前篇
興味を持っていただきありがとうございます。
この作品はそもそも『夏のホラー 2013』に出そうと思っていたのですが、応募締め切りに勘違いからしそこねてしまいました。
いつものように、本人はウキウキとモンスターホラーを執筆した気になっておりましたが。書き終えた後、読んでもらった人からは「あのさ、応募間違ってない?これ、送らなくて良かったよ」などとジャンル違いを指摘されてしまいました。
よろしければ一読後、感想などを残していっていただけると嬉しいです。
今日のニューメキシコ州は晴れのち晴れ、つまり真っ青な空に雲ひとつなく太陽があるだけだ。
そんな空の下を2人の男が乗る車が一台、走っている。
彼等の名前をエイジンガ―兄弟という。率直に言うと、とんでもないワルであり、犯罪者だ。
だが、1つ気をつけなくてはならないことがある。それは、そういった連中は大抵が過去の栄光について誰かに語るということと。「あの時の俺は……」などと、したり顔で語るのはドジを踏んで間抜けた顔で同類共のいるムショに放り込まれた時にするということだ。
そういう意味において、この兄弟はちょっと違う。
なぜなら現在、今、それを楽しんでいるからだ。……すまない、わかりにくかったかもしれない。はっきりと感動もなく言ってしまうと、兄弟は情熱の国を目指して国境へ、南へと逃亡劇の真っ最中なのだと言いたいのである。
prrr prrr prrr
コール音を聞いて 「お、来た来た」などと上機嫌に口にすると。兄のニコール・エイジンガ―は ―― ニコは懐から携帯機をとりだした。この犯罪者、生意気なことにどこで手に入れたのかスマートフォンである。
「おおっ、待ってたぜトッド!友よ、見ててくれたか?
……ああ、そうさ。見事にあんたに約束した通り、25軒、きっちり回ってきたぜ!まぁ、どこもショボイ上がりばっかりだったけどよ。まぁそれは…………んん……はっはっはっ、そうかい。警察はなんて言ってる?……ハッ!………マジかよ?!そりゃ傑作だな。いまからちょいとCBSか……いや、FOXのほうがいいかな。
その検事殿に俺が直々に挨拶と言うか返礼でもするかい。
…………トッド、落ち着けよ。わかってるって、言ってみただけさ。こっちも日をまたいで、州もまたいだというのに、まだ身体がホットなままだからよ。……大丈夫だって、信用しろ……ああ、だから信用しろって。
まぁ、とにかくだよ。俺達兄弟は今、約束のメキシコ目指して絶賛南下中よ。
で、トッド。あんたからの連絡を待っていたのさ。まだまだ時間はかかるが、この調子なら夕暮れ前までにつくからよ……あ?…………なにいってんだ、テメェ?……ハァッ?!ふざけてんのかこの野郎っ」
兄が、ニコがいきなりキレ始めたのを見て運転していた弟のロペス・エイジンガ―がちらと隣に目をむける。褐色の肌に、サングラスが良くはえてみえる。これで笑顔を浮かべるだけでもいっそうセクシーに輝きを放つだろう。そんないい男だ。
そんな彼の兄は、電話の向こうで話している彼の友人とは仲があまりよろしくない。それでも、仕事は上手くいったのだから意見を衝突させるようなことにはならないと思っていたのに。
だが、その間も電話を続ける兄の興奮はどんどんと激しさを増していく。
「…………黙れ……黙れって言ってんだよ、このクソ野郎!!
いいか?トッド。このブタ野郎が。そもそもは、てめぇのハリウッドのクソ会社が、クソ借金で、クソ倒産するとかで始めたことだろうが!
ああっ!?何が俺が面倒みてやった、だ。この間抜け野郎!
てめぇときたらドジばっか、ひでぇクソ仕事ばかり弟に…………どうして俺のロブがてめぇとおなじ抜け作ってことになるんだ、アホ!
とにかく、俺の脱獄以外。てめぇの話はどいつもこいつもクソの山ばかり!……聞いてのか、このアホ!この間はヤクザだったか。あれにあやうく生皮を剥がれるところだったんだぞ!?てめぇはいつもの事務所で田舎娘とファックしてただけで『大変でしたね』くらいしか言わなかったがな。
……なんだその言葉、随分態度がでかくなってるじゃねーか。そういうことなら、あの時テメ―の頭とキンタマをフッ飛ばしておくべきだったか?」
良くない傾向だった。冷静さを失うと、この兄は面倒この上ない。ロブはここでようやく肘で兄の横腹をつつく。宙をにらんで叫んでいたニコはそれで弟の顔を見ると、口をパクパクさせている。
(お、ち、つ、け、かよ)
だが、言っていることは間違っていない。相手が無能な間抜け野郎だとわかっていても。”自分達との約束”だけは死んでもやってもらわなくてはならない。そうでなければこの後が少し面倒なことになる。
「トッド、トッド……落ちつけよ。相棒、落ち着けって。俺も熱くなっちまった、お互い冷静になろうぜ、な?
