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美味しいものって、人を幸せにする力があると思う。食べるだけで幸せになるって、すごく素敵。料理ってすごい。私は、美味しいものさえあれば、それで生きていける。








駒田(こまだ) 有希(ゆき)23才。しがないOL。美味しいものを食べて、作って。それが私の人生の楽しみ。食べることが生き甲斐で趣味なものだから、ちょっとポチャッとしている。でも そんなに気にしない。清潔感があれば、おしゃれもしなくていいやーっていう部類の人間なもので。



そんな私の最近の日課は、仕事が終わった後の食材あさり。いかにして 安く食材を手に入れるか。でも色んな料理に挑戦したいから、安いからといって 同じ食材ばかりをリピート買いしたりはしない。多少高くても、美味しそうなら つい買っちゃう。まあつまり、美味しければいいや がモットーなのだ。


そのモットーにしたがって、私は今日もスーパーの端から端まで練り歩いて、これだ、という食材を選び抜いてきた。


今日は油の のった美味しそうなブリと、みずみずしい大根が手に入ったので、ブリ大根にしよう。それと、ほうれん草のゴマ和えも食べたい。今朝の残りの玉子焼きも あったな。あれも食べちゃわなくちゃ。








――――前ふりでたいそうなことを言ったけれど、私は そんなに料理スキルがすごいわけでもないし、栄養バランスとか あまり気にしない。野菜食べなきゃ。あと魚も。肉食べすぎたかなー、ちょっと米減らしとこう。とか、そんなゆるーい感じ。…だからポチャなのかもしれないけどね。ははは。


でも、毎日食べるご飯が美味しければ、幸せ。それでいいじゃん。













「お鍋ーお鍋ー、お鍋にしよう♪今日のお鍋はなんじゃろな?」


今日は土曜日。いつもより ゆっくり起きて、朝食はあまーいホットケーキと粒々コーンスープで、最高の朝だった。お昼は近くの お気に入りのラーメン屋さんで、野菜がどっさり入ったタンメンと、皮がパリッパリのギョーザを食べた。



美味しいって素晴らしい。



帰宅して自宅でDVDを見ながらゆっくりして、夕食は何しよう、とスーパーに向かう途中に どこからか美味しそうな鍋の匂いがした。


その瞬間、夕食は決まった。今日は鍋だ。



「キムチ鍋、トマト鍋、カキ鍋、カレー鍋、よせ鍋、もつ鍋、キノコ鍋…あとなんだっけ?闇鍋?」


思い付く鍋を口に出してみる。どの鍋にしようか ワクワクしてくる。




スーパーまでの道を のんびり歩いていると、前方に地面に体育座りをしている人がいた。


「…あやしい」


住宅街に体育座りの男。よく見ると けっこう体が大きい。顔は膝に伏せているから分からないけれど、服装からして若そうに見える。



…早歩きで突破しよう。スーパーへ行くには、この道じゃないと遠回りに なってしまう。大丈夫。こんなさえない女、どうしようとも思わないだろう。金目のものも持っていないし。



男からなるべく離れて、さっさと横を早歩きで通りすぎようとした その時、



「あなた、オイシソウ」


「えっ?」


思いがけない言葉に、足を止めてしまった。声のした方を見ると、さっきの男が、体育座りのまま

私を見ていた。


「外人だ…」


そう。外人だった。いつかテレビで見た金色に光る 艶々のアメ細工の様な金髪に、ソーダ味のシャリシャリしたアイスに似た色の、透き通った青い目。彫りの深い顔立ち。典型的な外国人だ。しかも かなりのイケメン。



「オイシソウ」


外人は私を見て、オイシソウ、オイシソウと連呼している。


「…おなか減ってるんですか?」


眉が下がった、少し元気のない様子の外人に、恐る恐る声をかけてみる。よく見ると ブランドものらしきパリッとした服を着ている。靴もピカピカ。お金持ちか?


お金持ちなら、強盗とかじゃないだろう。それに、これだけのイケメンなら女にも不自由してないだろうし、襲われる心配もないか。




私は外人に近づくと、目の前に しゃがんでポケットをあさる。目的のものを取り出して、外人に差し出す。


「アメです。良ければどうぞ」


小腹がすいた時用に、私はポケットにアメを入れている。空腹はつらい。私もお腹がすいたときは誰彼かまわず、美味しいものを ねだりたくなる時はある。…理性ある大人だから、やらないけど。


