のおばさんに戻ったことを伝え、二階に続く階段を登る。
湖が見える方の部屋の扉の前で立ち止まり、ドアに額をつけながら中の人物に声をかける。
「…また、今日も向日葵が来たよ」
中から小さい声が応えた。
「知ってる」
少年は何も言うことが出来なくて暫くそのまま立っていた。
それを知っているのか、中からぽそりと呟きが零れる。
「それでも俺は、もう会えない」
それを聴くと急いでその場を離れ、自分の部屋のドアを勢い良く閉める。
そのままずるずるとドアの前にしゃがみ込み、白い天井を見上げた。
「…だから僕も、もう会えない」
開きっぱなしだった窓から吹き込む風が少年の髪を揺らす。
その手に握られた向日葵を見て、ゆるりと腕から力が抜けた。
向日葵の花も床に落ち小さな花弁がふわりと飛んだ。
「恨んでなんかないよ。恨まれるのはわたしの方」
あの日と同じ小さな囁きが聞こえた気がした。
歩いている時、背後で彼の呟きが聞こえた気がして振り向いた。
丁度彼も歩き始めたようで、見えたのは一年で少し大きくなった背中だった。
声を掛けてはいけない。
ぐっと言葉を呑み込み眉を寄せる。
明日も彼に向日葵の花を持っていく。
明日も明後日も、その先も。
彼が許してくれるまで。
彼が逢ってくれるまで。
こんにちは(^^)
いえ、こんばんは、おはようございますでしょうか?
作者の神楽風雅と申します。
<作品について>
今回のテーマは題名通り「向日葵」です。向日葵の花言葉を知っていますか?「
わたしの目はあなただけを見つめる」です。
また皆様にご想像いただく部分の多い短編になってしまいましたので、参考程度にこれだけ…(・・;)
どんな捉え方でも楽しんでいただければ嬉しいです(^○^)
最後に、ここまで読んで下さり有難う御座いました!