……ああ、わかってるよ。ちゃんとわかってるって。それでな?……だから、もういいって。
とにかく、こっちの話を聞いてくれ。
俺達はこの後、メキシコに渡る。そこでちょいとバカンスを楽しむつもりだ。……ああ、そうだ。それが終われば、あんたのところにオスカー並みの演技で訪れて、例のストーリーの映画化にサインするさ。これはそういう、お互いの利益を思っての契約だ。……そうだな、友よ。そういうことだ。俺達は金の山を、あんたは会社を救い、何処よりも話題性抜群の実録ものの伝説を映画にできる。
それで、な。あんたには約束通り、俺達がメキシコに入るために用意して貰う”足”があるはずだ。……だまれ、だまれよ!黙れって言ってんだろ、この腰ぬけ野郎!
てめぇ、寝言言ってないで。どこでもいいからさっさと運び屋を用意しろ!
まさか、いまさらやってませんでしたとかぬかしてみろ!……ああっ……おもしれぇ、そのまま最後まで言い切ってみせろよ。そしたら今からルート66に乗って、フロリダのテメ―の家に方向転換だ。田舎娘をだましてテメ―の息子をしゃぶらせるしかできないテメ―をファックしにいってやるよ!!
もちろん、俺達の息子なんか使わないぜ。鉛玉でテメ―の体を穴だらけにしてからその穴をファックするさ!……誰がホモ野郎だ、この野郎!!!」
激昂するとニコはそのスマホをいきなりガンガンと天井やグローブボックスに叩きつけたり、反対の腕の拳で殴りつけたりすると、それでも足りなかったのか。あけっぱなしの窓の外に躊躇することなく放り投げてしまった。
「おい、ニコ。落ちつけよ、トッドとちゃんと話してくれ」
「わかってるよ、ブラザー。安心しろ、俺は冷静だ。野郎の相変わらずの間抜けぶりにちょっとだけ。ちょっぴり熱くなっただけさ……ああ、クソっ!電話がねーぞ。おい、お前のをよこせ」
「……メールにしてくれ。電話はするな。こっちのも壊されたら、どうにもできなくなる」
弟のその要望に1つうなづいて了承して見せると、ニコは勝手に弟のポケットに手を突っ込むと携帯電話を取り出してそれで凄い速さでメールを書きこむ始めた。
(F.U.C.Kをたっぷりと、これで一通目が完了。で、2通目は……)
同じく4文字を10個ほど並べた後で、ニコはようやくまともな言葉を書く気になった。
『いいか、トッド。お前も冷静に物事を考えられるようになっていい頃だ。そういう年だよな?坊主。
俺達は、お前と、計画したんだ。それを忘れるな?俺達が捕まる時は、てめーも一緒だ。てめーのずさんなやり方で捕まったら。その時もテメ―は一緒だ。
さらに加えると、裏切ったら。その時はテメ―だけ俺達が殺す。
てめぇが馬鹿で、アホで、間抜けでも俺達は一向に構わん。だが、”約束”をたがえることだけは絶対に許さん。俺達はこのあと予定通り、カフェ プッシーキャットだったか。そこへ向かう。
テメ―の体にたっぷりケツの穴をこさえた上で息子をフッ飛ばされたくなかったら。どんなことをしてもそこにテメ―が運び屋をよこせ。2時間だけ待ってやる。
それを過ぎても運び屋が姿を現さなかった時は、友よ。トッド・Mc、俺達は失望のあまり直接お前に会いに行くことになる。悲劇ってのは、お互い嫌な気持ちになるからな。
そしてお前に”なぜ約束を守らない”ときっちり”もう一回”聞いてやる。わかったか、タマをしゃぶらせる以外にも少しは頭を動かして考えてみろ、アホ』
言葉でなくても次第にボタンを叩く力が強くなっていき、最後は殴りつけるように激しく打ち込んでいる。弟のロブはそれを顔をしかめてみていたが、声には出さなかった。ニコはようやく全部を書きあげると送信ボタンを押して携帯電話を弟の膝に放り投げて返した。
「プッシーキャットで待とう。大丈夫、トッドはちゃんと送ってくるさ」
弟の慰める声を聞いてもニコはなにも言い返さなかった。かわりにさらに深く椅子にもたれかかると、空いた窓の外に右足を投げ出した。
窓から入る空気は冷たく渇いていた、兄弟は黙ったまま目的地へとひたすら車を走らせていた。
▼▼▼▼▼
『……コロラド州の……で………………ました。
事件発覚から2日、警察はとうとう犯人の特定に至ったと発表しました。彼等の名前はエイジンガ―兄弟、どちらもこれまで強盗、暴行、殺人の罪で…………特に、弟の………………凶悪犯達です。
兄のニコは昨年…………ましたが、刑務所に服役と同時に弟のロブが襲撃。看守と警備を含めて4人を殺害の上、兄を救出しました。そこから…………ましたが……だといわれています。
彼等が今回、コロラド州で1日で25軒もの強盗行為に及んだことについて…………であり………………との見方があります。同時に、警察はすでに兄弟は包囲を抜けて州を越えている可能性があるとの見解を示しました。
今回の警察の不手際に、批判の声が高まっていますが…………のリチャード……検事はコメントを発表しました。
”我々の…………たが、市民に約束します。我々はこれより48時間以内に、エイジンガ―兄弟を必ず捕まえます!そして、法廷に奴等を並べ。しかるべきむくいを…………”』