イケメンはアメを手に取り、不思議そうな顔をしている。

もしかして、伝わってない?…私に対してオイシソウ、なんて言うくらいだから、日本語が得意じゃないのかもしれない。


「でぃすいず、きゃんでぃー。きゃんでぃー。ええと…ふぉーゆー!」


アメを指差して、下手くそな英語を使う。


外人は、ポカンとした顔をしていた。でもすぐに ニッコリ笑って、サンキュー!とアメのパッケージを開ける。体に対して やけに小さく見えるアメを頬張ると、


「オイシイ。アリガトウ」


と片言ながら日本語を話した。


「あ、あれ?日本語、話せる?」


驚いて、私も片言になりながら外人を見ると。


「わたし、チョットだけ日本語ジョーズ。キャンディ、オイシイ。アリガトウ」


「そうですか。よかった。まだアメありますよ。食べます?」


「食べるマス!ホシイデス!」


嬉しそうに笑う外人を見ると、私も嬉しくなって、ポケットにあったアメを全部あげた。

アリガトウと繰り返しお礼を言う外人が可愛く見えてくる。おかしい。立派な成人男性で、可愛いより格好いい見てくれなのに。


外人はアメを3つ口に放り込むと、頬を少し膨らませながら話し出した。



「お腹すいて、歩けなくなって困ってるデシタ。助かりマシタ」


なるほど。でも、いくらお腹すいたからと言って、道路に体育座りはあやしすぎる。通報されなくてよかったね、と思った。


「あの…あんまり地面に座ったりしない方がいいですよ。日本では、ちょっと変な人だと思われますから」


「そうなんデスカ…注意、アリガトウ。わたし、昨日引っ越した。ので、スーパー行くのに道わからなくて、迷子デシタ」


引っ越したばかりなら、土地勘もないし道に迷っても仕方ないだろう。何せ、この辺りは地図があっても分かりにくいから。


「スーパーって、この先の山田マートですか?」


「そう!ヤマダ!あなた知っている?」


外人の目が輝いた。


「知ってますよ。今から そこに行く予定だったんです。なんなら、一緒に行きますか?」


「行きますヨ!」


喜んで飛び起きた外人に、私は驚いた。座っていても大きかったけれど、立つとさらに大きい。190センチは あるかもしれない。私は160ジャストなんだけど、それでも見上げないと顔がよく見えない。


やっぱり外人って大きいんだなー、と思っていると、ナチュラルに手をつながれた。


「迷子は、手をつなぎマス。そんなモノデス」


「は、はあ…」



迷子って…あなた大人なんだから手なんて繋がなくてもいいんじゃないのかな。そう思ったけれど、嬉しそうに 鼻唄を歌う外人が やっぱり可愛いので、そのままにしておいた。外国の文化はスキンシップが激しいと言うし。これくらい当たり前なのかもしれない。





繋がれた手が 大きくて暖かくて、思わずドキッとしてしまった。いけない いけない。外人のスキンシップにときめいたら ダメでしょう。この手に特別な意味はないんだから。


うるさい心臓を 押さえながら、私たちは山田マートへ向かった。









「スーパー、デス?ここ!」


「はい、そうですよー」



店の入口付近に着いて、はしゃぐ外人。 私は それを にこやかに見つめながら、繋いでいた手を そっと離す。緊張とトキメキのせいで手汗がすごかった。早く自由になりたかったのだ。




「じゃあ、私はこれで」



軽く会釈をして立ち去ろうとすると、



「なんでデスカ?!あなた行ってしまう?」


ぐいっ、と腕をつかまれて引き寄せられた。まさか、まだ困っていることがあるの?



「ええと、まだ何か?」



戸惑う私を、上から すがるような目で見下ろす外人。やっぱり、仕草が可愛い。そうか、大型犬みたいなんだ。困ったように下がった目尻と眉が、犬のような彼の可愛いさを更に引き立ている。



「イッショに、ご飯しまショウ…わたし、あなたとイッショにいたいのデスヨ」





なんてことを言うの!

これは ときめくしかないでしょう。顔が赤くなって、火照っているのがわかる。一生懸命に置いてかないで。と訴える目も、片言な日本語だけど 、一緒にいたいなんて必死で言われたらもう。



「よ、喜んで!!」


居酒屋の店員さんみたいに、全力でオーケーしてしまった。














「サシミ、好きデスヨ。あれはダンゴ デスカ?オイシイですね!ワオ、カップゥ ラーメンもオイシソウ。知ってマス?お湯入れるとできるオイシイ料理デス!スゴい発明。スバラシイ日本!」


「落ち着いてください!」



有無を言わさず、あっという間に手を繋がれ、その手を ぐいぐいと引っ張られる。なんでも、スーパーに来たのが初めてらしく興奮しっぱなし。興味がある物を見つけると すぐに そこに行くものだから、ちっとも買い物が進まない。



「もう、置いていきますよ!オーさん!」


「それはカナシイデス。やめてくだサイ…」



少し怒った口調でいさめると、オーさんは ショボンとして、大人しくなった。オッさんではない。オーさんである。


私の居酒屋店員ばりの返事の後、突然始まった彼の自己紹介によると。


彼の名前はオーヴェ・ベールヴァルド。28才のスウェーデン人らしい。仕事の関係で日本に来たとか。なぜ彼がオーさんになったかというと、私が彼の苗字も名前も噛んでしまって上手く発音できなかったから。なので、オーさんで妥協してもらった。




「ユキ、わたし甘いモノ好きです。アメは オヤツゥに入りマスカ?」


「アメ買ってもいいですけど、一袋だけですよ」


「モチロン。ご飯楽しみなので、一つにしマス。そうしたら、ご飯は何食べマスカ?」


ニコニコしながらお菓子の棚を物色するオーさん。近くにいた子どもが彼を見て怖がっている。二メートル近い大男が、背中を丸めて低い棚に陳列されているアメを満面の笑みで手にとっているのが、異様に見えるんだろう。


私も そう思う。


流されて一緒に買い物をしているけれど、これでいいのだろうか。しかもオーさん、確実に私にご飯を たかる気でしょう。しかも、ちゃっかりと おやつまで買ってもらうつもりだ。



「ユキ?大丈夫です?」



心配そうに私を見るオーさんと 目があって、何でもない。と首をふる。



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