私は自分の安全より、餌を取った。
よろしくお願いします。
ピンボーン…
あの後ダッシュで瑠璃様の家に来た私は息を整える間もなく、チャイムを押した。
「はーい。」
「る、るりしゃま…只今、ゲホッ参りましたぁっ!」
「ご苦労様、開いてるから入っていい、」
「ちょっ、瑠璃様っ!なに鍵開けてんのっ!変態が入ってきたらどうするの?!」
「はいはい、取り敢えず早く入ってきなさい。」
ブチッ
切られた…
仕方ない。この続きは家に入ってからにするか。
私はお邪魔しまーす、と一言言い、入ったらしっかりと玄関の扉の鍵をかけた。そのまま真っ直ぐリビングに向かい扉を開け、中に瑠璃様がいるかどうか確かめて入った。中で瑠璃様はソファーに座り足を組んで珈琲を飲んでいた。
「思ったよりも早かったわね。」
クスリと笑うその笑い方は今の姿と相まって寄りいっそう瑠璃様を悪役の様に見せている。まぁ、瑠璃様の容姿もそう言う感じだから余計にそう見えるのかも知れないんだが…。
「よく言うよ。全然早かったなんて思ってないくせに。」
いじいじと言いながら立ちっぱなしもなんだし私は瑠璃様の反対側の二人がけのソファーに腰をおろした。
「ふふふ、さすが紅。私の事をよく分かってるわね。」
「何年、いや十何年か。一緒にいると思ってるの?」
「まぁいいわ。早速始めましょうか。私の部屋に全部用意しておいたから着替えて来てちょうだい。」
「えっ!もうやるの?!まだ来たばかり、」
「何か問題でも…?」
向かい側からの圧力が半端ない。怖くて見ることさえ出来ない。
「…分かりました。」
「よろしい。」
結局私は従順するしかないのだ。
▽▽▽▽▽▽
金曜日、瑠璃様に説明されたのはこうだ。
「実は最近凄く付きまとってくる奴がいるのよ。」
なんでも、この間瑠璃様愛読の少女漫画の最新刊が出たとかで本屋に学校帰り寄ったらしい。何時もだったら同じ学校の友人達と行くらしいんだがその日は生憎、皆色々部活やら、用事やらで誰も行ける人が居なかった。仕方なく瑠璃様は一人でいつも行っている帰り道に通る所にある本屋に行ったのだが…そこで問題が発生。
「なんか新刊コーナー見てたら、急に隣に知らない男が近づいてきたのよ。矢鱈と距離が近いから離れたんだけど、そいつもなんかまた依ってきて。なんだこいつ、とか思って顔を見ようと隣を見上げたらそいつこっち見てたのよ!もうがっつり目が合ったわ!ビックリして目を離すタイミング逃しちゃって、なんかそこから二人して見つめあってるみたいになっちゃったんだけど、私途中から意地張っちゃって目を離したら負けだっ!とかなんかもう混乱してわけわかんなくなってたのよね。」
その後、変な意地をはった瑠璃様を他所にその男は微笑みかけてきたらしい。
「あの、いつもこの本屋使ってますよね。」
その男は所詮イケメンと言う部類に入る奴だったらしく、その微笑みも他の女性が見れば頬を染めるとことだろうが(ここまで瑠璃様の意見)自分にとったら、現実のイケメンなんて全然美味しくない。…らしい。
そんなイケメンが話しかけてきた。しかもなんかいつも使っていることを知っている。
ゾゾゾゾゾッ!
「鳥肌が立ったわ。勿論悪い意味で。」
その日は取り敢えず持っていた新刊だけを即買い、ダッシュで家まで逃げたらしい。
「最悪よ。もう最悪。でもね、まだ終わってないのよ。なんかあの日から私が本屋に行くといつもいるのよ。本気で気持ち悪くなって違う本屋にも行ったんだけどね、どこで仕入れてくるのか使い始めた次の日にはもういるのよ!」
流石に私も気持ち悪い。
「そして話しかけて来るから問題なのよ!」
何時もはてきとうに話を切って人通りの多いところを走って逃げていたらしいんだが、二日前、奴は行動に出た。
もう何処に行っても結局は見つかるのだからと、瑠璃様は始めに使っていた帰宅路の途中にある本屋にその日はよったのだ。案の定そいつも居た。イケメンの顔に微笑みを載せて此方に近づいてきた。
「久しぶり。」
「はぁ、一昨日も会いましたよね。」
「僕にとっては、1日でも君に会えないのは随分長いことのように感じるんだ。(ニコニコ)」
「ソウデスカ(真顔)」
これ以上、なんて返せとっ?!
…と、瑠璃様はかなりストレスが溜まっているようだ。
「その後、何時ものようにてきとうに話をして何時ものように帰ろうとしたのよ。そしたらっ!」
急に腕を捕まれたらしい。今まで触られた事は一度もなかったらしく、かなり驚いて固まってしまった。その時に直ぐに腕を外せばよかったのに予想外過ぎて体がついてきていなかった。
「あ、あのさ!…もうわかってると思うんだけど、その、良かったら付き合わない…?僕、君の事が好きなんだ。」
そう言うと男は、返事は今じゃなくてもいいんだ!少し考えてほしい…。とかなんとか言って走り去ったらしい。
「兎に角、私は付き合う気はないわ。ないと思うけど万が一断ってなんかあったら怖いから紅、あんたの出番って訳。」
「は?」
そこからの私に繋がる意味が分からない。
「あんたは中学の三年の時の文化祭の事覚えてる?」
「うん。最後の思い出作りって言って皆で仮装したんだよね!あの時の瑠璃様最高にセクシーだったね!あの足が!ニーハイとスカートの隙間!絶対領域がっ!」
「そう、その仮装であんたは男装したでしょ?」
「あ~やったね、やった。折角だからって演技もしたんだよね!懐かしいなー、楽しかったー…え?」
「分かったようね。」
なにかを企む笑顔の瑠璃様。私はその時嫌な予感が的中したことを悟った。
「紅、大丈夫よ。何も彼氏の振りをしろって訳じゃあないの。」
私の言いたいことが分かったのか、私が話す前に遮られた。でも、それってどういう意味なんだろうか。
「え?今の流れからすると男装しろってことじゃないの?しなくていいの?」
「いいえ、男装はしてもらうわ。ただ…」
「ただ…?」
私はその次の言葉を待った。
「…私に、気のある友人役をやってもらいたいのよ。」
「…へ?」
予想外の内容に思わず変な声を出してしまった。どういう意味だ。それで瑠璃様は安心するのか?
「何も考え無しにこう言っている訳ではないのよ?あのね、貴女が私に気のある素振りをする、私はそれに気づいて、それを嫌がっていない様に見せるのよ。つまり、端から見ればどちらも好きあっているのは一目瞭然。私はあいつに話しかけられてもいつもてきとうに話してたからそれだけでかなり効くと思うのよね。そうすれば、私から断らなくてもあっちが勝手にひきさがるでしょ!」
バーンと、胸を張る瑠璃様。いや、それは逆に…。
「勿論、タダとは言わないわ。今度休日に一緒に出掛けたら、その日一日(‥)着せ替え人形になってあげる!…どう?悪い話では無いでしょ?」
「……………………やらせていただきます。」
私は自分の安全より、餌を取った。
ありがとうございました。