TVはつけっぱなしで、えんえんと同じ事件のニュースを報じている。
ここはホテルの部屋の一室、誰も人影が見えないが浴室からシャワー音が聞こえてくる。
そんなこの部屋に近づいてくる一団が、廊下を歩いてきていた。先頭を歩くのは日本人、ただでさえ童顔で中性的な薄い顔をしているが今年で22歳になる山野。その後ろに数人の黒人やメキシコ人が続いて一列気味に歩いているが、山野に比べると彼等の方が体格が一回りどころか二回りはでかかった。
山野は部屋にノックも無しで入ると、後ろに続く男たちに首を傾けることで合図で部屋の中に入るように促す。
「杉下さぁーん、いつまで入っているつもりですか?用意、まだなんですかァー?」
山野はそう大きな声をあげながら浴室のドアをノックする。それが聞こえたのだろう、中のシャワー音がようやく止まる。
(やれやれ、仕事前だというのにマイペースな人だ。といっても、意外にストイックなのか女を連れ込んでないだけマシか)
そんなことを思っている山野だったが、彼はヤクザである。そして、あまり大きな声では言えないが、殺し屋でもある。
仕方がなかったのだ、この可愛い顔で若いころから暴力を嬉々としてふるっていたら、顔色一つ変えずに人を殺せるようになってしまっていたのだ。
5人、それが彼の奪った命の数。別に偉そうに語ることでもないし、自慢することでもない。
ガチャッと、扉が開くと。タオル一枚の50近い老いた男が足早に出てくる。「こりゃ参った」と口にして、部屋の入口に固まっている外国人達に「ちょいとごめんよ」と日本語で言いながら。
この男こそ、今回の山野の相棒にしてベテランの殺し屋。
17人という記録を持つこの杉下と言う男は、狂っているということでも有名であった。その背中には、人を生きたままむさぼり食べる鬼の彫り物が描かれている。
「杉下さーん、なにやってるんすか?」
「ん?シャワーだよ。ほら、清めの儀式ってやつだ」
「そんなの、来る前に済ましておいてくださいよ。まったく、今回は注文が多いんだから」
「ん、そうかな」
「そうですよ。……あ、こいつら。注文その2の奴らですよ。殺しの経験無し、でも気合いが入っているという連中らしいです。こいつらでいいですかね?」
「ん、見てみようか」
杉下は素早くズボンをはくと、入口に固まっている凶悪な人相の外国人達の顔を見て回る。そんなチビのオッサンに不審そうな眼差しが一斉に集まる。
「山野、やっぱこの国の連中はデカイしおっかないな」
「そりゃそうですよ」
「ん、いい顔してるじゃないか」
「これでいいですか?」
「いいんじゃないか。それじゃ、ちょっと試してみようか」
(げ、やっぱり。なんか企んでいたのか)
山野が不安が的中したと顔をしかめるが、杉下は気がつかないのか気にしないのか。部屋の奥へと行くと、黒いスポーツバッグを1つ取り出してきた。明らかに重そうなそれを、ベットの上に置くと中を開いて見せる。
そこには、黒光りする銃器が山のように入っているのが見える。
「ん、にいちゃんたちよ。話は聞いてると思うけど、殺しの手伝い。してもらいたいわけよ。この中から好きなの、もっていってくれ。早い者勝ちだからさ」
これを黒人やメキシコ人達にたいして、変わらずに日本語でいった。
彼等も何を言っているのかは分からなかったであろうが、すでにあらかじめ聞いていた事と、目の前に出された武器を見て理解したのだろう。おずおずと進み出るとバッグの中の武器を取り出し、具合のほどを確かめ始めた。
それを杉下はまったく気にしないようで、上にTシャツを着ると上着に手をのばす。
「ちょっと、杉下さん。どういうことです?この武器、コイツ等に使わすために集めておけって言ったんですか?」
「ん?そうだよ。他にどんな理由があると思ったんだ」
「いや、だって。あんた時々、馬鹿みたいに鉛玉を使うって有名じゃないですか」
「俺が?俺はそんなにバカバカ撃たないよ」
「ええ?本当っすかぁ?」
「嘘じゃないよ。だって、危ないだろ?銃が暴発したら、怖いじゃないか」
そう答える杉下は笑っているが、その顔はどう見ても不吉な影が見てとれた。
ホテルの駐車場に出ると、山野は英語で男達に別の車に乗るように指示を出す。ついでに、杉下の注文その1だった武器と弾の詰まったバッグもそちらに渡しておく。
そんな山野の判断など気にしないのか、杉下はさっさと車の後部座席にこもってしまい。仕方なく山野は運転席へと移動した。ヤクザが2人だけ乗る車に続いて、男達の車も駐車場を出ていく。
「杉下さん、何考えているんです?そろそろ話してくださいよ」
車を出すのと同時に山野は一番気になっていることについて口にした。
「なんだよ、それ。俺がなにか、悪だくみしているみたいな言い方しやがって」
「だってそうじゃないですか。オヤジも言ってたじゃないですか。今回はちょっと大変かもしれないって。ナントカ言う兄弟はかなりのヤバい奴らだって話ですよ?なのに、あんな素人連中を大勢連れてこいなんて言って」
「だから、じゃねぇかよ。2対2でやったら、どうなるかわからないだろ?大勢でやれば、それだけ楽じゃねーか。儲けは減るけど、死んだら終わりだしな」
嘘だ、山野にはわかっていた。
この杉下と言うのは狂っている、見ていてそうとしか考えられない危険な男だった。今回だって、準備までさせてそれらしい理由を述べているが、素直に鵜呑みにはできない。
「じゃ、なんでプロのヒットマン雇うのは嫌だっていったんです?」
「お前さぁ、プロとか言う奴とやったことないだろ?ああいうのな、変態が多いんだよ。めんどうなのも多いし。俺、小心者だからさ。仕事の前に、自分の昔の仕事とか自慢話されると怖くて引金、引けなくなっちゃうんだよ」
「……それ、いつの話ですかなんて聞きませんよ。その”武勇伝”は有名ですから。
で、それがなんで素人になるんですか?あいつら、でかくておっかない顔しているだけですよ?明らかに全員がハリウッドムービーの影響を受けてるかゲームのやりすぎか。アホみたいに銃を持っていってましたよ」
「あれな、凄いよな?ライフルだのショットガンだの抱えてたし。あとは拳銃を必死になってベルトに挟んでるのもいたしな」
「まったくですよ。戦争じゃないんだから、2人殺すだけで何発つかうつもりなのやら」
「ほら、やっぱり俺が言った通りじゃねーか。用意して貰った2000発、全部あいつら使っちゃうかもよ?」
後部座席でクスクスわらっている杉下をミラー越しに山野は見た。
そんな彼は今、マガジンに弾を一発ずつ込めていっている。今回、彼が使う弾はそれで全部なのだろう。
一方で、後ろについてくる車の中の事を考えるとうんざりしてくる。今頃あいつら、用意した弾丸をマガジンに必死になって詰め込んでいるはずである。もしかしたら、杉下のいった通り。本当に2000発撃ち尽くすつもりでいるのかもしれない。たった2人を殺すだけでいい、と言っているのにだ!
そしてなんとなく、今回も後ろの杉下の企み通り、ひどいものになりそうだとの予感を”理解”していた。
「それで、あの素人連中はなんで集めたのか。それだけでもお願いしますよ」
「ん?今日はしつこいな、山野」
「杉下サンの趣味に付き合うんですから、何が起こるのか知っておきたいんですよ」
「そうか…………いやな、オヤジがよ。こっちの国にもそろそろ俺たちみたいなのを何人か用意したいって言うんだよ。最近はさ、ヤクザも目をつけられちまって。だからさ、こっちの商売で不都合があった時に自由に動かせるのが欲しいんだってよ」
「……それ、まさかあいつらの中からってことですか?本気っすか?」
「ん、まぁ殺してもビクつかないくらいの度胸はつけさせておかないとな。お前もわかってると思うけど、こういうのはよ。あーだこーだ、軍隊で教えるみたいに技術があればオッケーってわけじゃないからさ」
「はぁ」
「まぁ、まかせてくれよ。全員ってわけにはいかないだろうけど、何人かは連れ帰ってとりあえず”使える”やつにはしておくからさ。それでオヤジの顔もたてられるしな」
山野はもう、この件でなにかいうのをやめることにした。とりあえず、ひどいことになりそうということはわかった。それだけわかれば今はいい。ところが、珍しく今度は杉下の方から話を振ってきた。
「それで、今回の兄弟。情報は確かなのか?」
「……ええ。なんでも奴等と組んでるとかいうのからのタレコミです。メキシコに渡るためにその店で待ち合わせしているそうですよ。まぁ、間違いはないだろうってことです」
「ふーん、それはいいんだけどよ。それで終わりでいいのか?」
「どういうことですか?」
「だってよ、そいつはなんとかいう兄弟とつながってるんだろ?なら、そのままはまずいんじゃねーの?オヤジ達はそのこと、どう考えているのかな?」
「…………すいません、オヤジにはそいつの処理のこと。聞いてませんでした」
「ん、それならいいけどさ。でもよ、きちんとやることやってもらわないと。こっちもさ、無駄に殺しを増やしたくないしな。この仕事、割に合わないことが多いからさ」
そういうと、杉下は顔をあげて窓の外に流れる光景に目をやる。
「ほんと、割に合わないんだよな。いろいろと」
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ダイナー……いや、カフェか。とにかうプッシーキャットと掲げられた店が荒野の中にぽつんと立っていた。
一本道と店以外は、どこの西部劇だというくらいなにもないのにその店の駐車場には多くの車が止まっていた。車種は色々で大きさも様々だ。トラックだったり、乗用車だったり。ちょっと高そうなモノから新品や、中古車かというくらい使いつぶされたのまで揃って並んでいる。
「話には聞いてたが、本当に人が多いな」
「大繁盛。な、兄貴。トッドは嘘は言ってなかったろ?」
呆れたニコに対し、ロブは嬉しそうに返すと店の中へと入っていく。
中に入ると、ニコはそれまでの自分の認識が甘かったことを思い知らされた。そう、この場所を指定したのは、あの間抜け野郎のトッドと目の前にいる女好きで失敗ばかりの馬鹿な弟が決めた場所だ。
まったく、プッシーキャットとはよくいったものである。店内は、外の車の持ち主らしきむさくるしい男共がいるばかりで、なぜか店を切り盛りしているのは奥の厨房に男が1人いるだけの女ばかりである。それもなんだかひどく頭の悪いポルノ映画よろしく、もしくはそういういかがわしさスレスレのコヨーテ・バーのようにやけに笑顔の可愛らしい女達ばかりである。
「兄貴、これぞ天国だと思わないか?」
「これが?ハッ、水着の女とセックスと火薬があれば満足、そんな腐れハリウッドムービーに匹敵するアホな店だ」
”それ”を目的としてこの店に来ているらしい男共と同じ目の色に変わる弟に、兄は冷たく返す。
カウンター席に通され、メニューを渡されるがロブはちらと見ただけでもうどうでもいいようだ。それがまた不満で、ニコはがっつりの中に目を通してから注文した。
注文を受けて立ち去る女の後ろ姿が、モデル歩きのせいでやけに腰と尻の肉が強調されて見える。そして、それをよだれを垂らした男共の目を釘付けにしている。
(なんだよ、この頭の悪い店!本当に食いものを出すんだろうな?ふざけた料理が出てきたら、その場でこの店に火をつけてやろうか、クソッ!!)
正直言えば、ニコだって男だ。こんなにいい女がいる店で、楽しく食事が出来るなら嬉しくないわけがない。
だが、問題が2つ……3つある。
1つは今、自分達は逃亡者だという事実だ。これはまずい、ミスすればたちまち警察に囲まれることになる。ニコだって馬鹿じゃない、自分達がしたことが、警察のメンツをどれほど傷つけたかくらいは分かっている。このままだと、2人で国境線をフッ飛ばさないとにげられないということになる。それはさすがにごめんだ。
2つ目はあの間抜け野郎のミスター・トッド・Mcがこの店を指定してきたことだ。
あのアホは自分の鼻に薬をめい一杯つめこんで、自分のナニを女の体にスリスリさせることができれば満足と言う程度のアホだ。少なくとも、ニコはアホで間抜け野郎と考えている。
そいつがエイジンガ―兄弟のムショへの入所祝いにこの店を指定したと考えられなくはない。その時は……まぁ、まだ結論を出すのは早いか。
そして最後の3つ目の理由はこの弟だ!
こいつが自分と同じ血をひいていると、ニコが信じたくない2つの欠点がある。1つは自分以外の誰にも言わせはしないが、バカだという事。そして女で失敗する、リビドー野郎ということだ。
バカだからサングラスをかけるのをクールだと思っている弟だが、顔のつくりは兄の自分よりも数段上をいっている。おかげで女好きだし、女の方からも寄ってくるからトラブルに事欠かない。
そういう理由から、ニコは気分が最悪だった。
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トムがこのカフェを気にいり、この一カ月をほぼ連日通うようにしているのはまぎれもない事実である。
バイカーとして走り回っている彼は、ぼったくりまがいの商売の傍ら。この店の子猫ちゃん達との楽しいひと時を実現するべく楽しんでいる。
バイクを愛する彼は、女に対しても独特のやり方でやる。
このムッツリスケベ共といっしょになってこの店の美しいウェイトレスを目で楽しむのが、最初の期間。その間に、彼女達の名前、好きなモノからはじまり、可能ならベットの上でどのレベルで楽しめるのかまでも含めて情報を集めていた。
だが、それもそろそろ頃あいだろう。
べス、ジンジャー、エリス、ギギ、シン。彼女達は素晴らしいことに身体の造形だけではなく、セックスに関して素晴らしい考えを持っていることがわかっていた。気にいった相手を自分のベットルームに通すことにためらいは無いらしい。
そういえば、トムにこの店を教えてくれた友人は。べスに狂っていて、先週末にあった時に必ず数日中に彼女を自分のモノにしてみせると宣言していたっけ。彼とは”それから会っていないが”、いきなり友人と穴兄弟になるというのもなんだ。
だから、そろそろギギ辺りを狙っていこう。そんなことを考えている。
「おい、なんだこれは?」
「なんだよ、ニコ?」
「これだ、これはなんだ?この俺のチキンの上に乗っかっているものだ!」
「声を下げろって……なにって、サルサソースだろ?」
「これがサルサだ?違う、そうじゃない。俺は認めない、これはサルサソースとは言わない!」
「ニコ……」
「これはサルサじゃない!これを表現するなら、ソースに唐辛子を混ぜた、ベビーフードだ。それ以上の表現は必要ない」
運ばれてきた料理を見て、さっそく不満を口にしはじめた兄に弟はついつい溜息が洩れる。
ロブはこんな兄と違って、食いものにこだわりはない。食えればいいし、餓えないなら何でも食う。それは女と同じだ。
実際、ニコが店の中の様子を見て全てを察し。次第に機嫌が悪くなっていくのがわかっても、その間ロブは店内を歩き回る女達ばかりみていて、幸せだった。
褐色の肌の南米女に、白と黒の北米女。おお、よくみたらオリエンタルな東洋女までいるようだ。まさに選り取り見取りじゃないか!
だが、そんな自分と違い。ニコはまだ仕事の事でいら立っている、だから塩辛さの足りない料理にイラついているのだ。
「まずくはないだろ?ほんのちょっと、違いを出してるだけさ」
「まずくない?ほんのちょっと、だ?ふざけるな、俺はこいつに金を出しているんだぞ?ソースと偽ったベビーフードをぶっかけられて、違いを出すとかチャンチャラ笑わせてくれる……ああっ!?なんだよ、俺に言いたい事でもあるのか!!」
不満を愚痴るだけでは足らず、眉をひそめている隣の席のひょろい眼鏡君にむかって喧嘩を売りはじめようとしている。
「おちつけよ、ニコ。そんなにカリカリしなくても……ああ、ちょっと!そう、君だ。赤髪の綺麗な君、わるいね。
追加の注文を頼むよ。ステーキと、ハンバーガーセット。あとダイエットコークのお代わりも、俺の兄貴に頼むよ」
「なにを勝手に注文してるんだよ!?」
「だから、カリカリするなって。ほら、俺のタコスもやるからさ」
不満を口にするためだったのだろう。チキンを手に持ったナイフで八つ裂きにすることなく、つつきまわしていた彼の前に自分の皿を置いてやる。これでしばらくは大丈夫だ。
「ふん、タコスか!タコスってのは奥が深い、こんなサルサを出す店が……」
その時、店の奥にあるトイレのドアが音を立てて開けると、女が出てきた。
(これはまた!)
自分だけではない、兄以外の男共の目が一斉に彼女へと向けられるのがわかる。そんな彼女は、視線を気にするでもなく店の中を歩いてくるとロブの隣に座ってきた。どうやら、自分達が店に来る前からいた客の1人だったらしい。
紫のワンピース、少し胸が開いているが下品なほどではない。パーマのはいった黒髪がゴージャスに盛りを作り、全てを輝かせている。唇は薄い桃色の紅が引かれ、胸のほうの凹凸も見事だが、それを気にならないそこそこ線の太い体のラインが健康的で力強さを感じさせた。
はっきりいえば、今の彼女と寝るチャンスがあると聞けば、この場にいる男なら全員が立候補するだろうと断言……違った、約一名のみ除外する。
「失礼、君。ひょっとしてモデル出身かい?」
「……どんだけ成功したのかは知らないけど、それって最悪の口説き文句だと思うけど?」
「ああ、ごめんごめん。そういうつもりじゃなかったんだよ」
そういって苦笑いを顔に張り付ける。もちろん、そこに自信をたっぷりとあふれさせておくのも、女性をとろかせる笑みへとすぐに変えられるようにもしっかり準備ができているからだ。
「僕の友人にハリウッドの制作会社をやっている奴がいてね。って、その目は信じてないね?」
「どうかな?」
「本当のことだよ。とにかく、彼とこの間話していた事があって君を見たら思い出したんだよ」
「ふゥ……どこのポルノスターの話かしら?」
「いや、そうじゃないって。背の高い女は、髪もボリュームがあった方が断然セクシーだと話してたのさ。こういっちゃなんだが、君の髪。とても綺麗だったから」
「ありがと。それじゃ、ついでだから最後まで聞いておいてあげる。どんなことを話したというの?」
(ヒット!)
心の奥底で快哉をあげる。ここから腕の見せ所って奴だ。ありがたいことに、丁度ニコの元に続々と続いて料理が運ばれてきている。その間くらい、こっちを自由にさせてもらえるだろう。
「誰がセクシーか?その命題に僕は答えを持っていた。リンダ・カーターさ」
「ワンダー・ウーマンの?」
「そう、その彼女さ!リアル・ワンダー・ウーマン。強い女性だよ、尊敬に値する。やはり、彼女ほどの美女とはなかなかお目にかかれないと、そうまずは切りだした」
「お友達は違うって?」
「そうなんだ、信じられないだろ?彼があげた名前がエイドリアンヌ・パリッキだった」
「……ごめんなさい、知らないわ」
「そうか、まだ若い女優だよ。彼女も長身で知られている。でも、僕は思うに彼女が肉感的なとてもセクシーな女性だとは思うが。その全身から、髪の毛の先まで美しいと思うのはリンダだとゆずらなかった」
「けんかになった?」
「そう、けんかになってしまった。彼が口にしたのは、もう過去の女だという事。若いころは確かに美人だったかもしれないが、今では通用しないという理屈だった」
「それに、あなたは反対した」
「もちろんさ!だから思わず言ってしまったんだ。エイドリアンヌ・パリッキなんて、どこにでもいる”いい女”でしかない。極上の女はリンダだけだってね」
「ふーん、でも。そんなに身長は無いわよ?」
「ああ、わかってる。彼女達は身長が180近い、君は……170ちょっとくらいかな?それでも言ってしまったのはね。なんていうかな……自分で言ってしまった、どこにでもいるいい女ってのが現実だとは思えなくてさ」
「ええっ?!それじゃ、今まで話していたのはリンダに似ているって話じゃなくて、そのエイドリアンとかいう女優に似ているって言う話だったの?!」
「そうなんだよ、すまないね」
そういってお互いが笑いあう。いい傾向だ、次にケーキでもと勧めて、そこからいよいよ……。
ロブがそうした段取りを練っていると、彼女はようやく笑いを納めて口を開いた。
そんな美女の横顔に、突如として5.52ミリの弾丸が外から壁をぶち抜いて飛び込んでくると。美しい彼女のこめかみをぶち抜いた。
さらに、無残に机に一度頭を叩きつけるとその身体はずるずると床へと滑り落ちていく。
次の瞬間、店の正面入り口の向こう側から激しく銃声鳴り響くと弾丸の雨が浴びせられた。店内にいた人々はなにが起こったのかわからないまま、次々と倒れていく!
▼▼▼▼▼
パン パパン バンバババン パン
リズミカルな発砲音を背後に、山野はキレていた。
「杉下さん!あんた!いったい何を考えているんだ?!」
「ん?」
「ん、じゃねーよっ!こんな、こんな無意味なことをしてっ」
「怒んなよー、山野」
自分の年齢の半分にもみたいない若造に怒鳴られても、この男は一向に気にしていない風だった。
「あんた、本当にイカレちまっているんだな!あんな素人どもを並べて、馬鹿みたいにバンバン撃たせやがって!!」
「それでいいんだよ」
「なにがだよ?!あんた、いったじゃないか。余計な殺しはしないって」
「しないよ?だって、怖いからなぁ」
「それは俺だって一緒だ!仕事でもない奴を殺して、何が楽しいんだ!」
「さぁ?」
「っ!?」
「なぁ、山野。落ち着けって、あれはさ。あいつ等が望んだことなんだって」
「はぁ!?何言ってんだよ」
「お前、聞いてただろ?さっき、車を降りた時。あの連中が俺に言ったことをさ」
車のボンネットに座っている杉下のその言葉を聞いて、山野の心臓は止まるかと思った。同時に(やはり、この野郎!)という怒りがわいて思わず、自分の銃を、コルト・ディフェンダーを弾が切れるまで撃ちまくりたいという衝動にかられるが、その欲求を必死に抑えつけた。
カフェ・プッシーキャットの前について彼等は2台の車から降りてくる。
(さて、それじゃどうやろうか)
そんな時だった。素人どもの1人が、メキシコ人だった。そいつがあろうことか杉下に近づくとよりにも寄って質問してきたのである。
「なぁ、爺さん(old man)。あんたヒットマンなんだろ?」
「そうだよ」
「あんた、何人殺したことがあるんだ?」
めずらしく英語で答えた杉下は、なぜか質問には素直に答えずに山野に顎で示すと
「山野は5人殺ってるよ」
「山野サンのことは知ってる。俺はあんたに聞いているんだ」
「俺かい?俺は7人だ」
(はぁっ!?なんで半分以下に減ってるんだよ。このクソ爺)
山野はつい、そんな事を考えてしまったがために行動がわずかに遅れてしまった。
杉下をじっと遠巻きに見ていた素人たち全員が、杉下の答えを聞いて杉下を笑ったのだ……。
「……………………」
「山野、言ったろ?こっちで使えるのを育てるのも、俺達の役目だって。考えすぎるなよ」
「……でも……なら、なんであいつらに殺しの数を少なくいったんです?」
「ん?知らないのか?四捨五入するとな、1はゼロになっちまうんだよ」
「…………」
「肩の力を抜けよ、山野よ。俺はさ、無駄な殺しはしたくない。怖いからな。山野は仕事以外の殺しはしない、なら、それでいいじゃねぇか」
「なにがいいんスか?」
「だから、さ。あいつ等は俺達と違って。たくさん殺したいんだよ。だからそれをかなえてやってるだけさ」
先程からもアホ共が調子に乗って奇声をあげて撃ちまくっている中、山野の心は重い石を持たされた気がした。
「あいつらってさ。ようするにアレだろ?こっちの仕事で使える、こっちようの連中。そりゃ、おまえヤクザじゃねーよ。ようするに使い捨てだ。ならそいつ等に相応しい立ち位置ってあるんじゃねーか?」
「し、しかし……」
「俺達だってよ、山野。こんなアメリカまで殺しに来るのだって、ようするに金の為じゃねーか。
でもいつからヤクザは金で全部を語るようになっちまったんだ?それに、俺達には当たり前のことが分からないこの国の連中に、金の為に来ている俺達がどんな顔してヤクザの流儀をあいつらに教えるんだ?
そんなことは無理だ、オヤジにもそう、言われなかったか?」
「……言われました」
「なら、こういう使い方しか出来ないんだよ。それでいいんだ。気にするな」
そう言い切ると杉下は、それがまるでたいしたことでもないというように空を見上げる。
雲ひとつない、晴れ渡るいい天気だった。
時間にしたら数分。いや、多分5分もなかったと思う。
山野は自分の体内時計が壊れたことを感じていたが、それも唐突に現実に引き戻されることになる。
それまで、なんの気なしに座っているだけに思えた杉下であったが。
突如として舌打ちを一つすると、すっくと地面に立って並んで撃ちまくっている素人どもに向かって歩いていく。
「おいっ、おい!お前、お前だよ!!」
また日本語だった。そして、その声を聞いて山野はようやく自分を取り戻すことができた。だがしかし、
(ヤバい、あの人怒っている!?)
実際、その通りで杉下は怒っていた。おかげで、外国人に向かって自分が今、日本語で話していることにすら気がついていなかった。
「す、杉下さん。どうしました?」
「こいつだよ、こいつ。このバカの名前は、なんだ?」
白のTシャツにGパンのマシューだ。白人と先住民とのハーフだと聞いていた。
だが、彼等は老人と呼んだ小さな男が怒っていることになんの危機感も抱いていないようだった。それどころか、なにをいいたいんだとでもいうように、あのあざけりの笑顔を他の連中と一緒になって浮かべている。
(バカ!自分の命を縮めたいのかっ)
確かにそれは、杉下の許したあざけりであった。だが、それでこの化物が全てを笑って許すなんてことはないのだ。
何か愉快な見世物でも始まると思ったのだろう。素人どもはいつの間にか撃つのをやめている。だが、こんな時だからこそ山野はアホみたいになぜ撃ちまくらないと心の中で罵った。
「おい、バカ!お前、さっきから全然撃ててないだろうが」
「す、杉下さん。なにをいっているのか……」
「こいつだよ!こいつ、さっきから1人。あっちゃこっちゃ変な方向に向けて弾を無駄にしてやがる」
「英語でいわないと、そいつ等に伝わりませんよ」
「いいんだよ!おい、馬鹿!撃てよ。ほら、殺して見せろ!あの店の中にいる客を撃ってみろって、わかんねーのかよ!」
ダイナーを指差し、怒ったことである程度理解したらしい。マシューは2度3度と引き金を引くが、それらは屋根だの看板だのにしか当たらなかった。いや、それは激怒する杉下に向かってあきらかに店内にむけてうっていなかったと自ら証明したようなものだった。
(このバカ……)
山野の中に絶望があふれてくる。だが、本人は自分が虎の尻尾を踏んでしまったと全く分かっていなかった。それどころか、あの笑みを浮かべると、今度はハッキリとわかるようにあざけりの言葉を漏らしてしまう。
「うるせぇ爺だな、なにいっているかわかんねーよ」
「ひっひっひひひひひ」
自分達が誰に向かって、なにより何をしているのかわからない連中がそれを聞いて笑う。
そして、それが彼の最期の言葉となった。
杉下はいきなり銃を引き抜くと、哀れなバカの頭に向けて2発叩き込む。一瞬、何が起きたかわからなかった素人どもも「ファーック」の声を合図にいっせいに銃口を杉下に向けようとする。
「よせ!!」
山野は制止の声と同時に、自分の銃を抜く。すでに、杉下も彼等に銃口を向けていた。
「お前等、勘違いするなよ。今、気持ちよく撃っている銃と弾はな。タダじゃねーんだよ。うちの組の金なんだよ」
杉下は冷静になったらしく突然英語でそういうと、銃を彼等に向けたまま死人となった男のライフルと弾を取り上げ。山野に向かって投げ渡す。
「わざわざお前等の望み通り、殺しのスコアを稼げるようにと組が用意してやったんだよ。その弾を、よりにもよって路地裏で瓶だのネズミを撃つみたいに気前よくバンバンでたらめに撃ちやがって。お前等、ここに何しに来た!?
殺したいんだろ!なら、殺せ!
仕事は分かっているな?来る時にやってたニュースでもやってた。そいつら兄弟があの店の中にいる。ちょっといって、そいつにトドメ。差してこい!」
今度は山野も気を抜いたりはしなかった。杉下がわざわざ英語で話してくれたので、行け!とだけ口にしただけで奴等はなんとか無理矢理納得すると店の方へと歩き出していった。
(とりあえず……1人は、つれてかえれなくなったな)
「杉下さん、こいつ。死体、どうしますか?」
「ん?そんなんどうでもいいだろ。兄弟やったってわかったら、あの店に放り込んで火、つけちゃえばいいさ」




